106 救出ミッション(1)
その夜。
眠ることができずに、屋敷の中をうろうろと歩いていた。
みんなが寝静まる時間の方が、何か見つかるかもしれないと思ったからだ。
落ち着かない。
ヴァルとだって、ここに来てから夕食の時間しか会えなかったし。
ヴァルは殺されかけるし。
……このパーティーの招待を受けた時、あれほど重い顔だった理由がよくわかる。
うろうろと歩いていると、キッチンの片隅で、人の声がすることに気が付いた。
「仕入れで?」
「はい、私が受取りました」
数人の人間が、低い声で話しているのが聞こえる。
壁に張り付いて話を聞こうとすると、ふいに肩を叩かれた。
「…………!」
そのエマの肩を叩いた見知らぬ男性と、メイドから話を聞いていた男性2人に連れていかれた先は、この屋敷の執務室だった。
部屋の中には、数人の人間がいた。
シエロに、エーデル。それに、デスクでふてくされた顔をしているのは他でもないヴァルだ。
もう一人立っているのは……。
立ち絵で見たことがある……。この人は……。
「シュバルツ伯爵……」
すかさず、頭を下げる。
「これって……」
ヴァルが、困ったような顔で笑った。
「俺の命を狙ってる奴がいるらしくて」
「…………」
ヴァルが、真っ直ぐエマの顔を見た。
「今夜、決着をつけようと思う」
「え…………」
「今日、エマが見つけてくれたメイド。あの人は、俺の命を狙っているクリークに、息子が囚われ脅されている」
「…………そんな……。だからあんなに震えて……」
「クリークはこの屋敷の人間の子供を使用人として雇い、こういう時に脅す道具にしてるんだ。あのメイドの息子は、家の中の掃除を任されている。居場所は、使用人棟の3階。7部屋あるうちの真ん中の部屋だ」
「……その子を、保護するってこと?」
「そう。2チームに分かれる。1チームはその息子の保護。もう1チームはメイドの保護だ。安全が確保され次第、明日、騎士団で証言をしてもらう」
「私も行く」
ヴァルを、まっすぐに見た。
ヴァルは、立ち上がり頷く。
「シエロとエーデルはメイドの方を、俺とエマは息子を保護しに行く」
そこに居た全員が頷いた。
シエロとエーデルが部屋を出ると、それと入れ違いに魔術師が2人入ってきた。
ヴァルは、テーブルにクリークの屋敷の見取り図を広げる。
「4人で行く」
ヴァルが、簡潔に作戦の説明を始めた。
それからすぐ。
星空の下、エマとヴァルは馬に乗り、クリークの屋敷へ向かっていた。
後ろから、同じく魔術師を乗せた馬が2頭、共に走る。
少し離れたところで馬を隠し、4人は息を潜める。
屋敷の裏。ちょうど、使用人棟の裏側だ。
1、2、3、4……。数えていくと、7つの窓が見えた。3階の真ん中……。明かりは消えている。
ヴァルが手で合図をすると、一緒に来た魔術師の2人が小走りで前に出る。
「ワール・ウィンド」
一人の魔術師が持つ杖の前に魔法陣が現れ、弾けるように消える。
その瞬間、その魔術師の足元に風が起こり、踏み込んだその人がジャンプをすると、あっという間に屋根の上に降り立った。
肩にかけていた長いロープの片側を地面に落とす。
もう一人の魔術師がその端を掴む。
ヴァルとエマが目配せをし、二人、声を上げた。
「深淵の王」
「輝け!」
それぞれの魔術の依り代の前に魔法陣が現れ、弾けるように消える。
使用人棟の壁に張り付かせるように闇が生まれる。それと同時に、メイドの息子がいるという部屋のすぐ上に、眩い小さな光がいくつか現れた。
使用人棟の窓の外を闇にし、見つからないように動く作戦だ。
二人、張られたロープを掴みながら、闇の中に飛び込んだ。ロープだけで登っていく。
登っていくと、エマが出した明かりの下に到達する。そこが丁度3階の窓のはずだ。
ヴァルが窓の隙間に短剣を差し込むと、パキッと音がして、思った以上に簡単に窓は開いた。
ヴァルが窓から忍び込み、そこへエマが続いた。
ベッドで眠っていたはずのメイドの息子は、窓を開けた時に目が覚めたらしく、ベッドの上で震えていた。それは、10歳に満たない程度の少年だった。
エマが手を差し出す。
「あなたのお母さんを守る為に、手を貸して欲しいの」
「…………誰?」
「シュバルツ家から来たの。行こう」
そこで、意を決した少年が、「……うん」と小さく返事をして、エマの手を取った。
ヴァルが先に窓から出て、エマが後ろを支えながら、慎重にロープに掴まらせ、静かに地面へ着地する。
クリークもメイドの息子をこれほど簡単に連れて行かれると思わなかったのだろうか。誰にも追われることなく、思った以上に簡単に、少年を連れ、伯爵邸へ戻った。
次回でさくっとこの問題は終わらせて、どーんと恋愛モードにします!