153 不本意ですが
エマは、自分の部屋で一人、ベッドの上で膝を抱えていた。
デスクの上には、投げ出して触ることもしていないスマホが置いてある。
「…………」
そのスマホをもらってから数日、エマはそれを触れずにいた。
それから、程なくして、学園長が帰る日がやってきた。
今思えば、この学園に滞在する期間は、あっちの世界の活動をしている時だったんだ。そう、それこそ『メモアーレン』のプログラムを組んでいる時とか。
その日の朝、エマは早起きすると、キッチンで一人、アップルパイを焼いた。
丁寧にリンゴを切って煮込み、綺麗にパイ生地の上に並べた。
無心に、ただ綺麗に。
そしてその日の午後、食堂のテーブルをシンプルに飾り付けると、学園長を食堂に呼んだ。
テーブルの上には、大きなアップルパイと、大きなポットに入れた紅茶。そして、その横に気まずそうに突っ立っているエマの姿があった。
「どうしたんじゃ?」
学園長が、優しく問う。
エマは、その気まずそうな顔のまま口を開いた。
「こんな風にみんなにバレてしまって、騒ぎにはなってしまいましたけど……。学園長が、『メモアーレン』を作ったマループロジェクトのサークル主様だというのは、違いないので……」
エマはアップルパイを示す。
「今まで、イベントなんかには出ていらっしゃらなかったですし、ちゃんとお礼、出来ていなかったので、お礼、なんです。私、色々ありましたけど、『メモアーレン』には、沢山助けてもらって、思い入れもあって。だから……」
「ああ……、エマの応援は、いつも大切に受け取っていた。こちらこそ、ありがとう」
学園長が、優しく微笑んだ。
なんだかんだ匂いにつられて、学園の全員が食堂に集まってきた。
アップルパイは、結局、学園長を含めた学園全員で食べることになった。
チュチュが大きな一切れを口に頬張る。
「おいしい〜」
チュチュの目がくるんとした。
エマがリンゴの甘みを口の中で感じながら、ふと思ったことがあった。
食後、学園長を引きとめた。
「学園長……、あの……。聞きたいことがあるんですけど」
「ほう……どうしたかな?」
エマは、ヴァルをチラリと見て、「ここじゃちょっと……」と小声で言った。
「大事な話かな?」
「はい。とても大事です。すぐ済むんですけど」
えへ、と冷や汗を隠すように笑う。
「ふむ……」
それからエマと学園長の二人は、また食堂のテーブルに座り直し、人がいなくなるのを待った。
そして、食堂に二人になった時、エマがおずおずと切り出した。
飾りのように目の前に置いてあるティーカップをじっと見つめる。
「私……、今まで何度か、ジーク宛にバレンタインのチョコレートを送ったことがあるんですけど……」
エマが、がばっと顔を上げた。
「あれって!本人が受け取ったりとかは……!」
エマに取ってはそれはとても重大で、思いついたら聞かないといけないことだった。
もし、ゲームキャラじゃなくて、本人が存在しているのだとしたら。
もしかして……、と、期待せずにはいられない。
「あ〜……」
学園長は眉をハの字に寄せ、困った顔を作った。
その顔を見て、エマはその答えが、期待通りではないことを悟った。
「残念ながら、手伝ってくれている絵師やシナリオライター、精霊などに分けさせてもらった。スタッフで美味しくいただきました、というやつじゃな」
「ですよね〜」
あはは、と笑ってみせる。
それはそうか。
得体の知れない人間からのお菓子なんて、そうそう渡すわけがない。
……食べてくれただけでもいいと思わないと……。
「……食べてくれて、ありがとうございます……」
「ああ…………。菓子はこれから本人に作ってやってくれ……」
「はい……」
やっぱりこれが現実かぁ。
さて、次回からは絵師さん訪問旅行が始まります!