6、冒険者仲間ゲオルグ
いくら前世が貴族で、エターナルリーベを持つ唯一の女王だったとしても、市井で長く暮らせばすっかりその生活に馴染むものだ。
以前は貴族との生活水準の違いに戸惑っていた私も、今ではそれを楽しむまでになってきている。
魔物を倒せば当然、魔物肉が手に入る。この肉は痛みが早いため捨てるか、冒険者が持ち帰りその家族が消費することとなっている。
前世は貴族料理しか食べたことのない私である。
肉と言えばたくさんの調味料をまぶし、凝ったソースをかけたり、じっくりと煮込んだりするものだと思っていた私は、この焼いただけの肉に衝撃を受けた。
ただ焼いて少し塩をかけるだけ、コレがなかなか美味しいのである。
「今日は焼肉、焼肉」とウキウキしながら私がギルドに行くと、冒険者仲間のゲオルグがすでに待っていた。
ゲオルグは冒険者ランクAAA +の戦士だ。実は私もランクAAA +の魔導騎士だったりする。もう一人、通称、西の魔女と呼ばれている同じくAAA +の魔導士兼調合師が仲間にいるが、今日は忙しいらしくて来ていない。
AAA +より上はSランクしかなく他領にしかいないので、私たちは実質このギルドのトップの冒険者といえる。
前世にユーリウスから「君の吸収力と適応力には驚嘆する」と言われたことがあるが、自分で納得する日が来るとは思わなかった。
ゲオルグは赤い髪に濃茶色の瞳の少年で、私と同じ歳である。
炎を纏わせた魔法剣が得意で、三年ほど前からタッグを組んでいる。
「せっかくの美少女剣士なのに、焼肉、焼肉~とか浮かれながら入って来るなよ」
がっかりした表情でゲオルグに言われてしまった。
美少女剣士なんて良い響きだが、私に美少女である自覚はない。
「今日はどうする?」
「西の腐海でマンティコアを数体ヤリたいですね。子供達に美味しいお肉を食べさせてやりたいですから」
マンティコアはライオンの体と蠍の尾を持つ、翼の生えた魔獣だ。肉は脂身が少なく引き締まっていて、焼くだけで美味しく食べられる。また、素材として蠍の尻尾部分をギルドに持ち込むと高く売れるのだ。
「あとシルフィウムを何本か採取したいです。冬になる前に子供達用に風邪薬を調合しておきたいですから。それから妖精石も、できれば品質が良いものを拾いたいですね」
妖精石とはお守りの作成に必要な素材で、一説には寿命を迎えた妖精の死骸が結晶化したものだと言われている。実は私は守備力強化や毒消し作用がある魔法陣を付したお守りを作り、孤児院の隣の教会で売っていて、これが馬鹿にならない売り上げだったりする。
付随する魔法陣の効果を一年こっきりで切れるように設定してあるので、皆、毎年買いかえてくれる。定期収入として孤児院を潤す大事な収入源のひとつだ。
前世、私にこのレシピを授けてくれたユーリウスには、足を向けては寝られないほど感謝している。
「わかった。じゃあビーザムで行くぞ」
ビーザムは魔導士専用の鳥型の乗り物だ。普段は魔道具として腰にぶら下げ、使う時に呪文で変化させる。私は魔道具を空中に放り呪文を唱えた。
「ビーザム サフェス」
体が浮き、鳥型の乗り物が現れた。そのまま空中に飛び上がり、西の腐海へと向かう。
途中襲って来たコカトリスを何体か仕留めて、空間魔法がかかった袋に収納した。
「マンティコアだったら、今日は南の方にたくさんいたぜ」
同じギルドに登録しているリブラハムが、すれ違いざまに情報をくれた。私たちが孤児院の食糧確保も兼ねていると知っているので、仕事のライバルでありながらも、親切に教えてくれるのだ。
「マンティコアがいたぞ。俺は真上から仕留める。補助を頼む」
「了解です」
私は早速、相手の動きを縛る重力魔法を唱えた。
「うつろう時よ 歪めし力 我ぞ思うままに」
聖言を唱え、空中に魔法陣を描き、最後に「グラビゾン」と呪文を言う。
そして魔物達に向かって一気に魔力と共に放出する。
灰色に光る魔法陣がマンティコアの身体を一瞬で捉えて、地面に押し伏せた。
この魔法は私が中央神殿で女神からくらったものだったりする。血を吐いて倒れつつも、一度見た魔法陣と呪文は決して忘れない私。転生しても、しっかりと脳に刻み込んでいた。
「いけ!!ファイアアシューム 炎よ 我が願うまま 塵となりて天へ還れ」
ゲオルグがすかさず炎の魔剣で、あたり一帯を薙ぎ払った。
数体のマンティコアが焼け焦げになりながら、地面に倒れている。
「一気に片付きましたね」
「二人で組むと仕事が早いよ」
仕留めたあとは解体作業だ。
前世、貴族のお嬢様だった私は、こんな汚い仕事はもちろんしたことがなかったが、今世は気持ち悪いとか、吐きそうなどと泣き言を言ってはいられない。
何しろコレは孤児院の何十人の命がかかった大事な食糧、つまり私の大好きな焼肉となるのだ。
「ありがとうございます。ゲオルグ、これで冬は越せそうです。シルフィウムも手に入ったし、妖精石も拾えたし、蠍のニードルを売ればかなりのお金も手に入るので、春までは手仕事をするだけでなんとか孤児院はもちそうです」
「本当に大丈夫なのか。良かったら俺の分のニードルも持ってっていいぞ。子供がヒモジイ思いするのは見てられないからな」
「ありがとうございます。では遠慮なく」
私はお言葉に甘えて、ゲオルグの分の素材も自分の袋に入れた。前世の私だったら遠慮しただろうが今世はしない。何しろ孤児院はいつも食糧難で、生きるか死ぬかの瀬戸際を私も彷徨ってきたからだ。
振り返ってみれば前世の私は、平民の暮らしや弱者の言葉に耳を傾けたことがあっただろうか。
常に貴族達を従えることと、聖結界の維持に力を注いでいたので、庶民の生活にまで目が行き届かなかった
本当にダメな統治者だったと思う。
「ああ、そうだ。春から中央の王立魔導学校に通うから、しばらくは一緒に冒険いけないかもな」
「ゲオルグって貴族だったのですか」
私が驚いて呆けていると、ゲオルグも同じように驚いた顔をしていた。
「AAA +の実力の奴で元が貴族出身でない奴なんていないぜ。おまえも親が分からないだけで、相当な高位貴族の娘だと思うぞ」
うーん、私の場合はエターナルリーベがあるから、省出力で魔法が撃てるだけだけどね。
なんて、もちろん言えない。私が笑って誤魔化すとゲオルグが真剣な顔になった。
「俺にもっと実力があれば、お前もビーチェも一緒に、魔導学校に入れてやれるんだけどな」
そして彼は大きくため息をついた。
帰り際、パン屋のおばさんに呼び止められた。
「リティちゃんが作ってくれた痛み止めがすごく効いて、旦那が感謝してたよ」
お礼を言われ、売れ残ったパンをたくさん分けてくれたので、今日は主食とおかず両方にありつける素晴らしい日となった。
ウキウキしながら孤児院に帰ると、子供達が首を長くして待っていた。
私を見るなりワラワラと駆け寄ってくる。
「リティ、私、今日はいっぱいお手伝いしたよ。たくさん食べていいでしょう」
「俺も庭の草むしりとかいっぱいしたんだぜ。褒めてくれよ」
私は次々と駆けてくる子供達を撫でたり抱きしめたりしながら褒めてやり、ロンとベスが焼いたお肉をそれぞれの皿に分けた。
「ほら、リティも疲れたでしょう、座って。お祈りをして、皆でいただきましょう」
「そうね、ビーチェ」
ビーチェが私に飲み物を持ってきてくれた。皆の笑顔が嬉しい。
忙しい日々の中、束の間の幸福を私は感じていた。