46、罪と罰と
ランドルから得た情報はたいへん役に立った。
現在、私を含むユーリウスが選んだ精鋭部隊はあらかじめ敵の合流地点の側に天幕を張り、隠蔽魔術を施した上で潜伏して敵を待ち伏せしている。
私がユーリウスのいる天幕へ行くと、ユーリウスは手招きして私に一本の杖を手渡した。
「私に杖をくれるのですか」
「この間、壊れてしまっただろう。それは古いが品質がいい。君ぐらいの魔力量を持つ者が使うには最適だろう」
ユーリウスが私に手渡したのは、オークの古木から作られたと見られる杖だった。重々しい趣で持ち手には細かな装飾が彫られていた。
「女神とグリフォンですね?」
「母が使っていたものだ。多分母の家で代々受け継がれてきたものだと思う」
「はっ?形見の品じゃないですか」
「そうとも言えるが私には持ち手のサイズが小さすぎて合わないので君にあげよう。今度の大規模魔術を行うにもちょうど良いだろう」
ユーリウスはあっさりと大切な思い出の品を私にくれた。
杖は伸縮自在だが、持ち手の部分の大きさは変えられない。ユーリウスでは持ちにくいのはわかるが、彼のそういう効率的で現実主義なところは、私には理解できない。
普通、母親の形見の品を赤の他人にあげるだろうか。
私は複雑な思いで杖を見つめた。
私が自分の天幕に戻ると、クリスタが来ていた。
彼女は中央にある本部とこちらとの情報交換のために定期的に往復している。私が先程もらった杖を見せると派手に驚いた。
「これはまた年代物の杖ですね。この女神ユースティティアの彫り物は王冠ではなく月桂樹を被っていますから、エターリア創建当時の古いタイプの女神像と重なります。こんな貴重な品をいただいたのですか」
「それはもうあっさりと自分は使わないからって・・」
「・・・」
クリスタが言葉を失った。すごいものだとは思ったが、それほどまでとは思わなかった。
「そんなにすごい物ですか?」
「それはもう。ウチでしたら家宝にして祀っておくくらいの希少品です」
そう言ってクリスタは杖に付けられている効果を説明してくれた。杖の重さを軽くする軽量化の魔法陣、魔力調節を簡単にする調整の魔法陣、敵から受けた攻撃を吸収する吸魔の魔法陣などなど。
「他にもいろいろありそうです。見たこともない魔法陣がたくさん付与されていますから。前の時もいただいたのですか?」
「いえ、初めて見ました」
前世のユーリウスがくれたのはお守りだけだ。そういえば婚約者だったのに、指輪も貰っていなかったことを思い出して、再び私の中であの疑惑がムクムクと沸き上がってきた。
「ユーリウス殿下はそういう所は無頓着ですからね。いいんじゃないですか。希少品だろうが、くれるとおっしゃったのですから、有り難く頂いておきましょう」
グレンが苦笑しながら呟く。
「まぁ、確かに。リティ様のこれからのご活躍に対する先払いの褒賞なのかもしれませんわね」
ランドルからもたらされた情報により、私たちは敵を無傷で降伏させる作戦を立てた。
作戦名は「抑え込め憤怒」作戦である。
南軍は現在二手に分かれていて、この先の街道沿いの村で合流する。そこで私とユーリウスの合体大規模魔術により南軍を縛りつけ、動きを封じた所に本部から転移陣により大規模な戦力を投入。
戦意を喪失させて南軍を降伏させるという作戦だ。
「リティ様の魔力調節に不安を感じていらっしゃるのかもしれませんね」
「それで魔力調節の杖ですか、なるほど。今回はリティ様が作戦成功の鍵ですからね」
クリスタとグレンが頷き合う。確かに私は細かな魔力調節は苦手だが、大規模魔術は得意中の得意だ。失敗する気は全然しない。
失礼なことは言わないで欲しい。
「それよりもそろそろお腹が空きませんか。妻が転移陣でお菓子を送ってくれたんです。リティ様の好きな干したリンリンもありますよ」
「グレンは結婚していたのですか?」
「子供もいます。リティ様よりも二つほど下ですね」
そう言ってグレンは干したリンリンを一口大に刻んで私の前に出してくれた。
「グレン、子供じゃあるまいし。自分で切って食べるので、そのまま皿にのせてくれていいですよ」
「すみません、つい娘と同じようにしてしまいました」
グレンは笑いながらそう言った。
「グレンはおいくつなのですか?そんなに大きなお子さんがいらっしゃるとは思いませんでした」
「私は三十歳になります。結婚が早かったので子供が大きいのですよ。早く家に帰って子供の顔が見たいですね」
クリスタの問いにグレンが答えた。
「・・・十六歳差か・・・」
私は自分とグレンの歳の差を計算していた。前世の私とユーリウスの歳の差と同じだ。
グレンと同じように、前世のユーリウス様にとっても、私は子供に見えていたのだろうか。
今、私とユーリウスはアデルべルトの立てた作戦通りに、林の中の街道が交わる地点で敵方が合流するのを待っていた。
当初、二人だけで行う大規模魔術の予定だったが、フィオリーネが自分も参加したいと言い張り、ついてきてしまった。
「どうしてフィオリーネ様が来るのですか?」
「あら、私だって大規模魔術は得意ですのよ。大嵐を巻き起こして敵を一網打尽にしてみせますわ」
ユーリウスは一人でも傷つく人をなくしたいから「グラビゾン」で敵を縛る作戦を選んだのに、そんな魔法を使ったら怪我人だらけだよ。
反論が喉元まで出かけてグッと堪えた。
それにフィオリーネに何故か焦りの色が見える。功を成したいという切羽詰まった思いが、私にも伝わってきた。
「フィオリーネ、邪魔をするなら帰れ」
「そんなつれなくしないで下さい、ユーリウス様。これが終わったらわたくし達の婚約式が待っているのですよ。わたくし楽しみで仕方がないのです」
「その話は、まだ正式には決まっていない筈だ」
そう言ってユーリウスは近くにいた護衛を呼んだ。フィオリーネが両腕を取られて引きずられながら連れて行かれる。
作戦遂行の邪魔だとみなされたらしい。
護衛達は戻ると今度は私達の魔術に巻き込まれないように、少し離れた場所で待機した。
私とユーリウスはちょうどもたれやすい高さの低木を見つけて、そこで二人で並んで座っている。
ユーリウスと二人きりになる機会など滅多にない事だ。
私の頭の中では先程のフィオリーネの言葉がグルグルと回っていた。
「婚約者に対してあんな態度で良いのですか」
「フィオリーネは婚約者ではない。候補の一人として上がっているだけだ」
ユーリウスがぶっきらぼうに言う。触れられたくない話題のようだが、私は聞きたいので気にせずにどんどん聞くことにした。
「そうなのですか。でも婚約式の話まで出てるのですよね」
「その前段階で揉めているのだ。王は私を外に出して婿入りさせたい、あちらは次期王の正妻にしたいということでそもそもの条件がズレてしまっている。更に重鎮達が加わってフィオリーネと婚約するのならば別の者も検討してくれと言い出した。もはや収拾がつかない状態だ」
私から見れば何の問題もない完璧な婚約に思われたが、実際には違っていたらしい。
ユーリウスとフィオリーネの間にもいろいろな問題があることがわかった。
「例えばユーリウス様は身分以外で相手に望むこととかはあるのでしょうか?」
「それを聞いてどうする」
「いえ、参考までに聞いておきたいなぁと思いまして」
ユーリウスが何を企んでいるのだろうというように片眉をつり上げた。本当に疑り深い性格だ。だがある意味、彼の疑いは当たっていた。
実は私はこの質問を前世のユーリウスにもしたことがある。
私はその時の事を思い出していた。
『私は元気で積極的な娘が好きだ』
ユーリウスは優しい微笑みを浮かべて、私の方をじっと見た。
『わたくし、元気さだけが取り柄だって、よく言われるんです』
『そうだな、君は私の理想だ』
「元気で積極的な娘が好き」で「理想だ」と彼は私を見つめてそう言ったのだ。
私はユーリウスをじっと見つめた。
「そうだな、望めるならば淑やかで落ち着きのある人がいい」
前世とは違う答えが返ってきた。
ああ、やっぱりとどこかで納得している自分がいる。
前世のユーリウスは、私が喜ぶ言葉を選んだだけだったと。
前世のユーリウスにとって十六歳も年下の小娘はさぞ騙しやすかっただろう。
せっせと睦言を囁いて私に期待させて、試練の谷にいる聖獣グリフォンの倒し方を教え込み、最終的には私にエターナルリーベを取らせた。
『エターナルリーベを取れば、君は王族となり私と結婚できる』
この杖を与えた時と同じように、現実的で効率的な理由で。
私しかエターナルリーベを取れなかったから・・・。
「ユーリウス様の理想の人がいつか現れるといいですね」
私がそう言うとユーリウスは怪訝な顔をした。
だって、それはきっと私ではない。ユーリウスの理想に私はあてはまらない。
「これが終わったら私は領地に帰ろうと思っています」
ユーリウスが目を見開いた。
思いがけないことだったらしい。
でも私にとって中央は懐かしい思い出ばかりで辛すぎる場所だ。
「学校を辞めてということか?」
「はい」
「何故だ。そんなに才能がありながら王宮魔導士になりたくはないのか」
ユーリウスが身を乗り出して尋ねてくる。
「ユーリウス様、聞いてください。私にはかつて大切な人がいました。本当に大切で、私の命よりも大切な人でした。その人を亡くした時、私はとても大きな罪を犯したんです。だから今、その罪を償っている途中なんです。最初は抗おうと思っていたのですが、もうやめました。だって私が、どれだけ頑張っても、こればかりは仕方がないんです」
愚かで自分勝手だった前世の私。
「この国を守る」とユーリウスに誓ったのに、一番大切な約束すら守れなかった。
だから罰としてユーリウスの前世の記憶は消された。
「全て私が悪いんです。私の愚かさが招いたことです」
愚かな恋情は、世界への報復という大罪を引き起こした。
エターナルリーベを誤った方向に使おうとした娘に対し、神は怒り、罰として私に二度目の生を与えた。
現実を知り、己を顧みる生を。
そして私は本当のあなたを知ることができた。
今世のユーリウスに私は必要ない。ユーリウスにはすでに頼りになる仲間がおり、自力でエターナルリーベも取れる。
王家の人間ではない私がエターナルリーベを持っていることは、新たな混沌を生むことになりかねない。
ユーリウスにとって私は邪魔な存在になるだろう。
「リティ・・・」
ユーリウスはじっと私を見つめて、私の手を取った。
涼やかな一陣の風が二人の間をすっと通り過ぎた。
「リティアーナ、人は誰もが罪を犯すものだ。そういう生き物だ。それを悔い恥いるのなら、君には救いがある」
ユーリウスが私の手を強く握りながら囁いた。
それは前世のユーリウスが言ってくれているようで、私は自分の罪が少し軽くなったような気がした。
しばらくすると草木がざわめき、硝煙の匂いがしてきた。ざっ、ざっ、という複数の足音がして、鳥たちが一斉に飛び立った。
「来たな」
「南軍ですか」
「ああ、行くぞ。詠唱の準備はいいか」
「ばっちりです。ユーリウス様のペースに合わせますから」
前世で散々ユーリウスと練習したダブル詠唱である。今世でも一発で合わせる自信はある。ユーリウスの詠唱の癖を私は知り尽くしているのだ。
南軍が東西の街道からそれぞれ隊列を組んで進んで来た。
「君のことは最大限に信用している。敵が見えたらさっそく始めるぞ」
「はい、ユーリウス様」
まずは浮遊魔法で空中に飛ぶ。
すかさず聖言を唱え始めたユーリウスにしっかりと私が合わせていく。私の高めの声とユーリウスの低めの声が合わさり、まるで合唱をしているような美しいハーモニーが生まれた。
「「グラビゾン コア アルフェイア」」
呪文は寸分の狂いもなく唱えられ、大規模魔術が発動した。
ユーリウスの魔力に引きずられ
体から魔力がどんどんと溢れ出す。
この現象は前世でも体験していた。
相乗魔力の特殊効果。
魔力の質が似ている者同士が詠唱を合わせると、元の魔力の何倍もの威力が上乗せされて魔法が発動される。
ユーリウスの方が魔力が強いため、杖につけられた魔力調整機能が働きだす。ユーリウスと同じ量の魔力が流れ、彼の魔力と合わさり金色の波となって空中に広がっていく。
体が熱い。
己の限界を超えた魔力が流れ出し逆流して、発熱し始めた。
そろそろ止めなければいけない。
すさまじい轟音と共に土煙を巻き上げて、見渡す限りの敵は全員地面に突っ伏した。
体半分が大地の中に沈み、唖然とした表情で空中に浮かぶ私とユーリウスを見つめている。
「やりましたよ。作戦成功です」
「ああ、だが・・これが特殊効果というものか・・すごいな・・」
ユーリウスは汗びっしょりで肩で息をしながら結果を確認している。
私も額に垂れる汗を袖で拭った。
ダブル詠唱は魔法を発動した後の発熱による発汗が問題だ。
衣服が張り付いて気持ち悪い。
私が手で顔を仰いでいると、ユーリウスが風の魔法で微風を送ってくれた。
今世のユーリウスもやっぱり優しかった。
「リティアーナ、学校を辞めることは許さない。君は魔導士となって将来は私の直属の部下になれ」
前世と同じ道が、突如開かれた。
「・・・わかりました。ユーリウス様」
あなたに望まれる限り、私はずっとあなたの側にいるでしょう。
「抑え込め憤怒」作戦は見事に成功した。強大な魔術を見せつけられた南軍の貴族達はユーリウスへの忠誠を改めて誓い、ユーリウスもまたエターナルリーベを取得して早急に聖結界の力を取り戻すと南部の人達に約束した。
アゼル村で子供達を助けたことが、早々に噂として広がっていたことも役に立った。
兵士たちは出陣する前から、第四皇子に敵対することが正しいのかと疑問を持っていたらしい。
南の反乱軍の制圧は終わり、次は北だ。ビストニアとアクアーリアの連合軍が足止めしてくれているが北部勢力を解体するには至っていない。
私達はとりあえず首都に戻り、王宮にて作戦を立て直すこととなった。
ユーリウスの張った小聖結界の守りの力もそろそろ切れるので、首都の防衛と第二皇子の動向も探らなければならない。
前世と違いアストラル広場での演説を私のせいで大失敗した第二皇子は、最初こそ力を持っていたものの徐々に勢力を激減させ、いまや本人がどこにいるのかすらわからない状態になっていた。
そんな時、作戦会議中にレイヴァルトの側近から急ぎの報告があった。
「申し上げます。レイヴァルト様より、第二皇子の居場所がわかったとのことです」
「奴はどこにいた」
「中央のリジェグランディア邸に匿われているようです。現在、レイヴァルト卿及び中央の我が門派の貴族達が首都内部の第一、第二皇子勢力の解体をしつつ情報収集に当たっています」
「リジェグランディアは完全に我々の味方についたのか」
サイモンティプス侯爵から問いに使者は首を横に振った。
「いえ残念ながらリジェグランディアはまだ割れております。レイヴァルト卿がアルフアード卿を退陣に追いこむための作戦も同時進行中です」
リシュリアが言っていた「父との因縁」とはこの事なのだろうか。
あの日のリシュリアはいつもと様子がおかしかった。悲壮感が漂い、心の内の苦しみに耐えているようだった。
「ユーリウス殿下、第二皇子の事はレイヴァルト卿に任せましょう。救援を送っていますので、問題ないでしょう。それよりも我々は北部勢力の方に力を注がねばなりません」
アデルベルトが促す。
「そうだな。何か策はあるのか」
「北部を聖結界システムから外して孤立させましょう。守護機能を失えば、北部はすぐに瘴気に覆われ戦闘どころではなくなります」
皆が唖然とした。
そんな都合の良い方法があるのかとざわめき出す。
「そのような事どうやってするつもりだ?」
ユーリウスの問いにアデルベルトは答えず、私の方に視線を向けた。
アデルベルトはユーリウスに全ての隠し事を話せと要求しているのだ。
私が王宮の中央神殿に入るためには、ユーリウスの協力が不可欠だ。
私は今までずっとそのことを迷ってきた。私がエターナルリーベを持っていることは、恐らく異例の事だし、多くの人に知られれば利用しようという不逞の輩も出てくるだろう。
ただ、今のユーリウスならば事情を理解して私のことを守ってくれるような気がした。
「ユーリウス様、少し二人きりでお話できませんか。この作戦に必要なものをお見せしたいのです」
私の言葉にユーリウスは不審げに表情を曇らせながらも、私に向かってゆっくりと頷いた。




