51、記憶
「また、とんでもないものをユーリウス様から頂いたものですね」
クリスタが私の手首に付けられた水晶の腕輪を見て目を丸くした。
ここは中央にあるオルロワの領主館である。
私はグレゴリ邸から引っ越して、今はこちらで生活している。
警護の関係でこちらの方が安全だと言われたからだ。
エターナルリーベを持っていることが一部の人間にバレてしまったため、オルロワ公のルシアンが心配して私をこちらに移動させた。
「そんなにすごいものですか」
私は右手首に付けられたバングルを見た。一般にテレティアナシルキークオーツと呼ばれている、かなり大きめの輪になった水晶の中に幾つかの魔法陣が刻まれている。あまり見ない形の守護の腕輪だった。
「恐らくそれは王家の秘宝級のものだと思われますわ。ウチでしたら博物館に特別室を用意するくらいの貴重な品ですね。売ったら城が買えるくらいの価値がありますよ」
「し・・城ですか!?」
そんなに高価なものだとは思わなかった。売って孤児院の建て替え費用にしたいくらいだ。
「今、売ろうかなとか思いませんでしたか」
「何でクリスタもわかるのですか!?」
「顔に書いてありましたから」
「顔に!」
私は思わず頬に触れた。
どこに書いてあるというのだろう。
「売ったお金で孤児院が綺麗になったらいいなぁって思っただけです」
「エターリアの国宝を売ってビストニアの施設を直したりしたら国際問題になりますよ。絶対ダメですからね!」
クリスタに叱られ、私はシュンと肩を落とした。
「まぁまぁ、クリスタ。リティだって本気で考えてるわけじゃないと思うよ」
ルシアンがやってきた。
心なしかお肌がツヤツヤして、上機嫌だ。何か良いことがあったのだと一目でわかる。
ルシアンはいかにも聞いてくださいと言わんばかりに、私の目の前に腰をかけた。
「な・・何かあったんですか」
「よくぞ聞いてくれた。俺はとうとうあいつに勝った。オフィーリエとの仲が上手くいったんだ!」
レイヴァルトがロッティと結婚することとなり、オフィーリエとレイヴァルトは別れることとなったらしい。
傷ついたオフィーリエの心にすかさず入り込んだルシアンは、オフィーリエの恋人の座を見事射止めることができたそうだ。
「棚からぼた餅なんですよ。お兄様が自分の実力で勝ち取ったわけではないですから。リジェグランディアでは今回の件で地位を失っていた貴族の復権が叶い、その際にロッティの地位が思った以上に高かったんです。それで前領主がロッティの外聞を傷つけた責任をレイヴァルト卿が取ることになったんです」
オフィーリエよりも先にロッティと結婚することを告げたレイヴァルトはオフィーリエの怒りをかって振られたらしい。
「先にオフィーリエと結婚してロッティは後から第二夫人にすれば良いのではないですか?」
「ここだけの話、そういうわけにはいかない事情があるのですよ」
「事情とは?」
「使用人が旦那様から・・・なんて話は貴族あるあるですから。半世紀近くの記憶があっても、未だにおぼこなリティ様には到底わからないでしょう」
「むぅ、馬鹿にしましたね!わたくしだって、いつかユーリウス様と・・・」
いつかはわからないが私は今世こそ捨てる覚悟でいる。
結婚してるとかしてないとかはもう気にせず、チャンスさえあればユーリウスの前に身を投げ出す所存だ。
「とにかくそういう訳だから、オフィーリエと結婚したらリティをウチの養子にするよ。その方がユーリウス殿下との立場も釣り合うから、身分の問題は解決するだろう。リティ、俺のことは今日からお義父様と呼ぶんだぞ」
ルシアンが超ご機嫌な様子で言う。アブラム相手ならすんなりと言えたが、ルシアン相手だとどうしてこんなに抵抗感があるのだろう。
「お兄様の呼び方なんてどうでもいいですわ。それよりもわたくしのことはお姉さまか姉様って呼んでくれませんか。わたくし妹ができるのが夢だったんです」
「お前は叔母さんだ、クリスタ」
「何ですって!お兄様こそ父親の威厳なんてないくせに!」
また兄妹喧嘩が始まった。
なんだかんだ言ってもこの二人は仲が良い。
その仲間に入れてもらえるのが、私はとても嬉しかった。
ユーリウスは北部に来ていた。
北部勢力は魔導流を断ち切られた事により混乱状態となり、反乱軍は一気に解体された。
王に逆らうことが愚かなことだとこれで理解したので、二度と歯向かうことはないだろう。
だが今回ユーリウス達が取った手段は思ったよりも深刻で、ユーリウスは今、その後始末に追われている。
ここは腐海の侵食が酷く、見渡す限り荒野になっている。
聖結界の守護から外れることで、ここまで酷い状態になる事をユーリウスは初めて知った。
「昔に戻ったみたいだな」
マティアスがボソリと呟いた。
昔とは前の世界のことだろう。
リティアーナから、マティアスとアデルベルトが前世の記憶を持っているのを聞いたことは伝えてある。
だがユーリウス自身に少しずつ記憶が戻りつつある事は、まだ誰にも言っていない。
リティアーナのエターナルリーベに触れた時、ユーリウスの頭の中に前世の記憶が流れ込んできた。
ユーリウスが最初に思い出したのは、このお守りを作っている時の自分の気持ちだった。
これを作った時、自分はかなり焦っていた。
恐らく聖結界は崩壊寸前まできていて、早急にエターナルリーベが必要だった。そしてそれはアストリットにしかできないことだった。
その唯一のアストリットもグリフォンが倒せるかどうかギリギリの状態で、自分は苦肉の策でこのお守りを作った。
「そろそろ始めましょうか」
思考に耽っていたユーリウスに向かい、カイルが合図を送ってくる。
ユーリウスは杖を握ると、天へ大きく振った。
「美しき水の調べ 潤し満たすユースティティアよ 穢れ払う癒しの力を我に ユースティ リティーア」
汚染された土地が、みるみる活力を取り戻していく。
見渡す限りの大地は息を吹き返し、緑を讃え、陽の光を浴びた草木は生きる喜びに輝いた。
「これはすごい!」
「さすが王族」
ユーリウスの大規模な癒しの魔術を見に来ていた北部の住人達から感嘆の声が続々と上がった。
ユーリウスはそのまま杖を頭上でクルクル回して金色の魔力の粒を周囲に振り撒く。
観衆は涙を流して跪き、ユーリウスに向かって手を合わせて崇め奉った。
「あんな派手なパフォーマンスがいるのですか」
カイルが少々呆れ気味に言った。
「サービス精神だよ。今日は魅了するのが目的だろう」
元々人目を引くのは好きではないが、今回は王族の権威を北部の人間に見せつける必要があった。
「こんな魔術が前のリティに使えていたらな」
マティアスがため息を一つついた。
「リティアーナは魔力量が多すぎて魔力調節が上手く出来ない。癒しや浄化のような細かい魔力調節が必要な魔法には向いてないんだ」
そこでふと前世の自分が、魔力調節ができるあの母の杖があればと考えていた事を思い出した。
どうやら自分は記憶はなくとも無意識的に前世でやり残した事を実行していたらしい。
「それよりお前の魔力、強くなってねぇか」
マティアスの問いにユーリウスは右手の魔法陣を見せた。
「この魔法陣でリティアーナの魔力と繋がっているんだ。だからいつでも特殊効果が発動できるようになっている」
「そんな効果がその魔法陣にあったのですか。リティ様はやはり只者ではありませんね」
カイルが驚いて魔法陣を見つめた。
それだけではないのだが・・・。
前世の自分がアストリットの魔力と自分との親和性に気づき、彼女の出自を知っていたのは間違いないだろう。
エトノス一族。
古文書ではユートゥヌースとかユーティヌーシの一族と表記され、神の末裔と書かれていることもある。
王家の分流と言われていたが、実際には王家の方こそ分流ではないかとユーリウスは考えていた。
エトノス一族の者達は聖魔力に長けており、代々エターナルリーベを取得して王家を支え続けてきた。
それほどの力を持ちながら王位につかないのは、彼らの性格が為政者に向かないからだった。
優しすぎるのだ、あの一族の者は皆・・
母アレクシアやリティアーナを見ていれば分かる。
人を恨んだり、陥れたりするのには向かない、真水のように純粋な人たちだ。
十五年前、ペトロネラ達の計略にあっさりとかかり、エトノス一族は全て滅んだ。が、その網を抜けて生きながらえた者たちがいたようだ。
よくぞ生き残ってくれたものだ
生きて出会えたことには、本当に感謝している。この場で神に感謝の祈りを捧げても良いくらいだ。
それは、エターリアが安定を取り戻す可能性が、かろうじて残されたことを意味する。
そしてユーリウスは前世でエターナルリーベを取った後のアストリットのことも気にかかっていた。
永久魔導機関が働き、時を巻き戻すような事態になぜ陥ったのだろう。
アストリットがエターナルリーベを取得した時点でエターリアの聖結界は危機的状況だったのだから何が起きていてもおかしくはないが、以前リティアーナが言っていた罪を犯して償っている途中という言葉がやけに引っかかった。
そういえばアストリットは昔から何をしでかすのか予想できない娘だった。
ふとアストリットと出会った頃のことが思い出されてきて、ユーリウスは苦笑した。
首都に戻りアデルベルトに会ったら聞いてみるか。
恐らくその頃までには、全ての記憶をユーリウスは取り戻せていることだろう。
「申し上げます。ペトロネラと第一皇子ディートフリートですが、やはり北部からは脱出したようです」
カイトリュート侯爵家を捜索させていた者達から報告が入った。
「あの二人のことだ。また良からぬことを考えているであろう。急いで行方を突き止めよ」
ユーリウスはギュッと拳を握りしめて首都の方角を見つめた。




