59、日のあたる場所(リシュリア過去回想)
ユーリウス殿下を初めて見たのは、王立魔導学校の校舎裏にある訓練場だった。
三属性魔法を成功させたということで、多くの魔導学校の生徒達が興味本位にそれを見るために集まっていた。
アルカシア マダイン
聖魔法と土魔法、水魔法の三属性による最強複合攻撃魔法。
ユーリウス殿下が杖を振った瞬間、天は雲に覆われて光を遮り、神の怒りの如く雷が辺り一帯に落ちる。
魔術を終えてしばらく経っても、私は余りの衝撃に動けなかった。
「惜しいな、血筋さえ良ければ王になれたのに」
血筋?
それが王になるために必要なの?
どんなに能力があっても彼がエターナルリーベを取得し、王と呼ばれる日は来ない。
貴族社会では母親の出自が出世のために大きく影響する。
ユーリウス殿下の母親の身分は低く、王との正式な結婚は教会から認められなかった。
そう思うと憐れみと共に、親近感が沸いた。
社会で弾かれた者同士、分かり合えるのではないかという気がした。
調合の授業でユーリウス殿下は素材が一つ足りなくて困っていた。
皇子ならば従者が用意するのが当然だ。
見るといつもついていたカイルという少年はおらず、殿下の周りは見たことのない者達で固められていた。
殿下が困っている様子を知りながら面白そうに見ている。
「殿下、こちらをどうぞ」
私はたまたま隣の席にいたので、彼にシルフィウムの葉を融通した。
「ありがとう。助かったよ、リシュリア」
名前を憶えていたことに驚いた。
ユーリウス殿下はいつも調合室に籠ってクラスにいることはほとんどなく、周囲に関心があるようには見えなかった。
それは王族内部の権力争いが激しくなっていて、なるべく人と関わらないようにしているせいなのだが、しっかりとクラスの生徒の名前を把握していたことに私は興味を持った。
「お役に立てて光栄です。殿下」
それから私は調合の授業の時、必ず素材を余分に持ち込んだ。
ユーリウス殿下が薔薇の呪いを受けた事を知ったのは、魔導学校の二年を過ぎた頃のことだった。ちょうど父が第三夫人に男児を生ませたのと同じ頃だったと思う。
「レオナ、もう一度聞かせて。ユーリウス殿下の聖魔力を封印した・・・ですって。王家は一体何を考えているの」
「静かに、リシュリア。おおっぴらに話せるような内容じゃないんだから。
第四皇子にエターナルリーベを取らせたくない連中がいるのよ。自主的に王位を放棄したようにされてるけど、実際は違うのでしょうね。
仕方ないわ。彼の母親は平民だもの」
「母親は平民だと言っても元は貴族だったんでしょう」
ユーリウス殿下ほどの優秀な人間が出自で差別される社会。
己の努力だけでは決して乗り越えられない壁。
王家ですらそうなのだから、私が領地で差別されるのは当然だろう。
私の母は高位貴族のために育てられた高級娼婦だった。
たまたま見目が気に入ったから父が気紛れに手をつけた戯女。
「ありえないわ。だって殿下の魔力量だったら確実に取得者になり得るのに・・・」
「ユーリウス殿下が将来実権を持つことに反対している人達がいるのよ。
王家には他にも皇子が三人もいるから、彼らのうちの誰かが取ればいいとか、母親が平民のくせにエターナルリーベを取ろうだなんて身の程知らずだって言ってる人までいるのよ。
シュルンベニアの領主候補との婚約も破棄になったようよ。彼女、王位につけない男なんて興味はないらしいわ」
王の体調は悪く、例え王の地位に就かなくともエターリアを支えるための新たなエターナルリーベ所持者が必要だ。
だがエターリア連合王国には、いまだ新たな所持者は現れていない。
聖結界は徐々に弱まり、各領地の国境沿いには魔物が溢れているという。
エターリアは衰退の一途を辿っている。
それなのに王家はなんと愚かなのだろう。
いや愚かなのは王家だけではない。
王家を支持する貴族も大衆も愚かなのだ。
エターナルリーベに一番近い存在を退けておきながら、エターナルリーベの恩恵を求めているのだから。
父に呼び出されたのは、それから間もなくだった。
「第ニ皇子の愛妾ですか・・」
「あちらがお前を一目見て、気に入ったらしい。お前はもう跡継ぎ候補から外れているから問題ないし、娼婦の娘の行き先としてはこれ以上はない良い話だ」
父は思案げに顎に手をやった。珍しくリシュリアをじっくりと見ている。
「ただ正直迷ってもいる。ウチは表向きは第一皇子派だ。第二皇子に娘をやったとなれば、あちらが怒るであろう。レイヴァルトのせいでなくなった話だが、あちらはあちらで、以前お前を愛妾にと望んでいたからな」
この人にとって私は利用価値のあるコマでしかない。
いかに自分が良い目を見るか。
それだけしか彼は考えていない。
「お前はあの商売女に似て、見目だけは良い。うちに呼んだ客相手にお前はうまくやっておるしな・・」
父は値踏みするように私を見た。
「一つ課題を与えよう。成功すれば、この話は断り、今まで通り学校に通わせてやる」
そう言って父は小瓶を取り出した。
「来週、城で園遊会がある。その時にこれをサイモンティプス侯爵の飲み物に入れよ。呪われた第四皇子などを推す愚かな男だが、頭脳は切れるので邪魔でしかない」
父の命令に私は従うしかなかった。もともと選択肢など与えられていないからだ。
王宮は厳戒態勢だったが、誰も十四歳の少女が毒を持ち込むなんて思ってもいなかったようだ。
毒の混入には成功したが、サイモンティプス侯爵は死ななかった。ただ、長期間の療養が必要となり前線からは退いてくれたので、私は生まれてはじめて父に褒められた。
その後、魔導学校を卒業した私は中央配属の王宮魔導士となった。
しばらくして父も亡くなり、弟が後を継いだので私とリジェグランディアとの縁は切れた。
私は中央のリジェグランディア邸を出て、王宮のそばに部屋を借り一人暮らしを始めた。
第一皇子と第二皇子が共倒れとなり、王位は第三皇子のジャファラーンが継いだが、エターナルリーベを得ていないため他領地から正式な王とは認めらなかった。
聖結界の縮小化が始まり、王家に対しての不満があちこちで溜まっていた。
反乱やデモ、暴動などが相次ぎ、私は魔導士長になったばかりのユーリウスと共に、その対応に追われた。
父から教わった暗殺の仕方が役に立つ日が来るとは思わなかった。
「頼めるか、リシュリア」
ユーリウス殿下が私に権力を与えた。
気を抜けば殺される。
それが貴族の常識だ。
私に罪悪感はなかった。
何よりも敵対する者を排除することで私の地位は上がっていった。
地位が上がればやれる事も多くなる。
私は私と同じような立場の人間を仲間に引き入れた。
それはどんどん膨れ上がり、ユーリウス殿下と私はエターリア内で一大派閥を形成した。
気づくと私はジャファラーン政権の宰相の地位を得ていた。
ある日、アストラル大聖堂の前を通った時、人々の祈りの声が聴こえた。
神よ、我に慈悲を。
神よ、我に恩恵を。
祈れば救われるというのなら、いくらでも祈るだろう。
この世界に救いなどないことは分かっている。
だから私は祈らないし神に期待したりはしない。
現実には欲しいものは自分で手に入れるしかない。
日の当たる場所は、多くはない。
あらゆる手段を使い、どんなに疎まれようが、どんなに汚く手を汚そうが構いはしない。
当たり前のように日向に居座り、それを当たり前だと思っている者達を追い出して、私は日の光を得るのだ。
そうでなければ私の様な人間は、日のあたる場所になどいられないのだから。
ユーリウス殿下が玉座に錫杖を置いた。
もうすぐ念願のエターナルリーベ所持者が現れる。婚姻を結び王家の血筋を受け継いだ次代を得て、エターリアは永遠に繁栄してゆく。
ユーリウス殿下が王配となり、実権を握ってこの世界を支配する。
私達が築いた派閥が他領地を従え、勝利する時がとうとうきたのだ。
これで世界は変えられる。
そんな私の期待とは裏腹に、殿下は王宮を出ていくと私に言った。
「どうしてですか、ユーリウス殿下。なぜ、出ていくと?」
「私が王配では役不足だ。過去を顧みても、彼女の治世に悪影響を及ぼしかねない」
「あれほど期待させておいて、優しい言葉で懐柔しておいて、今更、健気に貴方様を慕うアストリット様を裏切るのですか?」
「アストリットは私の所業を知らぬ。今ならまだ相応しい者を見つけてやれる。王家にはジャファラーンの息子達もいる。少し年下だが釣り合いが取れないわけではない」
私とユーリウス殿下は国の安寧のために、暗殺や陰謀など裏であらゆる手段を講じ、己の手を汚してきた。
それは私達だけの意見ではなく、政権に携わる者たち全員の総意だったはずだ。
「リシュリア、君もだ。君にも宰相の職を辞してもらう」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「どうしてですか。なぜ私が宰相の地位を解任されるのでしょうか?」
「エターナルリーベさえあれば、国は元の平穏を取り戻すことができる。新しいエターリアは美しく健全な国にならなければならない。
新しい時代にとって、我々は過去の遺物だ。罪と悪行に手を染めてきた人間など不要なのだ」
ユーリウス殿下は残酷だ。
所詮私はトカゲの尻尾だったということか。
不要になればさっさと切られる。
一瞬父の顔とユーリウス殿下の顔がダブって見えた。
己の欲望に赴くままに私を利用するだけ利用した父。
リシュリアの意見など一切聞かず「話は終わりだ」と追い払った父。
私はまた裏切られたのだと感じた。
「リシュリア、命とは本来尊ぶべきものだ。私達の背負った罪はそれほど重いのだ」
私のやり方は間違っていたのだろうか。
私達の居場所を脅かすあの連中の命の重さなど、露ほども考えたこともなかった。
あの時はそれを求めていたくせに、それを今更覆すのか。
私が屠ってきた命は全て殿下が指示したものだ。
「お待ち下さい、ユーリウス殿下!」
「私は王宮を去る。あとのことはすでにジャファラーンに話がつけてある。呪われた王家の血など存続せぬ方が良いのだ。リシュリア、わかってほしい」
わかりません。わかりません。わかりません。わかりません。わかりません。
この男も所詮は同じなのだ。
利用するだけ利用していらなくなればさっさと捨てる。
あの男と同じ。
背を向けた彼の背に私はナイフを突き立てた。
ユーリウス殿下は一瞬で力を失い、床に崩れ落ちた。
「私は絶対に渡さない!」
この場所は私が自分の力で築いた城だ。
例え風が吹けば崩れる砂上の楼閣であっても、自分から壊しはしない。
邪魔をする者は全て弾き飛ばすまでだ。
ナイフが床に落ち、硬質な音を立てた。
「ユーリウス殿下・・」
この虚しさは一体何なのだろう。
ユーリウス殿下は私の唯一の理解者だと私はずっと思っていた。
彼の体から血が溢れだし、床を赤く染めた。
私はまるで幻でも見るかのように、その光景を眺めた。




