47、反撃のリシュリア(side リシュリア)
「リシュリア、お前も行くのか」
レイヴァルトに尋ねられる。
これでこの質問をされるのは、もう二十回目くらいだ。
「もちろんです、お兄様。お父様が悔しげに地に伏す姿を見逃してなるものですか」
「お前、性格が変わっているぞ」
レイヴァルトは不安な顔を浮かべながらも、リシュリアの同行を渋々許可してくれた。
「お兄様、第二皇子退治もお忘れなく」
「・・・」
レイヴァルトが言葉を失っている。
リシュリアのことを一体どこのお嬢様だと思っているのだろう。
父親を退陣に追い込み、レイヴァルトを領主に据える。
リシュリアの企みは最終段階に入った。
リシュリアは間者を雇い、ずっと水面下で計画を練ってきた。父の味方をこちら側に引き入れ、資金源を断ち、力を削ぐ。
今、父に付いているものは彼の側近くらいだろう。
「その男も連れて行くのか?門番だぞ?」
レイヴァルトがヴェスパーを見て首を傾げる。怪訝な顔をされたが、彼はただの門番ではない。
裏稼業の世界ではトップクラスの高位魔導師である門番だ。
「リア様の護衛の任を仰せつかまつりました、ヴェスパーと申します。この命に変えてもリア様をお守りしましょう」
ヴェスパーが薄い金色の髪を靡かせて跪いた。いつも暗闇で会うか、昼間でもフードや仮面を被っていたので、彼の顔や髪の色をはっきりと見たのは初めてだった。
明るい場所で見ると、どことなく見覚えのある顔をしていた。
「・・・ああ、それは心強いが・・」
納得がいかない兄に有無を言わせず、ヴェスパーを仲間に引き入れる。
兄の側近やリジェグランディアの貴族の精鋭を集めたら、襲撃部隊は百名ほどとなった。
リジェグランディアの屋敷に到着すると、そこはすでにクロ魔導師達に取り囲まれていた。
思ったよりも静かなのは、皆が父を捨てて逃げ出したからだろう。
今更あの父につくものなどいない。
「何故、クロ達がこんなに?」
「わたくしが依頼を出したのです」
「ハッ?リシュリア、お前がか??」
「お兄さま、喋ってないで行きますよ」
部下達が屋敷の扉を開けると、第三夫人のダニエラが泣きながら命だけは助けて欲しいと懇願してきた。
女性に甘いレイヴァルトはもちろんそれを許した。
彼女はまだ妊娠していないようなので、今世で弟の顔を見る機会はなさそうだ。
その方が彼女も新しい人生を歩みやすいだろう。
屋敷に入ると、潜入させていたレイヴァルトの間者が駆け寄ってきた。
「ロッティとお父様はどこ」
「二階に・・第二皇子も共におります。守護結界が強く、魔力の弱い我々では入れません」
「そう、好都合だわ」
リシュリアは剣を持ち直した。レイヴァルトと彼の部下達がその姿を見て目を丸くしている。
「リシュリア、お前、剣なんて使えるのか?無理しなくていいのだぞ」
「無理なんて・・むしろワクワクしていますわ」
「こんな好戦的な娘だったとは・・」と若干レイヴァルトは引き気味だ。やり方が違っただけで、リシュリアは昔からこういう性格だ。
リティアーナと付き合い、戦い方にも色々ある事を学んだ。
二階に上がると小部屋に隠れていた男たちが一斉に飛び出てきた。
「アルフアードの護衛騎士だ!」
レイヴァルトが「ライトニング」を唱えて目くらましを行い、歯向かう者達をどんどんと捕縛していった。
父は私兵も雇っていたようで、彼らは死に物狂いで攻撃を仕掛けてくる。
それをあっさりとヴェスパーが剣で弾いた。
「其方、強いな。本当にただの門番か?」
「はい、ただの門番です」
「なぜただの門番をしているのだ?」
「・・平民だからですかね」
レイヴァルトはじっとヴェスパーを見つめた。
「クロ魔導師達を引き連れた、ただの平民の門番か。リシュリアと城で会ったというのは嘘だったのだな。いや、言うな。どこで出会ったのかは敢えて聞かないでおこう」
ヴェスパーはニコニコと笑っている。レイヴァルトが力なくため息をついた。
リジェグランディアの屋敷は右翼練、左翼練、中央練と広く、部屋がいくつもある。
レイヴァルトは右翼棟から、リシュリア達は左翼棟から二手に分かれて探すこととなった。
一つ一つしらみつぶしに探していくと、左翼練の一番奥の部屋から異様な魔導流を感じた。
「リア、不用意に近づくな!」
部屋の中へ飛び込もうとしたリシュリアをヴェスパーが慌てて引っ張った。
次の瞬間、扉が木っ端微塵に爆発した。
ヴェスパーが止めてくれなかったら、ここで戦線離脱となっていただろう。
「触れると爆発する仕組みだ。危なかったな」
「すみません、ヴェスパー」
ヴェスパーは彼の部下であるクロ魔導士達に合図を送った。
「この部屋には異空間魔法が使われている形跡があります」
「面倒だな。リア、君の父親はなかなかの巧者のようだ。だがここで逃げられるわけにはいかない」
ヴェスパーは部屋の中に入ると呪文を唱え始めた。
「閉ざせ 時の扉
シャド オフゲート」
魔法陣が浮かび上がり、部屋の壁が透けて黒い渦巻が現れた。異空間に繋がる扉が開くと父アルフアードと第二皇子ヴェルスハルト、それに縛られたロッティがそこから飛び出てきた。
「ロッティ!」
「お嬢様!」
ロッティが生きていてくれた事にリシュリアは安堵した。
顔にはアザがあり、少し憔悴しているが、気持ちはしっかりと保てたようだ。
だが、ヴェルスハルトはロッティの体を後ろから歯がいじめにして首元にナイフをあてた。
「この娘の命が惜しければ、ここから我々を逃せ!」
「この卑怯者!」
ロッティがヴェルスハルトの手に噛み付いた。
弾みでナイフが床に転がっていく。
足を縛られて身動き取れないロッティに向かって、リシュリアは突進した。
「お嬢様、駄目です!」
「リア、危ない!」
背後から複数の魔力弾が放たれる。
父アルフアードが、杖を持ちリシュリアの前に立ち塞がった。
「リシュリア、悪い子だ。この私に歯向かうなど」
再び放たれた魔力弾を、前に出たヴェスパーが弾き返す。
「ヴェスパー」
「下がっていろ、リア。あんたは実戦向きじゃない」
ヴェスパーがアルフアードと対峙した。
「あんたがリアを苦しめてきたクソ親か」
「こんな底辺の連中と手を組むとは、リシュリア!このリジェグランディアの恥さらしが!!
そは時の彼方 歪めし力は 我ぞ思うままに」
父が呪文を唱えた。クロ魔導士達がすかさず無効化の呪文を唱え始める。
「グラビゾン アルフェイア」
「グラビゾン ヘイラス」
二つの呪文が重なった。やはり父の方が魔力が強く、クロ魔導士達の無効化の呪文が跳ね返されてしまう。リシュリア達は床に突っ伏した姿勢で縛りつけられた。
「くっ・・」
「リシュリア、お前は私のいうことをただ聞いていれば良いのだ。謝れ。懇願しろ。今ならまだ許してやろう」
アルフアードは相変わらずリシュリアが自分の思い通りに動くと思っているようだ。
だが、リシュリアは自分の意志でこれからは生きていくと決めたのだ。
「いやです!私は、お父様の傀儡じゃない!」
「グラビゾン ヘイラス アフェイア」
ヴェスパーが高位の無効化の呪文を唱えた。リシュリアの体が軽くなり、アルフアードの魔術から解き放たれる。
「バカな、私の魔法を解除するだと!」
「自分の力を過信するな、このクソバカ親が!世の中にはお前より強い者など、いくらでもいるんだよ。
光と水は混じり合い 大地へと制裁を科す 怯め黒き凶つ御魂 清め祓う眩き閃光により」
三属性魔法だ!
「アルカシア マダイン アクアリート」
リティアーナの得意な三属性魔法の水魔法の部分を強化した高位魔術だ。高位の聖魔導士でなければ使えない魔法を、ヴェスパーは軽々と成功させた。
雷によるダメージと大量の水から逃れようと、アルフアードとヴェルスハルトが必死にもがいている。
溢れるほどの水は二人の周りを水槽のように囲い、息継ぎする暇もないほど何度も何度も襲いかかっていた。
「お前がリアに与えた苦痛と同じものを味わうがいい」
「ゆる・・してくれ・・助け・」
ヴェルスハルトが悲痛な声で助けを求めた。
水が引き、ぐったりと倒れた二人をヴェスパーが手早く縛り上げた。さすが城の門番、捕縛には慣れている。
「リア、大丈夫か」
「お兄さま」
レイヴァルトも音を聞いて駆けつけてくれたらしい。
毛布に包んだロッティを抱えていた。
「衰弱はしているが、見たところ命に関わるような怪我はなかった」
「そうですか、良かった」
「リア、あとでゆっくりとあの男について聞くからな」
レイヴァルトの顔が強張っている。リシュリアは必死に誤魔化せそうな話を考えなければならなくなった。
ホッとしたリシュリアに向かって、父アルフアードが突然、叫び出した。
「殺せ、リシュリア。命を奪っておかねば、いつか痛い目を見るぞ。私はそうお前に教えた筈だ!」
「私はお父様とは違います!」
リティアーナが教えてくれた。
人を殺めることの罪深さを。
前世のリシュリアの世界は狭すぎた。
父の顔色を伺い、父を憎みながらも逆らうことが出来ず、いつもその影に怯えていた。
その影響は大人になっても続き、故にリシュリアは重い罪を犯してしまった。
もう二度とあのような誤ちは繰り返さない。
「もう二度と・・・アストリット様・・」
リシュリアは唇を引き結んだ。
父アルフアードと第二皇子ヴェルスハルト、それに与する者達の捕縛が全て済んだ。
彼らは中央の拘置所に送られ、今回の内乱の責任を追及されることとなるだろう。
「ヴェスパー、待って」
クロ魔導師達を連れて、屋敷から立ち去ろうとするヴェスパーをリシュリアは引き止めた。
リシュリアは気づいてしまった。
彼が誰に似ているのかを。
そして何故、高位魔法が使えるのかも。
「ヴェスパー、あなたなら・・・」
ヴェスパーの手がそれ以上喋らせないようにリシュリアの口元を塞いだ。
「リア、約束を忘れたのか」
俺の正体を絶対に喋るな。
かつてした約束は、このような大きな秘密に対してではなかった。
「城で仕事をしているといろいろな情報が手に入る。当然、ユーリウスのこともな。王族の中でもあいつだけは見所がある」
ヴェスパーの目は青く澄んでいて、とても優しかった。
不幸な境遇を嘆いているようには見えなかった。
「俺は埃だらけの身だ。今更、表舞台には立てない。せいぜい楽しみながら、あいつの活躍を見守らせてもらうよ」
ニヤリと笑い、口元にあてられた手が離れる。
「リア、ユーリウスに伝えろ。
クロ魔導師軍団は第四皇子に味方する。いつでも手を貸すと」
ヴェスパーはそう言うと、地面に転移陣を敷きクロ魔導師達全員を引き連れて去った。




