14 図書室(2)
ドクン。
心臓が高鳴る。
ここは……ジークの世界だって言うの?
顔が紅潮するのがわかる。
クラクラする。
「ええ。うちは弟が王立魔術学習室に入室したので、魔術を習ってるんですよ。いろいろ話して聞かせてくれましたよ。塔の魔術師様がお得意だとか」
王立魔術学習室……。塔の……魔術師。
それは、エマが聞き覚えのある言葉だった。そう、『メモアーレン』で。
王立魔術学習室は、魔術師の塔の一室で、魔術を教える魔術教室だ。
ジークも確かその学習室出身。
「でも私、魔術なんて……」
「練習すればなれますよ〜」
にこにことルチアが言う。
「れ……練習すれば、魔術師ってなれるの?誰でも……!?」
「もちろんですよ!ちょっと上手くなれば才能がどうとか言う人はいますけどね。でもやっぱり大事なのは努力です」
「魔力がない人間とか……いないの?」
魔力なんて……持ってないんだと思ってた。だって中身は、転生する前と同じファンタジーなものとは無縁の人間なんじゃないかって、勝手に考えてた。
「言わば精神力とか気力ですからね。いるのかもしれませんが……見たことはないですね。お嬢様は魔力強そうですねぇ」
「そうなんだね」
声を強張らせながら、なんとか言い放つ。
「私ね、この魔術に憧れてるの。わ、私、図書室に行かなきゃ」
ぐるん、と方向を転換すると、大股で図書室へ歩き出す。
「あんなに興奮したお嬢様、初めて見た……」
少し呆気に取られたルチアは、温かい目でエマを見送った。
ここが……ここがもし本当に……ジークの世界だっていうなら。
……セラストリア王国だっていうなら。
ぐっ……、
と、図書室の重いドアを開ける。
大人の力であれば、それほど重くはないのだろうけれど、5歳児の力では両手で開けるのがやっとだ。
薄明かりの中、なかなか高級そうな木製の大きな本棚がいくつも並んでいる部屋が見えた。
小さな階段があったり、テーブルやソファがあったりと、居心地がよさそうな部屋。
「う〜ん……」
逸る心を抑えつつ、本棚を眺める。やはり、まだ大半は読めない。
語彙がまだ子供レベルってことか。文法の勉強もあまりした覚えがない。とはいえ、マリアの本選びはどうやら段階的にきっちり選んでくれているらしい。ここまで読み書きできるようになったのは、マリアのおかげだ。
まだまだなんだ。もっと語学の勉強をしないと、魔術学習室に行きたいと言い出すことは難しいだろう。
ざっと背表紙を眺めていく。
いくつか本を取り、中を眺める。
多種多様な本が揃えられているけれど、中でも経済や商会の書類のようなものが多いみたいだ。
グラフのようなもの、名前、数字の一覧……。
父親は何をしている人なのかわからないけれど、なんとなく商人っぽさがある。
「このあたり、かな」
子供向けの本棚を見つけて、じっくりと眺めた。
「…………」
これは……。
国の地図……、子供向けの歴史書……。これなら。
震える手で本を取る。
『セラストリア王国の歴史』……。
セラストリア王国。
ジークが生まれ育った国。
そうだ。
ここは………………。
「ふぇっ……」
ぼろぼろと、涙がこぼれた。
流れ落ちる涙をそのままにして、本の表紙をじっと眺める。
この両手で持っているこの本には、確かにジークの国の名が書いてあった。
ほんとに……。ほんとに…………。
ここは、セラストリア王国なんだ。
やっぱり……嬉しい。こんなに嬉しい……。
泣いても泣いても涙は止まりそうになくて、図書室の隅の床に、その本を抱えて座り込んだ。
こんな顔で部屋から出て行ったら、みんなに心配をかけてしまう。
膝を抱え、その涙が止まるまで。
エマはその場でじっとしていた。
ルチアさんの弟は現在13歳。学習室ではなかなかに優秀なようで、魔術師達からも好評です。太陽のような笑顔が魅力。