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68、明日へと続く階段


 礼拝堂の奥の扉が、ギシリと音を立てて開いた。

あらかじめ帰るのを知らされていた司祭たちが彼に駆け寄る。

ユーリウスは涼やかな笑顔で周囲を見渡している。

宿願だったエターナルリーベを得て、彼は今世での目的を達したのだ。


『ご本人の記憶が戻っているのであればわかるのではないですか・・きっと教えてくれますよ』


クリスタの言葉を思い出し、不安感に襲われる。

今から聞かされる真実は、きっと私にとって都合の良い話ばかりではないだろう。

震える足を叱咤してユーリウスの前に立つと、彼は待っていたかのように手を差し出した。


「あの丘に行こう」


私はその手を取り、ゆっくりと頷いた。




 私たちは今、コルカバドの丘に立っている。ここからは首都アルランローゼの街並みを一望できる。

丘は雨上がりで湿っていた。

露を含んだ草花で足元が濡れるのも構わず、ユーリウスは見晴らしの良い場所に立つと感慨深げに街を見つめた。

その表情から彼がこの瞬間をどれほど望んでいたのかを私は知った。


風が吹き、雲が流れる。

自然は変わらず同じ風景を保ち続ける。

ここはかつて彼が私に「この国を守って欲しい」と願い、婚約者として私を支えると愛を誓った場所でもある。

その時は、この愛は真実なのだと愚かな娘は信じていた。


エターナルリーベを取らせるために吐いた嘘。


囁かれた愛の言葉も触れられた熱を帯びた感触も、全ては作り事だったのか。

事実を知り偽りに気付いても、それでも私はあれは真実の愛であったと、愚かな娘の愛を信じてあげたかった。

全身全霊で彼を愛していたことを受け止めて欲しかった。


薄い金色の肩まで伸びた髪が陽光を受けて輝いている。

ユーリウスが振り向いて、深い夜色の瞳が私を見つめた。

期待と不安が交錯する。

私も吸い込まれるようにユーリウスの瞳を見つめ返した。



「やっと二人きりになれたな。

さて、リティアーナ。言い分を聞かせてもらおうか」


「はいっ?」


「聖結界を壊したであろう!」


いきなり怒られるとは予想していなかった。


「ううっ、すみません。つい・・・」


「つい、だと?君は私との約束を聞いていなかったのか?この国を守ると約束したであろう」


ユーリウスが私の耳をぐんぐん引っ張った。


「あううっ、痛いですぅ・・」


「私があれほど苦労して維持してきた聖結界を一瞬で駄目にするなんて、愚かにも程があるぞ」


「あれって本当に壊れたんでしょうか。わたくしの認識ではギリギリ大丈夫だったんですけど」


「壊れたから永久魔導機関が働いたのだ。古文書などで調べてみなければわからないが、その後の世界は君と君の周りの者たちが統治者として相応しいかを見る試験と時を遡るための移行期間だったのだろう」


だから記憶が曖昧だったのか。

女神様もきちんと説明してくれればいいのに。


「ユーリウス様が悪いんです。私と結婚してくれるって言ったのに死んじゃったりするから!」


「だからと言って聖結界を壊すバカがいるか!」


「それについては半世紀近く反省してきましたし、償いもしてきました」


「当たり前だ!女神がやり直しをさせてくれた事に一生感謝し続けなさい」


ううっ、やはりこれが本物のユーリウス様。前世の優しいお姿にはもう二度と巡り会えない・・・。


「ユーリウス様だって私を騙してましたよね」


そう、前世の彼は私と結婚するなんて嘘をついた。

本当はその後、王宮を出ていくつもりだったくせに。

ユーリウスはハッとして私の耳から手を離した。


「君に話さなければならないことがある」


袖をめくり右腕のお守りを見せる。


「この魔法陣についてだ」


ユーリウスは魔法陣の本来の役割について丁寧に教えてくれた。


「つまりその魔法陣はつけた人間が死にそうになった時に身代わりで術者が死ぬのですか」


「そうだ」


「つまり、つまり、ユーリウス様が死にそうになったら今度は私が死ぬと言うことですか」


「そういうことになる」


ユーリウスはあっさりと答えた。


「・・・ユーリウス様のいない世界で生きていても仕方ないですから、別に構いませんが」


「私は構う。私のために君が命を捨てることなんてないのだから」


「でも、ユーリウス様はそうしたんですよね」


彼は何も言わずに皮肉げに微笑んだ。


「命懸けで私のことをを守ってくれたんですよね」


「・・・」


「ユーリウス様が私を・・・」


ヤバい、嬉しすぎて顔がニヤつく。

ユーリウスの愛は私の思っていたよりもずっと深く慈愛に満ちたものだった。


「そのようなことでニヤニヤするな。エターナルリーベを取らせるために君を騙していたわけではない。あの時はああ言ったが、私の本当の願いとはかけ離れていた」


「リシュリアとはどういう関係だったんですか?リシュリアに刺されましたよね」


「リシュリアは腹心だと言っただろう。なぜ彼女が私を刺すのだ?」


ユーリウスは刺されたことに気付いていなかった。どうやらその直前に命が尽きていたようだ。

しかも王族は常に防刃下着を身につけているので、小刀程度では刺さらないらしい。

リシュリアがあれだけ悩んでいたのに、何ということだろう。


「急いでリシュリアに教えてあげなくては・・いや、つまりユーリウス様を殺したのは私ということに・・・」


ユーリウスを殺した真犯人が実は自分だったという真実。

それに気づいた瞬間にとてつもない衝撃が私を襲った。

目の前が真っ暗になり倒れかけた私をユーリウスが支えてくれた。


「違う、リティアーナ。私を殺したのは私自身だ。それに私はそのことを悔いてはいない」


「ですが・・・」


「単なる上司と部下でも師弟関係でもない。愛していた。生きて欲しかった。そのために君にエターナルリーベを取らせた。

薔薇の呪いの影響で、どのみち長くは生きられなかった。愛する人と愛する世界を救えたんだ。むしろ嬉しくて達成感に浸っていたくらいだ。でも君は違っていた」


夜色の瞳が労るように私に向かって細められる。


「私の思いは私の独り善がりだったようだ。結果的に君を苦しめることになってすまないと思っている。だが、もう一度同じ状況に陥ったら私は迷わず自分の命を君のために投げ出すだろう。

リティアーナ、今度の世界は君の望む結果になったのか?」


「はい、全部望み通りになりました。皆が助けてくれて、ユーリウス様が呪いも受けずに無事にエターナルリーベを取れて、これで安心して私は領地に帰れます」


エターリアを救う。

女神が私に課した使命は達せられた。

ユーリウスが統治するエターリアは、きっと素晴らしい世界になるだろう。


「アーティ」


それは二人きりの時に彼だけが使う私の愛称だ。


「ユーリウス様」


「違うだろう。何度も練習した筈だ。またアレを繰り返したいのか」


ユーリウスは問うように眉を吊り上げた。


「ユ・・ユーリ・・?」


ユーリウスの腕が囲うように私の背に回り、ギュッと抱きしめられた。


「アーティ、領地になんて返すわけがないだろう」


指先で髪をよけられ耳元で囁かれる。

彼に前世の名前で呼ばれたのは今世では初めてだった。それだけで私の瞳は潤み出した。どれほどその名で呼ばれることを望んでいたのかを思い知る。


「愛している・・心から・・君を愛しているんだ・・眠れない夜にはいつも君の笑顔が心に浮かんだ。君と一緒に生きていきたい。この国を共に見守り、私と一緒に歩んでいって欲しい」


「ユーリ様・・」


涙が溢れだす。どんなに疎い者とてこれがプロポーズだとわかる。義務ではなく、強制でもなく、彼が私を伴侶として望んでくれているのだと理解できる。愚かな娘の愛は真実の輝きを取り戻し、今報われて美しいものへと変わっていった。

自然と目尻が垂れて口角が上がる。

心から笑ったのはいつ以来だろう。


「泣きながら笑うなんて、器用なことができるのは君ぐらいだ」


ユーリウスが微笑みながら私の涙を指でそっと拭った。


「私に生きるための大切なことを教えてくれたのは、いつもユーリ様でした。だからどうかこれからも私を側に置いて、私を導いてください。永遠の愛をあなたに捧げます。いついかなる時も共に支えあい、共に生きていきましょう」


抱きしめあう腕に力が入る。頬を寄せ合って重なった唇は、涙でしょっぱい味がした。

誓いの言葉を祝うように、神殿から昼刻を知らせる鐘の音が街に鳴り響く。

鳩の群れが天に向かって勢いよく飛び立ち、雨上がりの青空に掛かった虹がまるで私たちを見守っているかのように虹色に輝いていた。





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