129 幸せにする方法(1)
「今読んでる小説、運命の物語なんだ」
リナリが興奮気味に持っていた一冊の本を示しながら言う。
どうやらその本は、恋愛ものらしい。
出会って惹かれあった精霊と人間が殺され、生まれ変わって結ばれるという転生ものだ。
という話をリナリが一息に語ったので、珍しいものを見た気がした。
「だからね、もしかしたら前世で出会っていた運命の相手なんじゃないかって……!」
リナリの目がキラキラしている。
確かに前世の記憶は持っているけれど。そんなにいいものじゃない。ものすごく一方的な気持ち。
ジークの世界には、私の存在なんてなかった。
一方的にジークの死がショックで、死んでしまったような、あっけない前世だ。
そこで、ふと、思ったことがあった。
『ジークを幸せにする同盟』のことだ。
確かに、ジークの一生は、あまり自由なことができなかった印象がある。
王太子と年齢が近いというだけで、小さい頃から決められた道を進んできた。
魔力が強いというだけで、魔術師の道がすでにそこにあった。
……主人公のことを好きだったようなのに、それも告白ひとつできずに死んでしまった。
いつも一人だった。
いつも悲しい目をしていた。
もし、自分の手で少しでも幸せな気持ちにできるのだとしたら、もちろんしたい、と思う。
「…………」
エマは二人に向き直った。
「そういう運命の相手ではないんだけど。ヴァルにね、少しでも、楽しいとか幸せとか感じてほしくて。……ヴァルが好きなものって何だろう?」
すると、二人して呆気にとられた顔をして、同じタイミングで顔を見合わせた。
「ヴァルが好きなものって……」
言いながら、また二人してエマの方を見た。
「……え?私、何か変なこと言った?」
「ううん」
リナリがフルフルっと顔を横に振る。
チュチュが、腕組みをして、軽く首を傾げた。
「エマがすることなら、何でも嬉しいと思うよ」
「なんでも?」
う〜ん、とエマが思案する顔になった。
「そういう厚意って嬉しいし、ヴァルはそういうの受け取ってくれる人だとは思うけど」
そう言うと、チュチュが面白そうに笑った。
「エマと歩くだけでも、エマが笑うだけでも嬉しいと思うよ」
エマが、きょとんとした。
「それは言い過ぎじゃない?」
あははっ、と笑った。
とはいえ。
最近、緊張のあまり、ちゃんと話もできてなかったからなぁ。
翌朝、エマは玄関ホールに居た。
その日の朝の馬当番がヴァルだと知っていたからだ。
厩舎まで行って、話でもしようかと思ったのだけど、緊張が拭いきれずに玄関ホールでずっと、深呼吸をしていた。
階段のところで、何度も深呼吸をする。
ヴァルが、階段を上がってくるのが見えた。
「エマ」
先に声をかけたのはヴァルだった。
「どうした?」
エマは、えへへ、と誤魔化すように笑いながら、必死に髪を撫でつける。
「えっと……」
絶対、私、今、変な顔してる。
こんなところまで来る理由もないし。
「何か困ったことでも……」
そう言いかけたヴァルの言葉を遮るように、エマが口を開いた。
「お、おはよう……っ」
言いながら、ヴァルに笑いかける。
顔が熱くなるのを感じて。
心臓がバクバクする音を聞いて。
それでも。
真っ赤な顔のまま目も逸らさずに、わざわざやってきて朝の挨拶をするエマを見て、ヴァルが一瞬足を止めた。
「…………」
おかしな沈黙が流れる。
やっぱり、おかしいんだよ……!
突然、挨拶だけなんて……。
あんまりうまく笑えてる自信もないし。
流石に笑顔一つで幸せな気分にするのは無理がある!
「…………それだけ」
と、小さく言ったエマの目の前に、ヴァルが歩いてきた。
ヴァルが少し俯いて、
「おはよう」
と、一言声に出す。
どんな顔をしているのかわからなかった。
ヴァルが先に立って、歩いて行ってしまったので、エマがその背中を見たまま立ち尽くす。
すると、ヴァルが玄関ホールの真ん中ほどで振り返り、足を止めたので、待ってくれていることがわかった。
追いかけて、隣を歩く。
会話もなく、二人ただ並んで、階段を上った。
学園で小説を読むのは、リナリ、メンテ、エマ、それに大魔術師くらいですかね。