150 それぞれ心の内側で
昼前、食堂でクッションに埋れているのはヴァルだ。
「何処に行ったのかと思ったら」
声をかけられたけれど、それを無視して魔術書を読み耽る。
無視されたにも関わらず、シエロはヴァルの顔を覗きこんだ。
「珍しい。最近は、仕事のない日は授業出てたのにね」
「……そうだったかな」
ヴァルは素知らぬ顔で返事をした。
今までずっとエマに過去を知られていたわけだけれど、いざそれを知らされると、あまりにも居心地が悪かった。
会いたくないわけじゃない。
シエロが笑いながら見下ろす。
「じゃあ、僕がエマをもらっていこうかな」
「は?」
そこでやっと、ヴァルはシエロを見上げた。
シエロの顔には、エマが欲しいという意思は見えない。
「……思ってもいないことを」
冗談でも、聞きたくない言葉がある。
ヴァルは、顔を歪めた。
「本心だよ」
その言葉を聞き、ヴァルが嫌悪感を露わにする。
「まあ、確かに、恋愛的な意味じゃないけど」
「はっきり言え」
「実は……」
シエロは、からかうような微笑みで言う。
「師匠がね、あのゲームの絵師に会わせてくれるって言うんだ。それも、学園全員で」
「…………」
ヴァルの顔が複雑な表情になる。
絵師、というと、俺達をあんなイラストに仕立て上げた奴だ。そりゃあ、エマは嬉しいかもしれないが。
「君は……あまり会いたくないだろ」
ヴァルが眉を寄せた。
「俺も行くよ」
当たり前だ。
いくら会いたくない人間でも、ここで留守番をするつもりはない。
「そうなると……」
シエロが勿体ぶって言う。
「みんなに、このゲームのことを言わないといけないんだ」
「…………」
シエロがその話をしたのは、その日の午後だった。
みんなは実習室に集められ、床に輪になって座った。
教室だと堅苦しくなってしまうからという、シエロの配慮なんだろう。
「実は、みんなを集めたのは、この間、学園長が落としたゲームの話だ」
いかにも嫌な表情のヴァルがふと隣を見ると、エマも妙な固まった顔をしていた。
「私が話します」
エマが、心細い顔で、ちらりとヴァルの方を見た。その視線を受け止める。
「私ね、……転生者なんだ。生まれ変わる前の、記憶があるの」
部屋が騒つく。
リナリだけはちょっと目がキラキラしていた。何を考えているのか想像がついた。
「そしてこれは、」エマは、スマホを取り出した。「私が前世にいた世界の道具。そしてここに入っているのは、学園長が作った、ゲームなんだ。私は前世で、これをやってたの」
みんなが寄ってきて画面を覗き込む。
「これが、恋愛シミュレーションゲーム『メモアーレン』」
「え、これ、先生!?」
チュチュが驚いた声を上げた。
「おおぉぉぉぉぉ」
チュチュが口を手で抑え、目をパチパチしている。ふとリナリを見ると、チュチュと似たり寄ったりな顔をしていた。
……女子には何か響くものがあるんだろうか。
そこでシエロが、スマホを3台取り出した。
「みんなにもやってもらえるように、学園長からスマホを預かっているよ」
と、それぞれチュチュとメンテ、リナリに渡していく。
それぞれ、スマホの画面をつけて、オープニングを食い入るように見ていた。
シエロくんは、ヴァルに対してだけは年下だし、ヴァルに対してだけはヤンデレの素質があると思う。