42、クリスタの思い出とリシュリアの決意
協議の結果、北部勢力を王とアクアーリア、ビストニア連合軍が抑え、ユーリウスが率いるエターリア王国軍の一部と私たちオルロワ有志連合は南部の反抗勢力を抑えることとなった。
リシュリアもメクルべニアの領主館に合流して、クリスタと私の三人は情報収集と戦いに備えての準備に追われている。
「甲冑を着るなんて久しぶりです」
ウキウキした様子のクリスタとは違い私の気分はずっと下降線を辿っている。
前世では何度も体験した貴族同士の戦いだが、基本平和主義の私には馴染まない。魔獣を倒すのと人を殺すのでは全然意味合いが違う。
結局、私には非道な手段も取らざるをえない統治者などには向いていなかった。仮にユーリウスの妻となり王妃になっても、それは変わらないだろう。
「クリスタ、この戦いが終わったら領地に帰って、私ができそうな仕事とかってありますか」
後ろ向きな思考の私に二人がギョッとなった。きっと私の周りにはおどろおどろしい空気が漂っていると思う。
「フィオリーネのことなら心配無用ですわ。いざとなったらどうとでもなりますから」
リシュリアが相変わらず不穏な発言をする。前世でも彼女はクロ魔導師達と繋がりを持っていたが、今世でもコンタクトを取っているらしい。それもまた私にとっては心配事だったりする。
「リシュリア、気に入らないからといってすぐに排除するのはダメですよ」
私の言葉にリシュリアは固まった。
「たとえどんな命でも、大切にしなければなりません。安易に奪ってはなりません」
リシュリアは「申し訳ありませんでした」と謝って、視線を床に落とした。
「リティ様が悩まれるお気持ちはわかりますわ。このままユーリウス様が王になられたら、今のリティ様との身分差は開くばかりですもの。ウチの兄はいつ結婚できるかもわかりませんし、いざとなったらどこか別の領主一族に頼んで養女にしてもらうとかを・・・」
「利益もないのに、婚姻以外で養子を迎え入れるようなことなんてありえませんよね」
「あるいはユーリウス様と恋愛関係になり結婚が決まっていれば、王族と繋がりを持ちたい領主により養子縁組が成る場合もありますわ」
「それが一番難しいのです」
私には大きな隠し事があり、ユーリウスは薄々隠し事の存在に気づいている。それを明かさない限りユーリウスからの信頼は得られないだろう。
そのような状態で恋愛など到底無理だ。
「結婚となると難しいものですわ。私も前世ではアデルベルトと良い仲でしたが、親の反対に合い、結局は結婚できませんでしたもの」
クリスタがハァとため息をついた。
「どうして反対されたのですか?」
私の疑問に、クリスタは険しい顔をする。
「アデルベルトの母親が、大事な息子の初婚が未亡人とでは釣り合わないと反対したのです!」
なんと、クリスタは魔導学校を卒業後すぐに結婚していたらしい。ところが夫はオルロワに来てすぐ、魔物討伐のための遠征に参加して命を落とし、彼女は早々に未亡人になったそうだ。
「それがカイルなのですわ」
「へっ?」
思わず聞き返した。
カイルというと、あのユーリウスに常に離れず張り付いている側近のカイルか。確かサイモンティプス侯爵の息子だったはずだ。
「生粋の中央貴族のカイルを、よく侯爵がオルロワに出しましたね」
「そうですね。その辺りの詳しい事情はわからずじまいでしたが、中央にいても出世できそうにないからって言ってましたね。
そういえばカイルとの結婚式は大変でした。中央からオルロワに流れるオルティス川を下りながら船上結婚式を挙げたのですが、オルロワに差しかかった辺りで嵐が来たのです。穏やかな川が一気に濁流へと豹変しました」
「むむっ、それは大変ですね」
すでに始まってしまった結婚式を途中でやめるわけにもいかず、激しく揺れる甲板の上で招待客達は辛酸を舐めたらしい。
「神父までが手摺りに捕まりながらの儀式でした。右手に手摺り、左手に袋を持って、まさに地獄絵図です」
何より神父が一番、船酔いが酷かった。
「クリスタ・・病める時も・・ウプッ・・健やかなる時も・・ウプッ・・」
クリスタが身振り手振り付きで説明してくれる。想像するだけで気分が悪くなってきた。
「大体ああいうものは見てしまうと皆が同じようになるものですわ。わたくしもカイルもゲロゲロです」
「悲惨ですね・・・」
しかし神父は敬虔な神の信徒であった。あらゆる厄災は神が人に与えたもうた試練だと、神父は常日頃からそう考えていた。そしてこの若き新郎新婦の困難に満ちた船出に自分ができることは何かを考えた。嵐で足元は覚束なく、衣服は乱れ吐瀉物にまみれた状態だったが、信仰心の厚さが彼を完璧な儀式の遂行へと駆り立てた。
「そして神父がこう言ったのです。
『では誓いのキスを・・・』と」
「・・・・」
「この結婚は何か呪われていると思った瞬間でした。案の定、カイルはオルロワに来てすぐに亡くなってしまいました。本当に悲しい思い出です」
王族同士の争いに巻き込まれて、中央の官僚達も浮き沈みが激しかったことは簡単に想像できる。
しかしこのような気の毒な結果が分かりきっているのなら、今世はクリスタとカイルは結婚しない方が良いだろう。
「ではアデルベルトは今、微妙でしょうね。前世とはいえ恋人の元夫だった者が同僚ですものね」
「一緒に仕事をしていて思わず意地悪をしてしまうと言ってましたわ。まぁ、私もあんなに悲しい別れ方をしたので今世でご縁があったとしても考えるものがありますわね」
自分の気持ちだけではどうにもならないこともある。特に結婚となると家同士の繋がりの方が重視されがちだ。
それにしても、ここにいる三人は前世でずっと独身だったのかと思ったら、随分と寂しい人生だったものだなぁとしみじみとした気分になった。
「ところでリティ様、本当に行かれるのですか。わたくしは少し心配ですが」
クリスタが同意しかねる様子で私に尋ねた。
「ええ、南部は情報が足りません。どこの部族がどのように動くのか、少し偵察してこようと思います」
そう言いながら、私は変化の呪文を唱えた。
「そは かりそめの姿 偽りの光に惑う月よ 我の思うまま形作れ フォル セフィティーヌ」
身長が低くなり手足がどんどん縮んでいく。今の私は六歳くらいの幼女に見えるだろう。
敵を油断させるのに、こんなにも効果的な魔法はないという事を、私は前回学んだ。
とても便利な魔法だが、たった一つ問題があった。
「リシュリア、そこにある服を取ってくれませんか」
変化魔法が変化できるのは自分の体だけだ。今回のように子供の姿になると、どうしても着ている衣服が合わなくなる。
今の私は上着をなんとか巻き付けて隠しているが、実は素っ裸だ。
「リティ様、元に戻る時はくれぐれもお気をつけくださいね」
クリスタに釘を刺された。そんなことは私だって百も承知だ。
「リティ様、わたくしも父との因縁に決着をつけようと思っております。それに父の屋敷に潜入させている間者から連絡が途絶えたので、もし捕らえられたのなら助け出さなくてはなりません」
「リシュリア、大丈夫なのですか」
「兄や手助けしてくださる方がいるので心配いりませんわ。それよりも、これが終わったら・・・」
リシュリアが躊躇うように口を閉ざした。拳をギュッと握りしめて悲壮感が漂っている。
「終わったら?」
「いえ、何でもありません。お互い精を尽くしましょう」
無理に微笑もうとするリシュリアの手を私は両手で強く握りしめた。
リジェグランディアも現領主アルフアードと次期領主レイヴァルトの間で争いがおき、政情が不安定になっている。
リシュリアが傷つかない事をただただ願った。




