5、親友のビーチェ
私は十二歳になった。
ギルドに登録して実力を積み上げた私は、今や押しも押されもせぬ冒険者となった。
今日は依頼を受けた素材回収のために、国境を超えて腐海の森へと行く。
「動かないで、リティ」
ビーチェは私が孤児院で出会った親友だ。彼女は元貴族の家の娘で、三年ほど前に孤児院にやって来た。同年代ということもあり、かなり気が合う。
今、私はビーチェに髪を結ってもらっている。ど真ん中にヒビが入っている薄汚れた鏡に写る私は、顔、形は前世と同じだった。
ただ環境の差というのはこれほど残酷なものなのか。前世、陶磁のように透き通っていた肌は日焼けして真っ黒になり、美しい金色だった髪は日差しに焼けてぱさついて、綿毛のようにモサモサしている。
唯一、菫色の瞳だけが変わらなかった。
この色はエターリアの中央貴族の特徴であり、ビストニアにはないものである。
前世、深層の令嬢だった私が、今は冒険者などをやっているのだから、この見た目の変わりようも当然だが、もし前世の知り合いに会ったとしたら、もはや誰も私だとはわからないだろう。
「リティの髪は太陽の色ね」
ビーチェが髪を透きながら微笑んだ。
ビーチェにはビストニアの特徴がよく現れている。
薄いピンク色の髪に淡い橙色の瞳は、ここではよく見る組み合わせだ。
ビストニアは火の眷属が強い土地なので、そこに生まれた魔力持ちは火の眷属の象徴的な色である暖系の色を纏う。
そこから考えると私の色は聖魔法の眷属である金色、銀色が特徴の中央エターリア生まれということになる。
誰かが攫って私をこの地に捨てたのか、それとも中央生まれの者が移住してきて育てられなくなったのか、それはわからない。
他に、青色は水の眷属アクアーリア、緑色は風の眷属シュルンベニア、黄土色は土の眷属メクルベニア、灰色は時の眷属リジェグランディア、黒色は闇の眷属ネメシスニアとなる。
領地は主にその七つだが、稀に領地同士の境にある緩衝地帯が自治区として、政府から統治を任されている場合がある。
ビストニアとアクアーリアの間にあるオルロワ自治区もその一つで、生まれた者は暖色か寒色、またはその中間色の紫色を纏う。
前世で私の忠臣の一人であったクリスタはオルロワ自治区出身であり、紫色の髪にガーネット色の瞳を持つ才媛だった。
一方もう一人の忠臣、アデルベルトは土の眷属らしい落ち着いた茶色の髪と目で、常に穏やかな笑みを浮かべていた。
前世で私に最後まで付き添ってくれた二人、クリスタとアデルベルト。今世でも会えるのだろうか。 それから私の剣となり逆らう者達を武力で制した闇の騎士、マティアス。
宰相として明晰な頭脳で王国を統治するための指針を示してくれた、時の魔導士リシュリア。
振り返ると私の治世は優秀な人材に囲まれていた。元々ユーリウスの周囲にいた者達だが、彼は魔導士としても優秀だったが、人材登用の分野でも秀でていたと言える。
私の才能を見出し、エターナルリーベを取得させたのもユーリウスだった。
エターナルリーベは高位の聖魔法使いでなければ取得できない。よって資格者は聖魔法に通じた中央の上位魔導士に限られてくる。 私は男爵家出身で身分は低かったが、たまたま聖魔力が強かった。
取得した者にはその証として、胸に細かい装飾を施した光の輪が現れる。よく見るとそれは魔法陣で、己の魔力量を増幅させる作用があるのだ。
私は首元の衣服をずらし、チラリと胸元を覗いた。
何故かエターナルリーベがあるのだった。
子供の頃はわからなかったが、成長とともに胸に魔法陣が浮き出てきた。
生まれ変わっても、魂に刷り込まれているエターナルリーベは取得されたままの状態なのか。
お陰で私は少量の魔力量で魔法を発動することができる。
「できた。さぁ、リティ行ってらっしゃい。ゲオルグが待ってるわよ。彼の言うことをよく聞いて、絶対に無理してはダメよ」
「ゲオルグはビーチェのお気に入りですものね」
「お気に入りとかなんかじゃないから。冗談言わないで、リティ」
膨れながらビーチェは纏めてくれた髪が、落ちてこないかを確認する。私は机の横に立てかけてあった剣を取った。
今世ギルドに登録した私は魔導剣士となった。前世では剣も握ったことがなかったのに、この変わり様は自分でも驚きである。人間、やろうと思えば何でもやれるものだ。全ては孤児院の子供たちのため、食料とお金のため、生活のためである。
「では行ってまいります。帰ってきたら焼肉パーティーをしますので、鉄板の用意をお願いしますね」
ビーチェと見送りに来ていた子供達が、にこやかに私に手を振った。