147 正真正銘
学園長の部屋を出ると、シエロが学園長の部屋の隣にある自室に戻っていった。
ぼんやりと、階段へ向かう途中。
「エマ」
静かな声で呼び止められ、腕を引かれた。
くんっと引っ張られ、数歩後ろに下がると、目の前でドアが閉まる。
振り返ると、思った以上に近い場所に、ヴァルがいた。
「!?」
見上げて、なんとか顔が見える。
ここ……、ヴァルの部屋の中だ。
「どうしたの……?」
静かに返事をする。
腕を掴まれたまま。
見上げる顔はどこか不安そうに見えた。
「さっきの話」
さっきの話。
ゲームの話?私がゲームをやってたって話?それとも、私が異世界転生した人間だという話?
「お前、さ……、異世界の人間なのか……?」
私の話?
「……それって、どういう……」
「…………どこにも、行かないよな」
「え…………」
今まで話を聞いていて、そんなことを考えていたの?
異世界の人間なら、異世界に帰ってしまうんじゃないかって?
おずおずと、掴まれていない方の手で、ヴァルの手に触れる。
触れた瞬間、ヴァルの手が、微かに跳ねるのを感じた。
優しい感触。安心する。
今は、私が安心させたい。
「私は、エマ・クレスト。ただ前世の記憶があるだけの、正真正銘この世界の人間だよ。この世界で生まれて、この世界で育った。家族だって、友達だって、みんなこの世界にいる」
それに、ヴァルだって。
「…………ここ以外に、行く場所なんてない」
そう。
私は、私でしかない。
かつて、私だったものは、もう死んでしまった。それは確かに私だったけれど、もう私ではない。
それに、別の世界の人間だった時だって、ジークに惹かれて異界の門すら自力でくぐり抜けて来てしまった。
どこに居たって、どんな世界に居たって、私が居たいと思う場所は、この、ヴァルの側以外にない。
必ずここまで来てしまうんだ。
私の居場所は、ヴァルの側。
……まあ、そんなこと本人には言わないけど。
「どこにも行かないよ」
そして、出来ることなら、ずっと……。ずっと、ここに居たい。ヴァルの近くに。
「うん……」
その静かな声を聞いて、俯いて目を閉じた。
存在を感じる。
ゲーム中の人なんかじゃなく、本当にここにいたんだね。
ずっと。
沈黙の中で、しばらく、そうしていた。
ヴァルが何か言うかと思ったけれど、何も言わず、そのままでいた。
出来ることなら、ずぅっとこうしていたい。
これが我慢大会になったとしても……。
ううぅぅぅぅ……。
自分からこの状況を手放すのは惜しい、なんて、そんな風に思いながらじっとしていた。
結局先に離れたのはヴァルの方だった。
「ずっとこうしてるわけにはいかないな。夕食、食べ損ねるわけにもいかないし」
「そうだね」
そんなに、うまくはいかないか。
さて、ここからこの二人(と、学園メンバー)はどう転がっていくでしょうか。
ハッピーエンドに向かってくれ!