110 夜会にて(2)
廊下を歩く。
かなり歩いてから、パーティー会場がこちらではないと気付いた。
……まさか、自宅で迷子?
不思議に思いながらも、ゆるゆると付いていくと、着いたのは屋敷の裏庭だった。
騒ついている屋敷の正面とは丁度反対側で、人の気配はなく、静かだった。
夕陽が輝いて、眩しいくらいの光の中で、たくさんの薔薇が夏の気配の中で咲き乱れている。
「綺麗……」
庭はとても綺麗で、ヴァルの姿ともよく合っていた。
それからしばらく、ヴァルはエマを引き連れて庭を散歩した。
いろんな話をした。お互いの話を。
「夏は暑いけど、風が気持ちいいよね」だとか、「この間見つけた散歩コースが気に入ったから時々行くようにしてる」だとか、「ここのご飯は美味しいけど、早くヴァルのトンカツが食べたいなぁ」だとか。
それは雑談ばかりだったけれど、二人は申し合わせたように、二人以外の誰の話もしないで、ただ二人の話だけをした。
「ここは遠くまで草原が広がってるだろ。草原の真ん中に立つと、世界で一人きりになった気がするんだ」
見上げた横顔は、遠く遠くを見ていた。
ここにいたんだ。ヴァルは。
自分のことを話すヴァルは、なんだか珍しかった。
空は、段々と夕暮れも過ぎて、夜の顔になっていった。
ヴァルが、エマの正面に立つ。
「そろそろ行くか」
「……うん」
そして、二人で、屋敷の外を遠回りしながら、ゆっくりと大広間へ向かった。
伯爵邸の大広間は、とても煌びやかだ。
屋敷中に高級なアンティークが置いてあるだけはある。
どこもかしこも金色に輝く。
金でできた大きなシャンデリアは、エマが初めて見るほどのものだった。
参加者も本当に多くて、こんなに煌びやかな人達が集まるのを見るのは、初めてじゃないだろうか。
流石シュバルツ家と言わざるを得ない。
シュバルツ家は代々、王に仕える名家だ。役職はそれぞれだけれど、王太子の頃から相談役や側近として側にいるのが習わしで、ジークも生まれた頃から王太子の隣にいた。
シュバルツ家は炎の祝福を受けることが多く、その強力な魔術で魔術師として仕えることも多い。
ヴァルと共に、伯爵と伯爵夫人の前に立つ。
改めて、挨拶を交わした。
ヴァルの親であり、ジークの親……。
本当に……産んでくれてありがとうございます…………!
念入りにお辞儀をして、顔を上げると、伯爵がニッと笑う。
伯爵の外見はエーデルに似ているけれど、雰囲気はヴァルに似ている。きっと、ジークにも。
「エマさんにはお世話になったね」
「ええ、本当に」
逆に、夫人はエーデルと雰囲気がそっくりだ。
「学友として、当たり前のことをしたまでです」
にっこり笑うと、伯爵と夫人もにっこりと笑った。
「学友……」
「学友……」
二人して、ゆったりとヴァルとエマを交互に見た。
ヴァルが、不貞腐れた顔をする。
そんな意味深な顔をされても何も出てきませんよ!!
ヴァルは、庭を見せたかったわけではないです。エマのドレス姿を見て、もう少し外に居ようと思ったのです。