8、吟遊詩人レイ
返事もしない内に扉を勝手に開けて入ってきたのは、町の酒場でよく見かける吟遊詩人のレイだった。
「レイ、どうしたの?急にあなたが来るなんて」
レイは金色の長髪をリボンで一つに縛り、切長の瞳をした美丈夫だ。歌声も素晴らしく一度聴いたら誰もが虜になってしまう。
レイはチラリと私を見て、少し迷った末にオフィーリエに語りかけた。
「フィー、いよいよ領主一族が危ない。俺はゲオルグを連れて中央に戻ろうと思う」
ビストニアの領主一族が跡目争いをしているのは市井でも有名な話だが、そこになぜゲオルグの名前が出てくるのか、私は釈然としない。
「でもレイ、あなたが動くのは危険だし、ゲオルグも行かないと思うわ」
「それでも俺は、アイツが何と言おうと無理矢理連れて行こうと思う」
二人の会話に私は首を傾げる。
たかが吟遊詩人であるレイが動くと危険なことなどあるだろうか。ランクAAA+冒険者のゲオルグを誘拐できるほど彼が強いとも思えない。それにゲオルグを中央のどこへ連れていこうというのか。
その時、外からけたたましい鐘の音が聞こえて来た。
「魔物襲来の鐘!?こんな真昼間からか」
外に出るとビーザムに乗った魔導士がすごい勢いで近づいて来た。
「レイ様・・へ・・ヘカトンケイルが現れてゲオルグ様を・・・」
「ヘカトンケイルだと、あのような腐海の奥に生息する魔物がなぜ市中に現れるのだ」
ヘカトンケイルは三つの頭と六本の腕を持つ巨人型の魔物だ。
三つの頭にはそれぞれ名前がついており、コットス、アイガイオーン、ギューゲースと言う。
それぞれが違う属性を持つ厄介な部類の魔物だ。
レイがビーザムを取り出す。続いてオフィーリエも。私も取り出して、空に向かって投げた。後をついて行くと広場で暴れる巨人と果敢に戦う騎士達が見えてくる。その中にゲオルグがいた。
「ゲオルグ!」
ヘカトンケイルはあからさまにゲオルグだけを狙っていた。魔物に標的を教え込むのは、かなりの高位魔術だ。敵はなかなかの手練れだといえよう。
巨人の六本の手からゲオルグに向けて魔力攻撃が発せられる。
「逃げて、ゲオルグ!」
私が叫ぶと同時に、レイが杖を出し呪文を唱える。
「光よ 魔を祓いし 我が眷属よ
力を我が手に ライトニング」
凄まじい光が一直線にヘカトンケイルの身体を襲った。
レイは中央の人間だったのか。
これほど威力のある光魔法を見たのは前世ぶりだ。中央の高位の貴族並みの魔力量である。
だがヘカトンケイルは少し身体を揺らしただけで、すぐに体勢を立て直した。
「どうやら光耐性がついてますね」
私の言葉にレイが険しい表情をした。
「なぜわかる?」
「ヘカトンケイルにはそれぞれの頭部に闇耐性、風耐性、土耐性が付いています。闇と相反する光魔法は最も効果的な攻撃方法のはずなのに、先程の攻撃でかすり傷一つ負っていないのは不自然です」
「確かに・・では」
「何者かが光の守護をかけているようですね」
「光の守護・・だと」
「私が解除しますので、もう一度先程の攻撃をやってみてください」
「君は一体・・どうしてそんなことが出来る?」
私はそれには答えずに、魔法無効化の呪文を唱えた。
「世はあらゆるまやかし 見えぬまことの姿よ グラビゾン ヘイラス」
ヘカトンケイルにかかっていた守護魔法が打ち切られ、一気に力を無くす。次の瞬間、レイが魔法を、ゲオルグが上空から魔剣を振り抜いた。
激しい閃光と共に、ヘカトンケイルの体が真っ二つに割れた。