146 大魔術師のあの日の話(2)
『けど……。私は……、ジークの人生があのまま終わってしまうのは嫌です。ジークが居なくなってしまうなんて嫌です。……幸せになってほしい。幸せにする方法はありませんか』
「ああ、そんなに泣くでない」
大魔術師は、数百年は経っていそうなすっかり色あせボロボロになった紙きれを取り出した。
「ここに、精霊との契約書が3枚ある。……二人を生まれ変わらせることができる」
『…………?』
「ワシは……、お前さんのジークへの愛を知っている」
『確かに、命をかけてもいいくらい大好きですが。いえ、もうその命もありませんが』
「えまさん。お前さんも、生まれ変わってみないか?記憶をそのままに。名前をそのままに。姿をそのままに」
『私が?ジークも……?』
「そうじゃ。ワシは思う。お前さんが居てくれたら、ジークを幸せにすることも、可能なんじゃないかと。先のことはわからないが、賭けてもいい気がしているんだ」
大魔術師の声が、幾分か明るくなる。
『次の私の人生を、ジークに捧げるってことですね?それで、ジークを幸せにする方法があるなら。メイドでも護衛でもなんでもやります』
大魔術師は、ふっと笑った。
人生を捧げて欲しいわけではない。これは、えまに取り返しのつかないことをしてしまった償いでもある。
それに、大魔術師には予感があった。
ジークとえまは、相性がとても良いのではないかと、そう思えた。
この二人なら、笑い合い成長する姿が見られるのではないかと。
『生まれ変わったら、私、必ずジークを探し出して、この人生を捧げます』
「魂でのこの会話は、生まれてしまえば忘れてしまうものだ。ワシがジークと会えるよう、必ずお前さんを迎えに行こう」
『ジークを、幸せにするために』
まだ涙が滲んだその声は、それでも少しだけ力強さが戻ってきていた。
「『ジークを幸せにする同盟』じゃな」
『はい!必ず』
大魔術師は、それぞれの魂のために、大事な精霊との契約書を崩し、それで紐のようなものを作った。
作っている間、えまの魂は、沈黙を守るジークの魂の側に、寄り添うようにじっとしていた。
その契約書1枚ずつで作った紙紐を、それぞれの魂にリボンのように結びつけてやる。
「これを巻いておけば、記憶をそのままに、名前をそのままに、姿をそのままに、精霊が力を貸してくれる」
大魔術師は、優しい顔をしていた。
「さあ、お行き。まだ魂宿らぬ、母親の元へ」
『また、会えますよね?大魔術師様にも。ジークにも』
「ああ、必ず会えると約束しよう」
『また、ね……ジーク様』
えまの魂の最後の言葉には、やはり涙が滲んでいた。
えまの魂は、ジークの魂にさらに寄り添うように近付き挨拶をすると、窓の外へ、光の粒子のように飛んで行った。
身体という記憶媒体がないので、魂は記憶を保持しておくことができません。
名前を受け継げるのは、母親のお腹にいるときに母親に伝わるためで、必ずその名前になるとは限りません。