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60、許すか許さざるか

 リシュリアが床に泣き崩れた。

思わぬ真実に、私は半ば呆然としていた。

今、彼女はなんと言った。


ユーリウスの背にナイフを突き立てた!


「リシュリア・・どうしてその様な事を・・」


「申し訳ございません・・アストリット様・・申し訳・・どうか・・お許しください・・」


絞り出すような苦しげな声が聞こえてくる。

リシュリアは頭を床に擦り付けて、ただひたすら詫びている。


「リシュリア、許せと言われても、あなたのその後の献身ぶりを鑑みたとしても、簡単に許せることではありません」


怒りと憎しみが私の心を支配した。

リシュリアに相応の報いを与えたい。

ユーリウスが受けた痛みに見合うものを。

黒い魔力が漏れ出し、リシュリアの体を覆った。リシュリアは絶望に満ちた表情で私を見つめていた。

部屋の中に火花が飛び散り、行き場を失った魔力が風刃となってその場にいる者達全員を傷つけた。


「やめよ!アストリット!」


ジャファラーンが体を張って私の前に立ち塞がり、冷え切った私の両手を握った。


「リシュリアを宰相職からおろしたのは私だ。当時リジェグランディアの若い領主を暗殺した事で他領からの突き上げがひどくなったからだ」


ジャファラーンは身を切られ、血が飛び散るのも構わずさらに私の側へと寄った。


「リシュリアが宰相の任を解かれて絶望したのなら、その責任は私にある。前世のことでもあるし、リシュリアだって昔と今では全然性格が違っている。それに今はユーリウスは生きているのだ。どうかリシュリアを許してやってくれ」


「ジャファラーン様・・・」


私は平静になろうと大きく息を吐いた。体内の魔力が徐々に落ち着いていく。


「リシュリア、すまなかった。ユーリウスはただ単に政権の総意を伝えただけだ。其方の解任はユーリウスだけの決断ではない」


「そうだったのですか」


ジャファラーンは床に崩れたままのリシュリアの横に座り、肩に手を置いた。


「平和な時代が来れば価値基準が変わる。それまでの時代の責任を負うものが必要になってくるのだ。ユーリウスが恐れていたのは、暗部の者達が捕らえられ極刑になることだった。だから早々に辞任をして責任を取った形にしたかったのだ。

私はもちろん財務大臣なども辞めるつもりだった。其方一人だけを切って逃げようなどとは思っておらぬ」


「ジャファラーン様・・申し訳ありませんでした」


行き場を失った怒りを抱えたままの私と泣き崩れるリシュリア。


「ユーリウス様・・やっぱり私と結婚する気なんてなかったんですね」


落ち込む私をクリスタとジャファラーンが気の毒そうに見つめた。


「リティアーナ、ウチの息子はまだ四歳だったぞ。多少年下どころではない。ユーリウスが本気で其方と結婚させようなどと言っているとは思えぬ」


「リティ様。私も疑問があります。あのユーリウス様がそんなに簡単にリシュリアのような非力な女性に殺されるでしょうか」


クリスタが小首を傾げた。


「・・確かにそうですね。今わたくしが誰かに背後から刺されたとしても、咄嗟に急所を避けることくらいはできるでしょう」


ましてやユーリウスは騎士でもある。常に周囲の状況には神経を尖らせているはずだ。


「他にも、気になることがあります。呪われた王家の血など滅びた方が良いと言っている点です。呪われているのはユーリウス様ご自身でしたし・・」


クリスタは頭を捻った。


「私たちに知らされていない何かがあったのかもしれませんよ」


薔薇の呪いは魔力を封じるだけだと思っていたけれど、他にも不利益をもたらすようなことがあるのだろうか。


「ユーリウス様はお部屋にいらっしゃるかしら」


「それが先程、アデルベルトから通信が入り、ユーリウス様が王笏を手に入れて試練の谷へ向かったとの事です」


クリスタの言葉に私は引っかかりを覚えた。


「わたくし、今の話を聞いて確信しました。ユーリウス様は記憶を持っていたか、もしくは取り戻しているはずだと」


そうでなければエターナルリーベの取得方法など、今の時点でユーリウスが知っているはずがないのだ。

私はまだ大事な開錠の呪文をユーリウスに教えていなかった。

項垂れるリシュリアと向き合う。

リシュリアも顔を上げて私を見た。


「今の話を聞くかぎりは私にはリシュリアを許すことなんてできません。

でもユーリウス様からも話を聞いて、それから許すかどうかを判断したいと思います」


「リティ様・・」


リシュリアは力無く床に座り、再び俯いた。

時は巻き戻り、ユーリウスは今は生きている。

彼女の罪を糾弾するとすれば、それは前世の彼女に対してだ。

それをわかってはいても、今は許す気にはなれなかった。




 リシュリアの足は自然と門へと向かっていた。輪番通りなら今日はヴェスパーがいるはずだ。

落ち込んだ様子のリシュリアを見て、ヴェスパーは仲間の門番に何か言うと彼女の手を引き詰所へと入れた。

温かいミルクが出される。

どれだけ子供だと思っているのだろう。


「何があった?」


「・・・昔犯した罪を知られてしまったの」


「そんな大きな罪なのか」


リシュリアはコクリと頷いた。


「その時はそれが悪いことだとは思ってなくて・・・」


「そうか、それで相手は何て言ってるんだ」


「許せないけれど、私が傷つけた人からの話を聞いて許すかどうか判断するって・・・」


そこでポロポロと涙が溢れた。

リティアーナに嫌われてしまった。許せないと言われたことがこれほど胸に突き刺さるとは思わなかった。彼女は二度とリシュリアの顔など見たくはないと思うだろう。


「罪を償うのはそんなに簡単なことじゃない。許すと言われるまで誠意を尽くせ。

本当に取り返しのつかないことなんて、実際にはそんなにもないさ」


ヴェスパーが優しく頭を撫でてくれる。

リシュリアは悲しみの記憶を背負ったまま生を受けた。リティアーナとユーリウスのために今世では何ができるのだろう。

そしていつかこの罪が許されたなら、今度こそ本当に生き直せる気がした。




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