45、潜入(後編)
私は今、人生最大のピンチに見舞われている。
一つ目、私の一番苦手な巨大ヘビに襲われ中。
二つ目、悠長に変化魔法を唱えて服を着ている余裕はない。
三つ目、素っ裸でマントだけを巻き付けた状態で、急いで逃げなければならない。
特に三つ目が一番ヤバい。
動くと巻き付けたマントがずり落ちるし、逃げないと巨大アナコンダに食われるし、私は一体どうすればいいの!?
そんな私の事情を嘲笑うかのように、奴は尻尾を振り回して私達に攻撃をしかけてきた。
かろうじて避けたが尻尾は私が着ていた服と持っていた袋を無惨にも打ち砕いた。
「ランドル、まずいよ・・・」
「何が?」
「杖とビーザムが壊れた・・もう魔法が発動できない」
「・・・」
ランドルが私を見て、そのあと視線を足元までゆっくりと動かし、再び顔を真っ赤にさせた。
「と・・とにかく逃げるんだ。今のお前は抱えられないから、自力で走れよ!」
「そんなぁ」
元の姿に戻った私はランドルと体格が変わらない。私を抱えて走るのは彼には無理だろう。
「森に向かうぞ!アナ」
走り出した私たちに向けて、巨大アナコンダが魔力攻撃を放ってきた。攻撃は避けたが跳ね返った小石が私の肩に傷をつけた。
「俺が引きつけるから、アナはその隙に逃げろ!」
ランドルが足を止めて、無謀にもアナコンダの方へと向かっていく。
「ランドル、危ないよ!」
その時、私の右手首についている魔術具の通信具がピカピカと光った。
「リティアーナ、どこにいる?聞こえていたら魔力弾を放て!」
ユーリウスの声だ。
「ユーリウス様、助けて!」
私は無我夢中で魔力弾を放った。あっちこっちに飛んで、木が倒れ、岩が割れ、鳥達が驚いて一斉に羽ばたいた。アナコンダですらびっくりして動きを止めた。
「ひーっ、こっちに向かって打つな!」
可哀想にランドルにも当たってしまい、彼は気絶して地面に倒れてしまった。
私の合図が功を奏して、空に複数のビーザムが現れ、こちらに向かって飛んでくるのが見えた。
「炎よ 我が願うまま 塵となりて天へ還れ ファイアアシューム」
ユーリウスが上空から火魔法を放つ。
アナコンダの身体全体に炎がまとわりついた。だが、一瞬もがいただけで、アナコンダはすぐに水魔法で炎を消し去った。
「上位種!」
稀に魔物の中でも知能が高くて高位の魔法を使いこなすものが出てくる。
「うげっ、ヘビの上位種だなんてますます最悪・・」
「ちっ、厄介な!」
上空のユーリウスは杖を弓矢の形に変化させた。
聖リオフォムエルの矢だ。
創世神話で堕天使ルキエルが双子の兄ミハエルを追い払おうと撃った破魔の矢だ。よほど聖魔法に長けた者しか具現化できない高位魔術の弓矢である。
「私が矢を放ったら、すぐにこの場から退避しろ!」
「了解です」
私は気絶したままのランドルと、その側に来て寄り添っていたジョルゼシオの首根っこを引っ掴み、身体強化して急いで背後へ跳躍した。
「お前、魔法が使えたのか」
ジョルゼシオが驚いている。
「黙ってて、もう一度跳ぶよ!」
思いっきり地面を蹴り、今度は空に向けて跳躍した。
マントの裾がはためいて、太ももまで丸見えだ。
グレンが「あ〜っ」と顔を覆いながらビーザムをこちらに向けて放った。三人でその上に乗って下の様子を窺う。
ユーリウスが小さなアナコンダの群れに囲まれていた。
矢を受けたアナコンダはどういうわけか複数に分裂し、ユーリウスを取り囲んで一斉攻撃の機会を狙っている。
「ユーリウス様、後ろ!」
私が声をかけるよりも前に、ユーリウスは素早く反応して、背後から襲いかかってきたアナコンダを剣で斬り伏せた。
まるで後ろにも目があるようだ。
「巻き起これ嵐 我が祈るままに
サリフ イリュート」
アナコンダの群れの周囲に竜巻が巻き起こり、風の渦がそれらを飲み込んだかと思うと、そのまま遠くへと飛んでいった。
私はホッとしてビーザムを下へと下ろした。
気を失ったままのランドルをジョルゼシオが心配そうに見ている。
ユーリウスがすぐに私を見つけてすさまじい形相で駆けてきた。
私のあられもない格好を見て、彼は目を剥いた。
「なんて姿をしてるんだ!!」
ユーリウスは慌てて自分のフード付きの外套を脱いで私に着せてくれた。
そして剣の柄に巻き付けてある紐を抜くと、それを腰に縛り付け、これでもかというくらいギューギュー締め付けた。
「助かりました、ユーリウス様。危うく外聞が死ぬところでした」
「私の基準ではもう死んでいる!」
ユーリウスは耳まで真っ赤になっている。外套を着せてもらうときに、少し見えてしまったかもしれない。
乙女としてはこれは由々しき問題である。
「ユーリウス様、どうしてここの場所が分かったのですか?」
「気づいてなかったのか。通信具のスイッチが入れっぱなしだぞ」
「あっ」
右手首の通信の魔術具がまだピカピカと光っていた。
どうやら昨日使おうとした時から、ずっとそのままになっていたらしい。つまり私たちの会話は全てユーリウスに聞かれていたということだ。
「ザミア湿原に行くというのが聞こえてきましてユーリウス殿下がすぐに向かうと言って聞かず大変でした。なんとか朝までお引き止めして朝一で飛んできたわけです」
ビーザムから降りてきたカイルが状況を説明してくれた。
ユーリウスはかなり多くの護衛をゾロゾロと引き連れてきた。私の行動は多くの人に迷惑をかけてしまったようだ。
「それにしてもなかなか挑発的な格好ですね。目のやり場に困ってしまいますよ」
外套を着ていても素足が丸出しだった。決して肌を見せない貴族女性としてはあるまじき姿だ。
ユーリウスがカイルから隠すように私の前に立った。
「君はバカなのか?誤解を解くために服を脱いで変化を解く人間がどこにいる」
目の前にいますよ。なんて怖くて言えない。
私は笑って誤魔化した。
「外聞よりも先に、貞操の危機を心配せよ。ランドルは男だぞ」
そんなこと考えもしなかった。
私が青ざめると「今、考えもしなかったという顔をしたな」と言って、ユーリウスが大きくため息をついた。
「何でわかったんですか。ユーリウス様は心が読めるんですか」
「君みたいなわかりやすい人間は滅多にいない。ああ、どうして私は君の父親でもないのにこんな心配をしなければいけないのだ。これは本来、義父親のアブラムの仕事だろう」
ユーリウスが今度は急に嘆き始めた。なんだかとても申し訳ない気持ちがする。
「ユーリウス様とわたくしが前世からの縁で結ばれているからではないでしょうか」
「そんな悪縁は金輪際、断ち切ってしまわなければな」
悲しいことに絶縁宣言された。
私とユーリウスとの距離がさらに遠のいた気がする。
「まぁまぁ殿下もその位にしてあげましょうよ。ところで目的のものは採集できたのですか」
カイルが仲裁に入ってくれて、ジョルゼシオに尋ねた。
「いっぱい採れたよ」
ジョルゼシオは自慢げに袋の中身を見せてくる。
「よくやった、上出来だ。ではアルゼ村とやらに寄ってから、とっとと帰るぞ」
ユーリウスが怒りながら、私の両脇をヒョイと持ち上げて、自分のビーザムに乗せた。
最初、跨いで乗ったら裾がはだけてしまったので、ユーリウスが慌てて横乗りにさせた。
ビーザムの横乗りは不安定なので私はユーリウスの腰に腕を回してがっちりとしがみついている。
ユーリウスは少し成長したみたいだ。
出会った頃よりも一回り大きくなった。
それにすっかり大人の声に変わり、前世と同じ声になった。
胸に顔を寄せると昔と同じ匂いがした。
王宮で使われていてユーリウスの衣服にも焚きしめられている高級なお香と、ユーリウスの汗の匂いと、ユーリウスが調合などで使っている薬草の匂いが合わさった私にとってはとても懐かしい安心できる匂いだ。
私がここぞとばかりにユーリウスの胸に顔を埋めて、ユーリウス成分を補充していると、思いっきり左手で顔を引き剥がされた。
「匂いを嗅ぐな。それに、そんなにひっつく必要はないだろう」
「いいじゃないですか。減るもんじゃあるまいし」
「そういうことを言っているのではない。さっき外聞がと自分で言っていたではないか。はぁ、疲れる。何故だろう・・君とは永遠にこんな関係が続くような気がしてきた・・」
「前世からの縁ですからね」
ユーリウスががっくりと肩を落とした。前世のユーリウスと違い、私に抱きつかれても喜ばないのは何故だろう。
一体、今世の私の何を彼は気に入らないのだろうか。
アルゼ村に到着して、私は村人から服を借り、やっと普通の格好に戻れた。
「本物?」
複数の村人達がユーリウスを取り巻いて眺めている。
絵姿でしか見たことがない幻の皇子が突如現れたのだから皆、びっくりしてしまったようだ。
中には拝んでいるおばあちゃんまでいた。
ランドルがやっと目を覚まして、村人達にユーリウスが来ている事を言わないように緘口令を敷いた。
「私はバグドグサをすりおろして子供達に飲ませたいと思います。ユーリウス様はどうされますか?」
国内とはいえ、この村は敵対勢力の縄張りだ。ユーリウスがいるのがバレると非常にまずい。
「私も手伝おう」
村長を始め村人達は恐れ多いと、こぞって止めたがユーリウスはせっせと毒消し薬作りを始めてしまった。
ユーリウスが薬草を細かく刻んだだけで、村人たちは激しく賞賛した。
私やカイルが同じことをしても何も言われないのに、とんでもない対応の差である。
刻んで蒸してすりこぎで潰し、更に水で溶いたバグドグサを子供達に少しずつ飲ませていく。子供達の顔色がみるみる良くなっていったので、私は胸を撫で下ろした。
「良かったよ」
「回復してるぞ」
村人達からも感嘆の声が上がった。
「アリアーネの様子がおかしい!」
突然ランドルが立ち上がり、部屋の奥から悲痛な声で叫んだ。
稀に薬に対してアレルギー反応を起こす体質の子がいる。孤児院でも何人かいて、予め合うかどうかテストしてから薬を投与する様にしていた。
だが今回は時間がなかったので省いてしまったのだ。
「どうしよう・・」
アリアーネは苦しそうにゼィゼィ息を切らしている。気管支が腫れ上がり、呼吸不全を起こす前兆に見えた。
私のせいだ。
私が手間を省いたから。
もしもアリアーネが死んでしまったら・・。
脳裏に前世のユーリウスが倒れている光景が浮かんだ。
血溜まりの中で力なく倒れている姿がアリアーネと重なって、私の気も遠くなっていく。
「心配するな、大丈夫だ」
ユーリウスがアリアーネの側に寄り、彼女の額に触れた。
「美しき水の調べ 潤し満たすユースティティアよ 穢れ払う癒しの力を我に ユースティ リティーア」
ユーリウスが癒しの呪文を唱えた。
以前、私もかけてもらったことがある高位の癒しだった。
優しい淡い光が部屋全体を覆っていく。
アリアーネだけではなく周囲にいる者達まで皆が癒しの光に包まれた。
アリアーネの呼吸が穏やかになり、頬に赤みが差してきた。
「殿下・・ありがとうございます。このようにご温情をおかけいただき村人一同このご恩は一生忘れません」
村長がユーリウスの前に跪いてお礼を述べた。
「私がここに来たことは他言無用だ。この内乱は時期終わる。それまで苦しいとは思うがしばし待て」
「はっ」
村人達全員が一斉に平伏した。
ユーリウスはやっぱりすごいと思った。
感動したのと安心が合わさって、途端に涙が出てきた。
「何を泣いているんだ?」
ユーリウスが意味がわからないという風に私を覗き込んできた。そして自分のハンカチを取り出すと、そっと私の手に握らせた。
「情報収集は終わりだ。戻るぞ」
護衛達に声をかけようと踵を返すと、そこにランドルがやってきた。
「お待ちください、ユーリウス殿下」
ランドルはユーリウスの前におもむろに跪くと何枚かの羊皮紙を差し出した。
「こちらが南軍の作戦行程表です。どうぞお持ちください」
ユーリウスは驚いた表情でそれを受け取った。
「どうしてこれをランドルが持ってるの?」
「俺が下見に行かされて、魔物が出ない道とか、休憩場所や水場なんかを調べてたんだ」
私はユーリウスと顔を見合わせた。
これは、かなり有益な情報を得られたのではないだろうか。
「殿下は第一皇子派と戦っているんですよね。俺、武器庫に行って信管とか全部抜いておきます。どうか甘言にのせられている南部の目を覚ましてください」
ユーリウスに頼りになる味方がまた一人増えた。
「ありがとう、ランドル。私はできればこの戦いは回避したいと考えている。大切な命を無駄に奪わないと君たちに約束しよう」
ユーリウスがその場にいる全員を見渡し、胸に拳をあてて、ゆっくりとした口調で誓った。




