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55、報われぬ愛の果てに

「ルイズ様」


王は夢を見ていた。

薔薇の花が咲き乱れる城の庭園で少女が自分に笑いかけている。

清らかな笑みは自分にだけ向けられたものだ。


「いつか・・・」


『この国の真の統治者になった時、君を迎えに行くよ』


アレクシアの父親は結婚の条件としてエターナルリーベの取得を要求した。

だがルイズバルトは自力でそれが取れなかった。


幼い日の約束を果たした時、彼女はルイズバルトのことを憎むようになっていた。


「ルイズバルト様・・」


また声が聞こえた。

懐かしい声だ。

これは幻聴ではないとルイズバルトはベッドで身を起こした。


「アレクシア・・そんな・・」


彼が望んだありし日のままのアレクシアが立っていた。

裸足のまま、王に向かって手を伸ばしている。


「本物なのか・・アレクシアは死んだ筈だ・・」


偽物でも良かった。

アレクシアに会えるなら何だっていい。

ルイズバルトは誘われるままにアレクシアの腕を取り彼女を抱き寄せた。

アレクシアが右手に短剣を持っていることに気付きもせず。


「王よ!目を覚ませ!」


何者かがアレクシアを背後から斬り伏せた。

城の衛兵の制服を着ているが王の知らない者だった。しかし北の宮の強固な守護結界を潜り抜けられるはずはないので、かつて護衛として登録された者なのだろう。

それよりもアレクシアだ。


「アレクシア・・嘘だ・・」


アレクシアの顔はドロドロに溶けて、原型を留めていなかった。


「魔力が弱いくせに高難度の変化魔法を繰り返すからそうなるんだ」


衛兵が吐き捨てるように言う。

人型の化け物は右腕に黒い蔓のような魔法陣を巻き付け、邪悪なオーラを漂わせている。


「訳のわかんねぇもんつけてやがるな」


衛兵が見たことのない呪術具だ。


「とりあえず逃げるか」


衛兵は王を軽々と抱え、居室から飛び出した。


『待て・・その男を寄こせ・・』


ドロドロに溶けた元アレクシアだった怪物は短剣を持ったまま二人を追いかけてきた。


「ちくしょう、俺はあんな化け物に追いかけられるために忍び込んだわけじゃねぇのに」


「父上!」


衛兵はユーリウスの声を聞いた。

東の回廊から側近達を伴い、勢いよく駆けてくる。


「ナイスタイミングだ、ユーリウス」


衛兵はユーリウスの方へくるりと方向転換した。


「おい、奴は妙な魔法陣を付けてやがる。不用意に近づくな」


衛兵がユーリウスに向かって叫ぶ。ユーリウスは腰の剣を抜くと、警戒するよう身構えた。


「とりあえず俺が化け物を足止めしてやる。王を安全な所へ連れて行け」


衛兵が王の体をユーリウスの護衛達に向かって放った。護衛達は慌てて王の体を受け取る。


「父上は?」


「意識は混濁していらっしゃいますが、怪我はありません」


「そうか、良かった」


「ユーリウス様、南門より王宮内に刺客が多数入り込みました。現在、中央棟にて戦闘中です」


アデルベルトが焦った様子で駆けてきて報告した。


「絶対に中央エターリア神殿には近づけさせるな!聖結界を破壊されたら皆滅ぶぞ!」


アデルベルトと共にきた衛兵達が慌てて中央棟へと向かう。


「みすみす侵入を許したのか!今日の警備はどうなってる!」


マティアスが舌打ちした。


「マティアスも神殿の方へ行ってくれ。あの化け物だけなら私一人で対処できる」


「しかし・・・」


「頼む、マティアス。聖結界の方が大事だ」


「くそっ」


マティアスは渋々、中央エターリア神殿へと向かった。

前世でも同じような襲撃を受けたことがあった。今日と同じ夜半で、やはりペトロネラが雇った刺客達だった。

自室にいたユーリウスは隙を突かれて呪いを受けてしまった。


「二度と同じ目には合わない」


しかし今回はあらかじめ情報を流して注意喚起しておいたのに、王宮の奥まで入り込まれるとはなんたることだろう。

気を抜いた近衛騎士達や王宮魔導士達は、厳しく鍛え直す必要があるようだ。

 

バンッという音がして窓ガラスが飛び散り、外から魔法攻撃が数発打ち込まれた。


「新たな刺客か!」


「あいつらは俺が何とかする。お前にはあのドロドロを任せた」


衛兵がユーリウスに命令する。

随分と横柄な物言いだ。


「お前、あの時のクロだな!」


おまけにクロ魔導師までここに入り込むなんて・・・。

ユーリウスは一瞬気が遠くなった。


「自己紹介は後回しだ。リシュリアから聞いているだろう。俺はお前の敵じゃない。

ユーリウス、来るぞ!」


人型の怪物がユーリウスに向けて呪文を唱えた。

その炎による攻撃をユーリウスは易々とかわし「グラビゾン」を唱えて人型を地面に縛りつけた。


「正体を現せ!」


ドロドロの液体が剥がれ、白い肌が現れる。

体つきも変わり、目の前に女が現れた。


「リティアーナ・・・違う!ペトロネラの変化魔法か」


「ユーリウス、お前を殺しにきた。愛しい者の手にかかり死ね!」


リティアーナに扮したペトロネラは歪んだ笑みを浮かべながら、ユーリウスに向けて魔法弾を数発放った。


「リティアーナはもっと清らかで可憐だ!お前如きが真似できるものではない!」


すんでのところでかわしてユーリウスは剣から稲妻を放った。

だがリティアーナに扮した者はいくつもの己の幻影を放ち攻撃が当たらない。


「こんなものか、ユーリウス。あの女の息子にしては弱い」


「母が変化魔法を見破るのが得意だったのは、お前が何度もそれで母や王を騙していたからだろう。何故だ?何故そこまで憎んでいながら母を王宮に呼び入れることを許したのだ?」


「教えてやろう。私の得意技を」


ペトロネラが変化魔法を使い、母アレクシアそっくりの姿となった。


「ユーリウス」


声までそっくりであることにユーリウスは驚きを隠せなかった。


「ああ、おかしい!あの女と同じ反応をするのね。私が王の姿を解いた時、あの女も相当驚いていたわ」


高笑いが部屋中に響く。ユーリウスの眉間の皺が濃くなった。


「おかしいのはお前の方だ。ペトロネラよ。父さえ愛さなければ、もっと違った生き方ができたであろうに。報われぬ愛に身を滅ぼしたか」


「うるさい男だ、憎きユーリウスめ。エトノスの者など醜い呪いを受け、惨めに野垂れ死ね!」


ペトロネラは右手を上げると、瘴気を放ち、黒い種を埋め込もうと飛びかかってきた。


「二度も同じ手に引っかかるか!」


ユーリウスは剣を振り上げ、勢いよくそれを弾いた。

呪いの種がカランと硬質な音を立てて床に転がっていく。


「ユーリウス!」


クロ魔導士が外にいた刺客達を早々に倒して回廊へと戻ってきた。


「ちっ、一旦引くか」


ペトロネラは変化魔法を唱えた。

ここは飛んで逃げられる物に変化するのがいいだろう。


「そはかりそめの姿 偽りの光に惑う月よ 我の思うまま形作れ フォル セフィティーヌ」


「逃しはしない!!」


ユーリウスは床に転がった呪いの種をペトロネラに向けて投げつけた。

それは杖を持つペトロネラの右腕に見事に当たった。


「しまった!呪いの種が体に!」


ペトロネラは慌てて解呪呪文を唱えようとしたが、変化は止まらず、種も体の中へとすっと吸い込まれた。

ペトロネラが変化したのは蠅だった。

呪いの種はあっという間に心臓に達して、ペトロネラは魔力を失った。

もう元の人間の姿には戻れないだろう。

ベランダを出て、中庭を通り、再び空いているベランダがあったので部屋の中へと入った。

そこには愛しいペトロネラの皇子が眠っていた。

かつて王宮で北部貴族だと馬鹿にされていたペトロネラを助けてくれて、中庭で一緒に遊んでくれたあの皇子様だ。

あの時よりも大きくなり老けてはいるが、間違いなくあの優しい皇子だった。


「ルイズ様」


声はもう出せないがペトロネラは思いっきり叫んだ。


「ルイズ様、ペティが遊びにきたよ」


ペトロネラの皇子は身を起こして、ペトロネラに向けて腕を振った。

ペトロネラは迷うことなく皇子の腕の中に飛び込んだ。


ぷちっ


「どうされましたか?」


王の従者が不審な音を聞きつけてベッドへと駆け寄った。


「うるさい蝿がいたので潰したのだ。手水を持て」


王は潰れた蠅をつまむと、窓からポイと庭へ放った。




 ユーリウスは無惨に破壊された回廊から、外に倒れている刺客達を見ていた。

かなりの数の刺客達を高位魔法で一瞬で倒した、あの男。


「ユーリウス!」


中央エターリア神殿に向かわせたマティアス達が戻ってきた。


「聖結界は無事か?」


「ああ、そっちは?」


「ペトロネラの方は虫に変化して逃げられたが、呪いの種が当たった後だったので二度とあの変化を解くことはできないだろう。ただ・・・」


「ただ?」


「いや、何でもない。マティアス、後処理を頼む」


ユーリウスは割れた窓からクロ魔導士が消えた方向を見つめた。

あのクロ魔導士は何者なのだろうか。

なぜユーリウスを助けるのだろう。

それにあの魔力はやはり・・・。


冷たい夜風がユーリウスの頬を撫でていった。



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