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37、戻れない場所

 珍しくクリスタの兄である現オルロワ領主ルシアンが、私たちを首都アルランローゼにあるカフェに連れて来てくれた。

私が魔法対決で失敗して落ち込んでいるので、クリスタとリシュリアが気分転換に馬車を出すように頼んでくれたらしい。

 

 ビーザムごと墜落した第二皇子ヴェルスハルトは、残念ながら救出されてしまいピンピンしている。校内で魔力攻撃を放った責任を問われるだろうが、王族の権威で握り潰すだろう。

私としては第二皇子を裏切った謎のクロ魔導師の動向が気になるところだ。

リシュリアは何かを知っていそうだが、その件について私が尋ねると彼女は言葉を濁した。

 

 そんな微妙な情勢の中、護衛を連れて領主であるルシアン本人が私達に同行してくれた。まさか店内まで一緒に入ると思わなかったので、私は少し驚いていたりする。

彼はクリスタと同じ紫色の短髪に濃い赤色の瞳で、初めて訪れたカフェの店内をキョロキョロと見回していた。


「それで、何でその姿なんだ?」


 私は先日、習得したばかりの変化(へんげ)魔法で子供の姿になっている。

服はクリスタが幼い頃着ていた膝丈で淡いピンク色のプリンセスドレスを借りた。今の私はどこからどう見ても貴族のお子様だ。

実は今日はこの後、行きたい場所があるのでこうしているのだが、ルシアンにいちいち説明はしない。


「ルシアン様こそ、何故ついていらしたのですか?」


ルシアンは聞いてくれるなと言わんばかりに、視線を逸らしてカップを口元に運んだ。


「リティ様、お兄さまは今、横恋慕しているのですわ」


「誰にですか?」


「お兄様はオフィーリエ様のことが学生時代からずっと好きなのです」


「えっ」と驚いたのはリシュリアだった。思わず彼女の手にあったクッキーが皿に落ちた。


「でもオフィーリエ先生は・・・」


「そう、あなたのお兄様レイヴァルトと・・よくこのカフェでデートしているらしいですわよ」


「黙れ、クリスタ!」


「諜報部員をたくさん雇って何をしているかと思えば、二人が行った場所やら過ごした時間やらを調べて、それを知ってどうだというのでしょう。男として恥ずかしくないのでしょうか」


「黙れと言っている!」


ルシアンが紫色の髪を振り乱して、クリスタに襲いかかる。クリスタがさっと避けたので、彼は勢い余ってそのまま床に転げ落ちた。

派手な音がして、テーブルの上の紅茶がこぼれてしまう。


「はぁ・・本当に救いようがない男ですわね。こんな風に私たちを使ってデートをじゃましてやろうだなんて、それでもオルロワの男ですの?」


クリスタがゴミを見るような目でルシアンを見た。


「お前に私の気持ちの何がわかる!」


「わかりたいとも思いません!

やわな男には心底イライラしてきますわ・・」


ルシアンは不貞腐れて、帰ると言って店から出ていってしまった。

私達もルシアンが騒いだので、なんだかここに居ずらい。


「ルシアンも悪い男ではないのですけれど、恋は盲目とはよく言ったものですね」


リシュリアはすっかり呆れているようだ。


「本当に、早く目が覚めることを祈るのみですわ。そろそろ参りましょうか」


私達は席を立ち、店を出た。





「懐かしいですね、この街並み。あの角のパン屋さんはまだ改装前ですね」


私は首都の中心部から東にあるロイズ地区に歩いてやってきた。

ここは私が前世に住んでいた街であり、中小の貴族の屋敷が立ち並ぶ貴族街だ。

私が今日、魔法を使い子供の姿でいる理由は、この角を曲がった向こうにあるサマラン邸を見るためだ。

そこには前世の私の家族、サマラン男爵一家が住んでいる。

もう父と母は結婚して、今頃は兄が産まれている頃である。


「何故、子供のお姿に?」


リシュリアに不思議そうに尋ねられた。


「子供に対しては警戒心が薄れるでしょう?庭が見たいとか理由をつけて頼んだら、あわよくば家の中に入れてもらえないかなぁと」


「なるほど、リティ様もちゃんと考えていらっしゃるんですね」


「私はいつも考えてますよ!」


私が怒ると、リシュリアがすまなさそうに笑った。

 

角を曲がると懐かしい我が家が見えた。円錐型の小塔にベージュ色の土壁、壁には蔦が這い、所々に小さな花が咲いている。

この時間だと母はよく中庭に出ているはずだ。

門扉越しに私が中を覗くと、案の定、母はテラスで庭を見ながらお茶を嗜んでいた。

私が知っているよりも少し若く、髪もおろしているが、間違いなく母だ。

右脇に簡易のベビーベッドが置かれている。あそこに今、兄が寝かされているのだろう。

母は時折、ベッドに向けて笑みを向けていた。

あの温かい胸の中でいつも抱っこされて、子守唄を歌ってもらったことを思い出した。

優しい声で私の前世の愛称である「アスティ」と名を呼んで、そっと頭を撫でてくれたあの手。

できれば母からまた前世の名前で呼ばれたい。

胸に飛び込んで思いっきり甘えさせて欲しい。

音が聞こえたのか、あちらも私の方を見ていた。


「おか・・・」


「どなた?」


お母様・・・。


その場で立ちすくんでしまった。

母は私のことを覚えていない。

今世では産んでもいないのだから当然のことだ。


『代償は?』


『私の大切なもので構いません』


最初に交わした女神との契約を思い出した。


これが女神の奪った代償・・・。


ユーリウスと私の家族。

どちらも前世で一番大切にしていたものだ。

女神は私の大切な者達から、私に関する記憶を奪った。


家族から忘れられることが、こんなにも辛いことだなんて・・・。


母が怪訝な顔で私をじっと見ている。

涙がポロポロと零れ落ちてしまい、私はそれを誰にも見られたくなくて駆け出した。

前世では死に際にも会いに行かなかった、親不孝な娘だ。

私が身分不相応な地位を手に入れたために、相当苦しい立場に追い込まれたこともあった。

私との縁が切れたことは、向こうにとって幸運なことなのかもしれない。

角を曲がったところで一旦止まると、クリスタとリシュリアがゼイゼイ言いながら追いついてきた。


「・・・やっぱり、やめておきます」


くるりと身を翻した私を、クリスタが屈んで抱きとめた。


「わたくしがリティ様の姉になります」


「クリスタ?」


「ええ、とても良い考えですわ。お兄さまに不毛な恋を諦めさせて、とっとと結婚させて、リティ様を養子にしてもらいましょう。領主一族になればユーリウス様の身分とも釣り合いが取れて、一石二鳥ですわ」


「クリスタ、それだと姉ではなく叔母さんよ」


リシュリアの冷静なツッコミが入る。


「姉でも叔母でも、どちらでも良いのです。とにかく本当の家族になるということです」


「そんなことしなくても、クリスタとリシュリアはもう私の家族ですよ」


私は右手をリシュリア、左手をクリスタに差し出した。


この二人がいれば、私は寂しくない。


私はそう胸に言い聞かせた。

三人で手を繋いで微笑み合う。

クリスタとリシュリアが今日この場にいてくれて本当に良かったと、心から思った。




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