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56、忍び寄る影

 初春の日だまりの中、ルシアンとオフィーリエの結婚式が行われた。

純白のウエディングドレスに身を包んだオフィーリエは皆の祝福を受けてとても幸せそうだった。

ルシアンの長い片想いが成就したのは本当に良かったと思う。彼の愛は重いけれど、根は良い人なのできっとこの二人は上手くいくだろう。

私も養子縁組を結び、晴れてオルロワの領主一族となった。


「リティが私の娘になるだなんて不思議よね」


オフィーリエが微笑みながら言う。


「私もオフィーリエの事をお義母様と呼ぶ日が来るとは思いませんでした」


「あなたのことは子供の頃から知ってるから、家族になること自体に違和感はないわね」


冒険者仲間であり、調合作業をいつも手伝ってくれていたオフィーリエ。

女神様はこういう縁を見こして、彼女と出会わせてくれたのかもしれない。


「そのドレス、とても素敵です」


「リティもいつか着られる日が来るわよ」


オフィーリエが身にまとった肩紐のないビスチェタイプのドレスが色っぽくて、私はうっとりと見いっていた。

いつか私も愛するユーリウスと素敵なウェディングドレスを着て結婚式をあげたい。

ユーリウスは私を眩しそうに見つめながら「リティ、愛してる」と優しく囁く。そしてベールをそっと取り除いて、私の唇に自分のを重ねるのだ。


「今のリティ様にあの胸の開いたデザインは無理でしょうね」


クリスタが私の夢想の邪魔をして、人の胸をじろじろ見ながら呟いた。


「言われなくてもわかってますよ!」


今世の私はいわゆる貧乳だ。

多分子供時代の栄養が足りなくてこうなってしまったんだと思う。

前世では肩が凝るほど大きくて困っていたくらいなのに、あれが羨ましいと思うようになるとは思わなかった。


「ううっ、どうしてでしょう。今世こそ必要なものなのに。女神様の意地悪でしょうか。このままではユーリウス様を喜ばせることができません」


「環境のせいだと思いますよ。こればかりは仕方ないですし、ユーリウス様だったら問題ないでしょう」


「そんなことはありません。クリスタは知らないでしょうが、ユーリウス様は・・・」


「あら、そうでしたか。ユーリウス様にしてはままごと遊びのような恋愛をしていらっしゃるなぁとは思っていましたが、やっぱり意外と進んでいたんですねぇ」


クリスタが面白がるようにニヤニヤと笑った。前世は恋人同士だったのだから私だって少しは経験があるのだ。


「クリスタ、またしてもわたくしの事をバカにしていましたね」


私が怒るとクリスタは笑いながら謝ってきた。

今世のユーリウスとの関係はまだよくわからないでいる。前回、抱きしめられた時に進展があったような気もしたけれど、あれ以来ユーリウスとは会えていない。

会いたいと思っても相手は王族なので気軽に会いに行くこともできず、私はやきもきしていた。

前世ではユーリウスは王宮魔導士庁の長官で私は直属の部下である第一級王宮魔導士だった。

そのおかげでほとんど毎日ユーリウスに会えていたので、今世でこんなに会えないと本当に寂しくなってくる。

平民時代の全く会えない状況に比べれば、贅沢な悩みなのだが・・・。


ルシアンがオフィーリエの腰に手を回して、皆から茶化されながら二回目のキスをした。

レイヴァルトとの失恋の傷はまだ癒えていないかもしれなけれど、きっとルシアンが癒してくれるだろう。


「素敵なカップルですね」


「本当に、胸が大きくなる魔法とかがあるといいですよねぇ」


クリスタがオフィーリエの豊満な胸を見つめながら羨ましそうにため息をついた。

彼女の胸も・・・うん、私とあんまり変わらないな。


「クリスタ、諦めるのは早いですよ」


「えっ、できるんですか」


クリスタが身を乗り出した。


「前世では第一級王宮魔導士だったわたくしが魔導士生命にかけて必ずや成し遂げてみせましょう」




 私達は魔導学校の東屋で久しぶりにお茶会をしている。

リジェグランディアの方もやっと落ち着いてきたのか、今日はリシュリアも来ていた。

学校に皆が揃うのは本当に久しぶりなので、感無量だ。


「じゃじゃ〜ん。見てください」


私は皆に向けて胸をわざとらしく見せつけるように張った。


「胸が大きくなってる・・ど・・どうやったんですか」


クリスタがプルプルと手を伸ばしながら食いついてきた。さすが我が同士。


「部分変化魔法で胸だけ大きくしたのです」


「成功したんですね。わたくしにもやり方を教えてくださいませ」


熱心なクリスタとは裏腹にビーチェとリシュリアは呆れ顔だ。


「そんな事をする必要がありますか?」


リシュリアが不思議そうに尋ねた。

リシュリアにはこんな魔法必要ないもんね、うん。

持つ者に持たざる者の気持ち分からず。

私とクリスタのバストアップにかける熱意なんて、リシュリアには一生理解できないだろう。


「これでわたくしはユーリウス様を喜ばせる武器を手に入れました」


「使える場面があるといいですけどねぇ」


ビーチェがため息混じりに呟いた。


「ふふっ、そんなシチュエーションになるように、わたくしが絶対にしてみせますから!」


私が闘志を燃やしていると、当の本人が校舎から出てくるのが見えた。

ユーリウスの生活もやっと落ち着きを取り戻して今日は学校に来られたようだ。

ユーリウスが私たちに気づいてこちらを向くと、リシュリアが「用事がありますから」と言って席をたった。



 ユーリウスは側近達をずらずらと引き連れて私たちの方へとやってきた。珍しくアデルベルトもついているし、ゲオルグもいた。

ゲオルグは学生時代だけユーリウスの従者としてつくことになった。レイヴァルトが領主となり抜けたので、その穴埋めの意味もあるようだ。


「ユーリウス様、こんにちは。ゲオルグも久しぶりですね。やっと学校に来られたんですか」


「リティ、久しぶり。やっと落ち着いたよ。誰かさんの側近にこき使われて、こっちはほんとに大変だったんだぞ」


ゲオルグはクリスタがいることに気づいていなかったようだ。

クリスタが不機嫌そうに咳払いすると、ハッと気づいて身をすくませた。

これからはもっとこき使われることとなるに違いない。


「ユーリウス様、よろしければ一緒にお茶にしませんか?」


「ああ、そうだな。では少しだけいただこう」


ユーリウスはそう言うと護衛達を待機させて東屋の中に入ってきた。

女性陣は席を詰めて私の真向かいに座り、私の右横にユーリウス、その向こうにゲオルグが座る。

アデルベルトはそばに立って控えていた。


「それにしてもすごいな、その魔法。リティの胸がでかくなるなんて」


ゲオルグがジロジロと私の胸を見ていると、ユーリウスが解呪の呪文を唱えた。ブラウスの膨らみが一瞬でパッと消えて元のまな板状態となった。


「乙女の夢を一瞬で・・・ひどいです、ユーリウス様」


ペタンコな胸に視線を落としながら私が嘆くと、「君は、胸よりも先に頭の方を直した方が良い」

などと辛辣な口調で言われた。


これが本当のユーリウス様・・・。

前世のユーリウスはやはり幻想であったか。


「ねぇ、ゲオルグ。ビストニアは最近どう?」


ビーチェがゲオルグに尋ねた。

ビーチェも私と一緒にオルロワの領主館に引っ越してしまったので、地元の情報が入らないらしい。


「孤児院の方は相変わらずだよ。ロンが仕切って子供達の面倒をちゃんと見てくれてる」


「君たちは昔からの知り合いだったな」


ユーリウスが手にしていたカップを置いて尋ねた。


「そうなんです。私達ビストニアのギルドのAAA+冒険者で一緒に依頼をこなしてきた仲なんです。ゲオルグと会わなかったら私はとっくの昔に孤児院で餓死していたかもしれないんですよ」


「・・・そうなのか」


私はユーリウスにビストニアでの生活を教えてあげた。ギルドからの依頼で行った魔物狩りや火山内部での危険な素材採集などを特に熱心に話した。私としては冒険活劇のように面白おかしく話したつもりなのにユーリウスの顔色はどんどん悪くなっていった。私の厳しい子供時代の生活にひどく同情してくれているようだった。


「そういえば、あの時に孤児院に預けられた元貴族の子供達だけど、領内の魔導学校に行って魔導士資格が取れることになったんだ」


「本当ですか」


「ああ、せっかく才能があるのにそれを活かせないのはもったいないだろ。俺が父上に頼んだんだ」


確かロンとベスも元貴族だった。

薔薇の呪いをかけられたロンが魔導士になるのはもう無理だけど、ベスならなれる可能性があるかもしれない。


「素晴らしいです、ゲオルグ。それにしてもビストニアにそんな学校があったんですね」


「ビストニアは長年政治基盤が安定していなくて、貴族位を剥奪され平民になってしまった者がたくさんいるんだ。十五年前もウアルトゥ会っていう宗教の連中が父の弟を領主にしようと揉めてさ。父が弾圧して教祖を幽閉したら市民の間まで暴動が広がって大変だったらしい。その時も行き場を失った貴族の子が増えたから、今回は平民でも行ける魔導学校を作ったんだよ」


「十五年前というと・・ちょうどエターリアも荒れている時期でしたよね」


アデルベルトがユーリウスに尋ねた。


「そうだな。違法薬物が市井に出回って、ある一族に密輸の疑いがかけられた。それ以前にその一族の当主が横領の罪で投獄されていたこともあって、彼らは疑いを払拭することができなかった」


ユーリウスが腕を組みながらゆっくりと答えた。


「それでどうなったんですか」


「九族皆殺しの刑になった。一族郎党全員、子供はもちろん代を遡ってその孫に至るまでだ。今ならありえないことだが、当時は北部勢力が強くなっていて王ですら反対できなかったんだ」


ユーリウスは辛そうに目を伏せながらそう言った。きっとその人達はユーリウスの縁者だったのだろう。


「リジェグランディアからちょうどその時の裏帳簿と取引記録が出てきたんですよ。全員死亡していらっしゃいますが、今からでも罪を払拭して名誉の回復が出来るかもしれません」


アデルベルトが教えてくれる。


「できるといいですね」


私がユーリウスに微笑むと、彼もうっすらと微笑みを返してくれた。


「しかし、ビストニアでそんなことがあったとは知らなかったな。それはかなり有用な情報かもしれない」


ユーリウスが呟く。


「何のですか?」


私の問いに、ユーリウスは肩肘をつきながら私を見つめて意味深な笑みを浮かべた。


「それよりもリティアーナ。第一皇子と第二皇子の件が終わったからといって気を抜くなよ」


ユーリウスが立ち上がりながら、ポンと私の頭を撫でる。


「ユーリウス様、まだ何かご懸念があるのですか?」


すかさず会話に入ったアデルベルトの問いにユーリウスは何も答えなかった。




 夜、リシュリアがオルロワの領主館にやってきた。

呪いの種を一元管理しているネメシスニアから、種が王宮に持ち込まれたという情報が入ったらしい。

マティアスがリシュリアに頼んで私に伝えるように言ったようだ。


「ペトロネラが所持していたものとは別のということですか?」


「はい、どうやら他にもユーリウス様に呪いをかけようとする者がいるようです」


「ユーリウス様にはお伝えしましたか」


「全てわかっていることなので心配は不要とのことです」


「どういうことでしょう?ユーリウス様には記憶がないのに?」


まるでいつ誰に襲われるのか知っているような言い方だ。


「とにかく私はジャファラーンの元へ行きます」


「こんな夜遅くにですか」


「すべての元凶はジャファラーンに決まっています。第一、第二皇子派がいなくなった今、ユーリウス様を廃嫡にして最も利があるのが彼ではありませんか」


リシュリアは頷くがクリスタは懐疑的だ。


「今世のジャファラーン様にはあまりそういった野心を感じませんが」


「性格なんてそれほど変わるものではありません。とにかくジャファラーンのいる西の宮に今から突撃します」


「突撃?」


「今からですか?」


私がコクリと頷くと、二人は眉間に皺を寄せながらも、渋々同意した。




王宮  ー東の宮ー


 ユーリウスは自室で寝苦しい夜を過ごしていた。こんな夜はふっと彼女の笑顔が思い浮かぶ。


「アストリット・・いや、今はリティアーナだったな」


蘇った記憶には有用なものもあった。

前世での呪いを受けた時の記憶だ。歴史をなるべく変えないためにも、ユーリウスは記憶が戻ったことを誰にも告げないでいる。


まもなく奴が来るだろう。


マティアスから呪いの種が王宮に持ち込まれたと情報が入った。

それを手に入れた者は、今夜呪いの完呪を実行するだろう。

前世でユーリウスは薔薇の呪いを二回受けた。そのお陰で体に受けた呪詛量も二倍となり、苦しみに満ちた人生を過ごすハメに陥った。

一人はペトロネラから、もう一人は前世の通りならば今夜現れる筈だ。

前世では正体が分からず仕舞いだったが、今度こそ誰なのかを突き止めなければならない。


ガタリと戸棚が動く音がした。

暖炉の隣の棚が動き、隙間ができている。あんな場所に隠し通路があったとは知らなかった。

前世の自分があっさりと呪いをかけられたのも頷ける。


黒い影がユーリウスの寝台へと近づいてきた。ユーリウスは眠ったフリをしながら隙を窺った。

ゆっくりと伸ばされた手をユーリウスは思い切り掴み、寝台から飛び出ると男を床に投げ飛ばした。


「身体強化優先で鍛えたのが役にたったな」


いまだ成長途上の体だったが、鍛えた結果、前世並みの力をもう発揮できる。


「何者だ」


ユーリウスは灯りをつけ、床に突っ伏す者を見た。



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