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43、潜入(前編)

 南部には王の正妻ペトロネラの実妹にあたるカテラが嫁いだダランバイン侯爵家があり、第一皇子派の南部の本拠地となっている。

侯爵家は古くから王家に仕え、代々近衛騎士団の上位を勤める権威ある家門でもある。

そんな歴史ある家門が王に反旗をひるがえすとは、私としては許せない行為だ。

 私は「アナ」という名で、侯爵家の下働きとして潜入した。

幼児なので普段着のシャツにズボンとエプロンだけを支給され、洗濯をしたり掃除をしたり力仕事以外の簡単な仕事は全部やらされている。

子供の姿というのは便利なものだ。

小さいのでどこにでも隠れることができるし、隣の部屋から聞き耳を立てていても、いざとなれば「迷っちゃった」と言うだけで誤魔化せる。

そんなわけで、下働きの者達やら村人やらを相手に、何も知らない無邪気な子供を装って、私はせっせと敵方の情報収集をしていた。


「この間のすごい馬車に乗ってきたおじさんって、どこの人なのかな?」


「最近よくご主人様のところに来る客のことかい?ラシオネラ訛りの男だったねぇ」


「ラシオネラ?南のおっきい山だよね?」


ソーニャおばさんはこの屋敷に勤めて十年にもなるベテラン家政婦だ。夫は厩番、息子も下働きで働いており、おばさん自身も侯爵夫人の側仕えなどをしているので、私の有力な情報源の一つになっている。私たちは今、屋敷の外の水場で数人の下働きの家政婦と共に洗濯をしている。

ここの洗濯は洗濯板を使ってゴシゴシする古式ゆかしいタイプだった。

今は一般家庭でも洗濯の魔術具が浸透してボタン一つで洗えるのだが、南部にはまだ出回っていないらしい。

桶に魔法で渦巻きを作って簡単に洗う方法もあるが、魔法なんて使えないただの幼児を装っているので仕方なく皆と一緒に洗濯板でゴシゴシ洗い、人目のない所でこっそり魔法を使っていた。


「ああ、何人かお貴族様がこのあいだ来てたよね。いつもなら、お酒だ、おつまみだってうるさいのに珍しく何にも言ってこなくてさ。どうしたんだろうって思ったよ」


エイミーがその時のことを教えてくれた。


「その人達の特徴って何かありませんでしたか?」


すかさずグレンがエイミーに尋ねた。

グレンは近衛騎士だが、ユーリウスの命令で私と共にこの屋敷の下働きとして密偵をしている。ユーリウスは私の潜入に最後まで反対して、グレンを連れて行くのならと言って仕方なく許可したのだ。


「うーん、そうだねぇ。そういえば一人は鷲の紋章をつけてたかね」


エイミーがなんとか思い出してくれた。

貴族で鷲の紋章をつけている家は多い。特にエターリアは聖獣グリフォンを祀る国柄だ。貴賤問わずあちこちで見かける紋章だったりする。


「鷲の紋章、かっこいい!ねぇねぇ、そのおじさん達のこと、ご主人さまが何て呼んでたか覚えてない?」


「呼び方ねぇ。男爵とか子爵とか呼んでたかな。あと北部がどうとか南部連合がどうとか言ってたよ。どうせあれだろ、王と皇子の親子喧嘩の話だろ。やだねぇ、他領とならともかく国内で身内同士で戦うなんて」


ラシオネラ地方の男爵や子爵と言ったらサイトダイン男爵、カルバラ子爵、セントルブルズ子爵辺りだろうか。

ダランバイン侯爵家では農民などから人員を集めて、せっせと戦いに向けての準備がされていた。武器も大量に購入しており、倉庫をこっそりと覗いたが甲冑や剣が所狭しと積まれていた。大砲や開発されたばかりの魔導小型小銃などもあり、これを首都に持ち込んで戦争を始めるつもりなんだと思うと背筋が凍る思いがする。


「こんな時に王の第二夫人だったラフィーネ様が生きてくれていたらねぇって思うよ」


やはり王族内の内輪争いは庶民には相当引かれているようだ。

ステラが心底残念そうに呟いた。


「王様と結婚して、すぐに死んじゃったんだよね」


「第二皇子が一時拐われた時に毒殺されたんだよ。あの時はすごい衝撃だったねぇ。あの方は南部出身だったから、国内で戦争するなんていったら、生きていれば真っ先に止めたと思うよ」


王家にそんな良い人がいたなんて知らなかった。その人が生きていたら、歴史は良い方向へ変わっていたかもしれないのに。


「第四皇子のユーリウス様はこの戦争に反対していますよね。どうして南部の人達はユーリウス様の言うことを聞いてくれないんですか」


グレンの問いに私も頷いた。


「あの方はずっと王宮に引きこもっていらっしゃったから、皆、絵姿しか見たことがないんだよ。庶民の間では本当にいらっしゃるのかも分からない幻の皇子って言われててね、今回初めてユーリウス様の書簡が届いたり、使者がやって来たりして、実在したのかって皆それは驚いたのさ」


ユーリウスは多分、暗殺されるのを避けるために行動に制限をかけていたんだろうけど、そのせいで民の間では認知度が低いらしい。これが終わったらユーリウスを国内視察に行かせまくって知名度をどんどん上げていってもらうことにしよう。


早速得た情報を右手首につけた魔術具の通信具で送ろうとしていたら、いきなり後ろから小突かれた。


「おい、アナ。邪魔するならあっちへ行け」


「いったぁ、何するの?」


「そんなおもちゃで遊んでるならガキは引っ込んでろ」


彼の名前はランドル、十三歳。私より一つ年下である。口は悪いがこれでもダランバイン侯爵家の先代の養子だ。金髪碧眼が多いエターリアで珍しく黒目黒髪をしている。

先代が森で拾ってきた子供だと噂されているが、色を見る限りあながち嘘とも思えない。

本来なら下働きなどしなくて良い身分なのだが、先代が亡くなってから待遇が悪化し、領主一族でありながら実質使用人に落とされたらしい。


「ランドル、いつ帰ってきたんだい?お館様の用事は済ませたのかい」


「ああ、下調べがついて大体の行程が決まったところだ」


ソーニャおばさんとランドルが話していたその時、屋敷の方から少年が駆けて来た。


「ランドル、お嬢様が急いで来いって。なんかすっげぇ不機嫌だったよ!」


おばさんの息子のジョルゼシオが焦った顔でランドルの腕を引っ張った。




 侯爵夫人のカテラにはザスキアとヴァネサという名前の二人の娘がいる。

三人とも周囲ではすこぶる評判が悪い。わがままで癇癪持ちというのが大方の意見だ。

私もカテラとは一度会ったが、子供が嫌いらしく、汚い物を見るように顔を顰められ部屋からポイと放られた。

妹がアレだと王の正妻である姉のペトロネラも相当性格は難有りだと予想される。

ザスキアの方はすでに他領に嫁いでおり、私達を呼びつけたのはヴァネサの方だった。

 

 部屋に入るなりヴァネサは険しい表情で、私たちに向かって泥だらけのドレスを投げつけてきた。


「見てよ、このドレス!村に行ったら汚い子供に飛びつかれてこの有り様よ!あんたが調べた道を通ったばっかりにひどい目に遭ったじゃない!」


「俺が調べてるのは魔物が出るかどうかだ。村の状況までは知らない」


ヴァネサが責めるのをランドルが言い返した。

どうやらヴァネサは隣町の服飾品店に行く途中に寄った近くの村で、子供達に囲まれて食べ物を強請られたらしい。

私がちらりとジョルゼシオを見ると彼は耳元で私にこっそりと教えてくれた。


「聖結界の弱化の影響で山に魔物が増えて村人達は山に入れないんだよ。それどころか最近は街道にも魔物が出て、通れる道とそうじゃない道があるから、ランドルがあらかじめ調べてるんだ。特にアルゼ村は林業が盛んな地域だから山からの収入がない上に街道も危険で食糧不足になってるらしい。侯爵のお嬢様なんかが通ったら、魔物をなんとかしてくれって普通に思うだろうなぁ」


弱化の影響がすでに庶民にまで及んでいる。早く解決しなければ弱い者から順に命を落とすことになりかねない。

本当に国内で戦争なんてしている場合ではないのに。

私の焦燥感はどんどん募っていくばかりだ。


「このドレス。血がついてるじゃないか!」


泥だと思ったのは酸化した血液だった。おびただしい量の血液がドレスに染み付いている。


「汚い子供達を剣で追い払おうとしたら誰かが飛び出てきて当たっちゃたのよ。これは事故よ。私のせいなんかじゃないから!」


ヴァネサが叫んだ。

ランドルの表情が一瞬で青ざめた。


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