16 父
本を2、3冊つかんで図書室から出ると、バタバタと走り回る母とすれ違った。
「もうすぐお父様が帰ってくるわよ!本を置いたらホールへいらっしゃい!」
叫ぶようにあげた声が、エマの後ろから聞こえた。
仕事はできる人らしいけど、相変わらず騒がしいことこの上ない。
さて、父はどういう人なのだか。
マリアに髪を軽く整えてもらうと、玄関ホールへ向かう。
母、エマ、マリア、ルチア、もう一人のメイドのルーシン、そして庭師のお兄さんことライリー。これで、家族全員だ。
母が、エマの手を握った。
「あなたは会うの初めてね。……あなたが生まれたのが嬉しすぎて、あの人、5年もお仕事してたのよ」
「……私が生まれたのが?」
本当の5歳児なら病むほどに会えない父親。
どうやら商人ぽい仕事をしているようだし、仕事一筋とか、お金一筋とかの怪しい商人を連想していたけど。
もしかして、母のように気さくな人ってこともあり得るのかも?
いろいろ想像を巡らしているところで、どうやら、ドアの前に馬車が止まったらしかった。
メイド達が静かに一列に並ぶ。
ドギマギしていると、ドアが、開いた。
「お帰りなさいませ」
メイド達が一斉に頭を下げる。
二人の男性が入ってきた。
一人は正装で、おそらく父親。もう一人は侍従のようだった。
「やあ」
はにかんだ笑顔が目に入ったかと思うと、母が飛び出した。
次の瞬間、目の前には、可愛らしい夫婦がハグをする姿があった。
おぉ……。
びっくりした……。仲良いんだなぁ。
「サナ」
「お帰りなさい、ユリシス!」
ああ、母はなんて可憐な顔をするんだろう。
父親らしき人が、エマの方を向き直る。目線が降りて、エマと同じ高さになった。
「……エマ」
「…………」
これが、父親。
肩ぐらいまで伸ばした深いグレーの髪を綺麗に後ろでまとめている。上品なシャツにジャケットを羽織った姿は、商人というより、まるで王子様。
それになにより、黒かと思えば青っぽさのある紺色の瞳。
似ている、と思った。
いつも鏡に映る自分の髪色、瞳の色。
ああ、やっぱりこの人が父親なんだ。
「この人がお父様よ」
すぐ横で、母が教えてくれた。
なんと言えばいいかわからなくて、
「お、お帰りなさい、お父様」
とだけ言ってみる。
「ただいま、エマ。君にお土産が、たくさんあるんだ」
その日から、2人だった夕食が、3人になった。
翌日、勉強の時間。
「お嬢様ももう5歳ですものね」
勉強机の上に乗っている歴史書や地図を見ながら、マリアが優しく言った。
「そうだよ」
「お家のことの勉強を、そろそろ始めましょうか」
そう言って、その日は庭へ出て、家のことをいろいろ話してくれた。
ここは、リジェという地域なのだという。
商業で名を馳せた小さな地区で、王都から程近い所にあり、子爵である父が取り仕切っているらしい。
とはいえ、父が得意なのは商い。
街の商会と手を組んで、国中を周り、色々な取引をしているのだという。
父の名はユリシス・クレスト。母はサナ・クレスト。
エマのフルネームはエマ・クレストという。
マリアと並んで座り、遠くリジェの街を眺めた。
手慰みに地面の草をいじる。
だから、正装があんなに王子様みたいだったんだ。
貴族なわけだし。
ふーん、といった風に青い空を見上げた。
父の侍従のお兄さんは、仕事の補佐もしています。父とは主従関係というより、相棒のような間柄。父よりも少し年上です。




