44、潜入(中編)
「落ち着け、ランドル。まだ怪我をしたのがアリアーネと決まったわけじゃない」
「でも子供達を庇うなんて、あいつ以外いないじゃないか」
屋敷を飛び出した私たちは馬でアルゼ村へと向かった。
私はソーニャに頼んで内緒で馬を貸してもらい、グレンに乗せてもらっている。
ビーザムで行けば早いのだが、魔法が使えることがバレると侯爵家への潜入が続けられなくなるので仕方がない。
アルゼ村はまだ明るい内だというのに、人の姿が見えず静まりかえっていた。
村長の屋敷に近づくと複数の大人達の嘆き声が聞こえてきた。
「ランドル、大変なんだよ。朝、お嬢様達が村を通ってトラブルになったんだ。そのあと子供達が皆、倒れちまったんだよ。侯爵様に頼んで薬をもらってきてくれないか」
村の権力者の奥様らしき人が飛び出てきて、ランドルにしがみついた。
屋敷内に入ると、布団に寝かされて苦しんでいる数人の子供達がいた。皆、顔や腕が緑色に変色してパンパンに腫れている。ランドルがスッと大人達を横切り、アリアーネと思われる少女の側に寄った。
「・・・ひどい。ヴァネサの奴・・なんてことを・・」
ランドルが声を震わせた。
グレンもアリアーネの側に寄って容体を見ていた。
アリアーネは背中からお尻にかけてザックリと切られている。
近衛騎士であるグレンは中程度の癒しの魔法も使える。グレンが私に魔法を使って良いかの許可を求めた。
「お願いします、グレン」
「ユースティ リティーア」
グレンが杖を振って呪文を唱えると、アリアーネの体が一瞬淡い光に包まれた。表面の傷は一応は消えたが内部まで治せたわけではない。アリアーネは変わらず、まだ苦しそうだ。
「私ではこれが限界です。アナはどうですか」
「私も同じくらいしか・・」
癒しの魔法は細かな魔力調節を要する。好きなだけ魔力を放出できる攻撃魔法と違い、繊細な魔力の糸を少しずつ必要な場所に与えて治癒させていかなくてはならないため、私の最も苦手とする魔法だった。
「もっとしっかり勉強しておくべきでした・・・」
「仕方ないですね。それより毒の影響を受けているようです。誰か、何か心当たりがありますか」
「そういえばあいつら、戦闘準備だっていって剣に毒を塗り込んでたんだ」
グレンが尋ねるとジョルゼシオが答えた。
「剣の風圧で飛ばされたか、風魔法を使ったかわかりませんが、そのせいで毒が広域に飛ばされたのでしょう。すぐに毒消しを処方しないと命に関わります」
特にアリアーネの状態が酷い。切られた場所に毒が直接入ったため、すでに壊死をおこしかけている。グレンの癒しだけでは回復しそうになかった。
「山にはいくつか毒消しになりそうな薬草があるが、今は魔物がいて山に入れない」
村長が悔しそうに歯噛みした。
確かに一般人では無理だ。だが私は王宮近衛騎士を連れたAAA+冒険者である。体は魔法で小さくしているが戦闘能力は変わらない。
私がグレンを見ると、彼は仕方がないという風に頷いた。
「山じゃなくて湿地帯に生えるバグドグサが効くと思うよ。どっかないかなぁ?」
「それならザミア湿原がここから一番近い。でもあそこも強力な魔物が出るようになったんだ。小さいお嬢さんには到底無理だよ」
村人達が項垂れ、首を横に振った。
「バグドグサがわかるのは私しかいないし、子供達を助けるためには危険でも行くしかないよ」
「俺が行く。アナはどれがバグドグサなのかを俺に教えてくれるだけでいい」
ランドルが立ち上がり、私を抱き上げて部屋から出て行く。グレンとジョルゼシオもそれに続いた。
ザミア湿原はアゼル村から南に馬で一時間程の場所にあるラシオネラ火山の麓の湿原だ。
湿原特有の魔物が出る可能性を考えて、私は村長の屋敷であらかじめ奴らの苦手なモノを用意した。
「とっとと採集して暗くなる前に戻るぞ」
ランドルは簡単に言うが湿原にも瘴気が漂っていて質の良いバグドグサは入り口付近には見当たらない。
「ちくしょう、こんなところまで弱化の影響かよ」
仕方なく湿原の奥まで行くと私の想像した通りお腹を空かせた奴らが目をギョロリと水面にのぞかせてやってきた。
「な、何だ?」
「デーモンフロッグの群れだよ」
デーモンフロッグは育つと家ほどの大きさにもなるカエル型の魔獣だ。顔は惚けた感じで可愛らしいので一部の愛好家には人気がある。長い舌を巻き付けて攻撃してくるので、服が唾液でベトベトになってしまう。なんとか遠隔攻撃で退散させたい種類の魔物である。
「安心して皆。こんなこともあろうかと、彼らの苦手なものを持ってきたよ」
わたしは懐から皮の袋を取り出す。そして中の白い物を一気に撒いた。
「なんだよ、それ?」
「塩だよ。デーモンフロッグはこれをかけると表皮の水分を取られて逃げていくの」
私が言った通りデーモンフロッグは蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。
「アナは小さいのにいろいろ知ってるんだな」
「まぁね。さぁ、早くバグドグサを見つけよう!」
意気揚々とあたりを見回すが、それらしき草は生えていなかった。
空も段々と暗くなって来て、どうやら今日はここで一晩明かすことになりそうだ。
夜の湿原か・・・。
私の大嫌いなアイツが出て来ないか心配だが仕方がない。私は覚悟を決めた。
近衛騎士のグレンはいつでもどこでも野営セットを常に持ち歩いていた。
少し開けた場所へ移動すると、空間魔法付きの袋からテントやら炊飯道具やらが次から次へと出てくる。
ランドル達がそれを見て驚きすぎて固まっていた。
「ユーリウス殿下は滅多に外には行かれないのですが、たまに素材採集に出ると夢中になって二、三日は帰れなくなったりしますので殿下付きの護衛は皆持ち歩いているんですよ」
グレンがこっそり耳元でユーリウスの情報を教えてくれた。
そのおかげでグレンは野営慣れしているらしい。
火をおこして先程捕まえた下処理済みのデーモンフロッグを皆で焼いて食べた。ちょうど良い塩加減でなかなか美味である。
グレンの袋からはコーヒー豆やら干したリンリンなどの甘味やらが出てきた。
近くの川で水を汲んで、コーヒーを入れて皆で飲んだ。
星空も綺麗でなんだかキャンプに来たようだ。とても危険な場所にいる気がしなくなってきた。
「南部の人達はどうして第一皇子に味方するのかなぁ」
「別に皆が味方ってわけじゃない。どちらかというと聖結界の弱化をどうにかして欲しいって思ってる奴の方が多いよ」
ランドルが教えてくれた。
私が王宮にある中央神殿に入れてもらえば、その問題は簡単に解決できる。
王がこのまま聖結界を放置するのなら、早急に手段を検討しなければならないだろう。
「第一皇子はエターナルリーベを取って、弱化を直してくれるって約束したんだ。南部の奴らは皆その約束を信じてるから第一皇子の要請に応えたんだよ」
「ランドルとジョルゼシオも南部軍の戦闘に参加するの?」
「ランドルは魔法が使えるから参加するよ。俺は留守番だけど」
ジョルゼシオがちょっと残念そうに言った。このくらいの男の子は余り深く考えずに、戦いと聞くだけで興奮して参加したがるものだ。実際にはそこには恐怖と苦しみしかないというのに。
戦争は多くの村を崩壊させ、家族を離散させる。
その現実を南部の住人は平和な期間が長かっただけにわかっていない。
「あなた方のような子供に武器を持たせるなんて、侯爵の考えは間違っていますね」
私がそう言うとランドルとジョルゼシオは顔を見合わせて笑った。
「アナみたいなちびっ子に子供って言われたぞ、俺たち」
「それに聞いたか、あの気取った喋り方・・」
すっかり忘れていたが、今の私は幼児の姿だった。
この魔法の問題点はどんなに良いことを言っても子供扱いされてバカにされることだ。私がムッとしているとグレンがポンと頭を撫でた。
「私もそう思います。ヴァネサ嬢も武器さえなければ、あのような悲劇は起きなかったでしょうに。悪いのは周囲の大人ですよ」
「グレン・・」
「殿下とリティ様も私から見れば同じ子供ですよ。学校に行って、友達と遊んで、親に甘えていい年頃なのに、先頭をきって戦争の仲裁をしようとしている。もう少し周りの大人を頼ってもいいと思います。例えば私とかマットとかサイモンティプス侯爵とかね」
「ありがとうございます、グレン」
私はグレンにニッコリと微笑んだ。そんな二人の会話をランドルが静かに聞いていたことなど知りもせずに。
夜が明けて早速バグドグサ探しである。
湿原に戻りさらに奥へ行くとやっと目当てのものを見つけた。喜び勇んでランドルが鎌を振り下ろすとカチッという硬質な音が鳴り響いた。
水面にさざ波が立ち、ザァという嫌な鳴き声が聞こえる。
ああ、これってあいつだよね。
私の周囲が急に暗くなり、背後に何かが立ち上がる気配を感じた。
恐る恐る振り向くと巨大なヘビ、アナコンダが私を見ながらシュルシュルと舌を出していた。大きさは私の二十倍くらいはあるだろう。
うひぃ、一番苦手な奴。
大体は夜に出てくるのに、何で朝から出てくるかな。
私はニョロニョロした長いものが嫌いだ。
ただのロープでも一瞬ドキッとしてしまうほどだ。
きっと前前世はうさぎかねずみで、餌となって食べられてしまったんだと思う。
「やべぇ奴じゃん。塩は効かないよな・・」
「無理。火魔法が効くけど・・私は今すぐ逃げたい」
「そうか、わかった。とりあえず逃げよう」
ランドルが私を抱えて一目散に逃げた。グレンがそれに気づいて追いかけるが、近衛騎士のグレンよりも早い。
「ランドルは瞬足が使えるんだ」
「俺の得意魔法なんだ」
瞬足とは足の筋力を強化してスピードアップする魔法だ。
巨大アナコンダとの距離はあっという間に広がり、私の天敵は見えなくなった。
ランドルが私を木の根っこのウネウネした所にゆっくりと下ろした。
さきほどまでと違い、なんだか怖い顔をしている。
「アナ、正直に答えろ。お前とグレンは第四皇子派か?」
「何で?」
「昨日の二人の会話の中にサイモンティプスの名前が出てきただろ?有名な第四皇子派の大臣だから、ここに住んでいる者なら皆知ってる。何でアナみたいな小さい子が密偵なんてやらされてるんだ?」
「違うよ!私が志願したの!」
「嘘をつくな!第四皇子が幼い子まで利用する卑怯者だってことがよくわかったよ!」
どうしよう。
私のせいでユーリウスが誤解されてしまった。
ランドルは侯爵家の人間だし、アルゼ村では皆から慕われて頼りにされていることがよくわかった。
若いが地域では影響力を持つ人間のようだ。
この方法はあまり取りたくはないけれど、ランドルに幼児ではないことを示すには一番良い。
問題は服だ。
「ランドル、そのマントを貸して」
「はっ?」
「早く貸して!!」
ランドルは訳がわからないという顔で渋々私にマントを渡してくれた。
「私に背を向けて。絶対に振り向いたらダメだからね」
「何なんだよ」
「いいから」
ランドルが後ろを向いたので、私は服を全部脱いで変化の解除を行った。
元の姿に戻り、借りたマントを体に巻き付けて、ランドルに声をかける。
「私、本当は子供じゃないの。これでわかったでしょ」
ランドルはしばしポカンとした後、顔を真っ赤にさせた。
「なん・・・!」
「ねぇ、わかってくれた?」
私が身をのり出すと後ずさりしていく。
「わかった!変化魔法だってこと、わかったから。それ以上、俺に近づくな!!
早く元の服を着てくれ!」
その時、ドカンというけたたましい音と共に大木が何本も倒れた。
さきほどの巨大アナコンダが私達の前に再び姿を現した。




