40、エターリアの混乱
ルイズバルト王がエターリア王国軍に対して第一皇子派の掃討命令を出したのは、私がアストラル広場で第二皇子の演説を台無しにした日から、しばらく経ってのことだった。
今世ではやっと会えたアデルベルトとの再会の喜びも束の間、彼はすぐさまその情報を私達に報告し、今すぐ安全な場所に匿いたいと言った。
「メクルベニアは表向きは未だ中立を保ち、今回の争乱には参戦しない見通しです。ここだけの話、実際はウチの領主(父)も兄も第四皇子派なので、王と第一皇子派の双方を支持していないのですがね。
つまりメクルベニアの領主館にいれば、どちらの側からも手が出せません。それにユーリウス殿下にとっても王宮は危険な場所ですので、こちらで匿おうと思っております」
「皆が一緒にいた方が作戦も立てやすい」とアデルベルトが言うので、私とクリスタは首都から少し外れた場所にあるメクルベニア領主館に移動した。
メクルベニア領主館は旧王族の離宮を改築したもので、石造の堅固な城に近い建物だった。
外側の印象とは裏腹に、内装はメクルべニアから取り寄せた木がふんだんに使われており、寄木細工の壁などはとても温かみがある。
私たちは応接室に通され、着席するとすぐにお茶の用意がされた。
「ゲオルグ達はどうしていますか?」
「ビストニアはアクアーリアと手を組んで王の第一皇子掃討作戦に参加しています。ゲオルグが先頭を切って戦っていますよ。昔、第一皇子派の連中に妹さんを誘拐されたことがあるそうですね」
ビーチェのことだとすぐにわかった。ゲオルグがあの時の雪辱を果たせるのなら、それに越したことはない。
「前世よりも歴史の展開が早いような気がするのですが」
「第二皇子派が早々に没落して、ルイズバルト王支持派と第一皇子派の二極の対立構造がはっきりしたせいもあります。ただ第二皇子ヴェルスハルトはリジェグランディアの領主アルフアードと手を組んでいますので、まだ油断はできません」
第二皇子派は現在、どちらの支持基盤からも外れた反社勢力を取り込もうと画策しているらしい。
現体制に不満を抱く、旧貴族階級や犯罪に手を染めた者達が、王族でありながら王を非難する第二皇子ヴェルスハルトの支持に回っている。
「結局、彼らの目的は現体制を崩したいということですね」
「相次ぐ増税と粛清、聖結界の弱化による混乱で人々の王家に対する不満は大きいです。
アストリット様、いざという時は・・」
「わかっています、アデルベルト」
最後まで言わせないように私は言葉を被せる。アデルベルトの懸念は聖結界の弱化の方だろう。私は窓から上空を見た。
王はここ数ヶ月、聖結界に魔力を注いでいないようだ。
守りの力が日々弱くなっているのを感じる。
このままでは聖結界の縮小化が進み始め、エターリア王国全体の領土が狭まることとなる。周囲の領地から悲鳴が上がるのも時間の問題だ。
前世の二の舞となるのを感じて、私は背筋がゾッとした。
エターリア全土の衰退が、もうこの時点で始まりかけている。
「第一皇子はこの機に乗じ、首都に向けて進軍しています。このままでは首都を守るエターリア王国軍と衝突して、街が戦場となるでしょう」
「それは何としても避けなければなりませんね」
私達が今後の対応について協議していると扉が開き、ユーリウスが側近達を引き連れてフィオリーネと共に入ってきた。
「アデルベルト様、なぜ彼女が一緒にいるのですか」
「わかりません。マティアスが連れてきたのでしょうか」
クリスタの責めるような言葉にアデルベルトが戸惑い気味に答える。
シュルンベニアの領主一族がいる以上、前世の記憶を交えた下手な会話はできない。
私達がしばし沈黙しているとフィオリーネが側近を伴い、嫌な笑顔を浮かべて近づいてきた。
「あら、ユーリウス様に取り入ろうとしている分不相応な方ではありませんか」
私から見ればお互い様だと言いたいところだが、身分的には彼女の方が上なので言い返せない。
私が黙していると、ここぞとばかりにフィオリーネが攻撃してきた。
「オルロワは自領の民も守れないほど弱いのかしら。他領の領主館に逃げ込むなんて、王国一の魔導師軍団も地に落ちたものだわ」
「シュルンベニアこそ次期領主候補を他領で守ってもらうなんて恥ずかしくはありませんか」
クリスタが言い返した。
「あら、わたくしはユーリウス様の婚約者ですもの。いつでもユーリウス様のお側におりますわ」
婚約者・・・。
このような場所ではっきりと言えるということは、正式に決まったということだろう。
私はずっと、ユーリウスは私に会えば私のことを愛してくれるはずだと心のどこかで思っていた。
でもそれは私の思い違いだったようだ。
自分の力でエターナルリーベを取れるユーリウスにとって、私を妻にする必要などない。
私は何かが崩れ落ちていくのを感じた。
そのあともフィオリーネとクリスタの挑発合戦が続いた。今はそんな事をしている場合ではないのに、疲れだけが溜まっていき、ついため息が漏れる。
「クリスタ、フィオリーネ様がいらっしゃるなら、わたくし達はオルロワへ戻りましょう」
「ですが・・」
「お願い、クリスタ」
ユーリウスと行動を共にする必要はない。連携さえ取れていれば、私は私で動くまでだ。
それよりもフィオリーネと同じ部屋にいれば、必ず言い争いになる。
余裕のある時ならば良いが、今はとてもそのような気分になれない。
席を立とうとした私の腕をユーリウスが引き止めた。
「その必要はない。フィオリーネ、邪魔をするなら自分の領地の屋敷に追い返すぞ」
思ったよりも冷たい言い方だった。私がチラリとユーリウスを見ると、彼は一瞬視線を交わした後にアデルベルトへと目をやる。
「アデルベルト、状況を報告せよ」
「ハッ、第一皇子が王に宣戦布告したことにより、北方より第一皇子軍が南方より第一皇子に与する貴族達の有志連合が首都に向かっております。数は北方が三千、南方は一万ほどです」
「何故そんなに南方軍が多いのだ?」
「南方は聖結界弱化の影響を受け易く、田畑は荒れ、すでに魔物が出始めています。第一皇子派というよりは体制への不満が暴徒化しているとも言えます」
「第一皇子派は近衛騎士団からも何人かを引き抜いている。他領のルイズバルト王を支持する派閥も一枚岩ではない。皆がそれぞれの思惑を抱いて参戦すると首都は崩壊するな」
ユーリウスの言葉にその場の誰もが凍りついた。首都を攻撃された際に、王宮にある中央神殿の祈りの間が破壊されれば、聖結界システムは壊れ、国全体が崩壊してしまう。
首都での決戦は絶対に避けなければならない最優先事項だ。
「首都に小聖結界を張り、外部からの侵入をおさえましょう。害意ある者を弾くような強力な守護結界術を構築するのです」
私の提案にユーリウスが肩をすくめた。
「そんなこと、できるはずが・・」
「それがよろしいですわ。そうすれば例え攻め込まれたとしても首都の被害は抑えられますし、聖結界は守られます」
「クリスタ、本気で言っているのか」
ユーリウスは驚きを隠せないようだ。
「ユーリウス様、どうかわたくしの事を信用してください」
私は胸に拳をあてて忠誠を示した。首都アルランローゼを守るためには有効な方法だが、王族であるユーリウスの許可がなければ勝手に小聖結界を構築することはできない。
「だがいくら小さくても聖結界の構築呪文というのは・・・」
ユーリウスはそこまで言って口をつぐむと、私を探るようにじっと見つめた。




