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33、王宮の影(side ユーリウス)

「久しぶりだな、ユーリウス」


 王宮の回廊で声をかけてきたのは第二皇子のヴェルスハルトだ。

ユーリウスに対して、ニコニコと屈託のない笑顔を向けてくる。

人に刺客を放っておきながら、よくぞこの態度を取れるものだと、ユーリウスは苦々しい思いを抱えながらも、急いで表情を取り繕った。


「その顔の傷はどうされたのですか」


ヴェルスハルトの頬には、どう見ても女性に引っ掻かれたような、五本の赤い筋が付いていた。


「ちょっと悪い子猫に反抗されて引っ掻かれたのだ。いつか捕まえて躾けるつもりだ」


彼は怒りを隠すことなく、傷口に触れながら吐き捨てるように言った。

王族相手に歯向かう女がいることには驚きだが、この恥ずかしい顔を晒して彼が王宮に来なければならなかったと思うと、少し愉快な気分になった。


ヴェルスハルトは子供の頃、誘拐され取り替えられたと影で言われているだけあり、自分や一つ上の兄ジャファラーンとは全然似ていない。

魔力の質も自分たちとは違うものを感じ、ユーリウスは噂もあながち嘘ではないと思った。


「お前も父上に呼ばれたのか」


「はい、今後のことで相談があると」


「そうか、とうとう父上もエターナルリーベの取得方法を、()に教えることにしたのだな」


「私に」の部分をことさら強調しているのは、エターナルリーベは自分のものだとユーリウスに対して念を押すためだ。


「ところで其方、随分と有能な魔導士を側に侍らせているようだな」


リティアーナの事を言っているのだとわかり、ドキリとした。


早速、目をつけられたか。

だから、巻き込まれるぞと忠告したのに・・・。


「学校で見たが、類稀(たぐいまれ)な美少女ではないか。あのような娘に日夜守られるのも悪くない。今度、私に紹介してくれぬか?」


よりにもよって、この男の関心を買うなんて・・。ユーリウスは思わずため息を吐きたくなった。


「いったい誰の事を言っているのかわかりませんね。王族であるということだけで、私に近づいてくる女はたくさんおりますので」


決して関心があるそぶりを見せてはいけない。見せればリティアーナは間違いなく狙われることになる。もはや手遅れかもしれないが、それでも認めることはできなかった。


「隠すか?まぁ、良い。いつまでもその関係が続くと良いがな」


意味深な笑みを浮かべて、ヴェルスハルトは先に、王座の間へと入っていった。

チラリと側近達を伺う。

マティアスとカイルが軽く頷き、アデルベルトが拳を胸に当てた。

あれだけ目立ってしまったのだ。リティアーナの身の安全を早急に図らねばならない。



 ユーリウスが王座の間に入ると、ジャファラーンもすでに来ていた。ユーリウスを見ると、彼は側へと寄ってきた。


「兄上がとうとう北部を起点にして狼煙(のろし)をあげたらしい」


ジャファラーンが渋面で呟いた。


「聞きました。父上に退陣を迫っているとか」


「北のアリアンべルヒで小競り合いが起きた。父上の命令で中央の精鋭部隊を集めてそちらに送ったが、そのエターリア軍自体が今、二手に割れている。いつ誰が裏切るのかわからない状況だ」


第一皇子と第二皇子の王位継承争いは、王宮内での痴話喧嘩を通り越して、いつの間にか王の退陣を求める第一皇子のクーデターへと変わった。


「私は父上と共に兄上を倒す。そして次期王の証を手に入れるつもりだ」


二人の会話を横から聞いていたヴェルスハルトが、力強く言い放った。

ジャファラーンが険しい表情で、ギロリとヴェルスハルトを睨む。

ヴェルスハルトの言葉がエターナルリーベは自分の物だと、ジャファラーンに対して釘を刺すものだったからだ。


だが果たして彼にエターナルリーベが取得できるのだろうか。

ユーリウスは視線を上にあげ、天窓から大空を守るように張られている聖結界を見つめた。

聖結界の主な魔力が聖魔力であることは一目瞭然だ。

薄く張られた膜は時折、金色に輝き、ユーリウスの体内に宿る魔力と響き合う。

聖結界を構成する呪文が、聖魔力に連なる言葉に依ることは想像に難くない。

そう考えると目の前にいる第二皇子も第三皇子も、聖魔力が足りていないのがユーリウスには分かった。

彼らにはエターナルリーベを取得できるほどの魔力はない。


「王の御成(おなり)です」


ハッとして居住まいを正す。

ルイズバルト王は今日は具合が良いのか、側近に寄りかからず一人で歩いて玉座に登った。

手に持つ王笏を時折ジャラリと鳴らしては、皇子達の顔を一人一人じっくりと眺めていく。


「揃ったか。皆、変わりないな」


声が嗄れている。

年齢以上に老けて見えるのは病のせいでもあるし、王の人生が相当の苦労を強いられてきたせいでもある。

王はこの数十年、たった一人でこの国を支える聖結界に魔力を注いできた。

皇子は四人、全員まだ年若く十代であることから、エターナルリーベの取得者は未だ王一人となっている。

その原因は正妻ペトロネラの実家の力が強く、第二夫人を迎えるのが遅れたせいだった。

王のペトロネラへの態度は、ユーリウスですら気付くほど冷淡だった。

必要最低限の礼すら取らず、共に北の宮に住みながら、王は頑なにペトロネラとの接触を拒んだらしい。

皇嗣ができない事に将来を憂えた側近達により、やっと迎えられた第二夫人は第二皇子を産んでわずか数年で毒殺され、第三夫人はそれを恐れて離宮から一歩も出ない生活を現在も送っている。

ユーリウスの母親アレクシアは王の愛妾だったが、ペトロネラの悋気に触れてしまい、連れ去られて戻った時にはもう虫の息だった。

そしてユーリウス自身も何度も彼女の側近から毒を仕込まれ、生きるか死ぬかを彷徨った。

その正妻ペトロネラが今現在、第一皇子と共に王宮を出て、北部で兵を集めて王に退陣を迫っているのである。

どこまで我々を苦しめ、追い詰めようというのか。


 常に張り詰めていなければならないこの王宮で、ユーリウスを支えているものは、王族としての矜持だけだった。

他の皇子達のように母親の実家からの援助などないユーリウスだが、少ないながらもユーリウスのことを信じ、ついてきてくれる者達がいた。

彼らの期待に応えたいと思った。

(エターリア)に身を捧げ、(エターリア)に尽くす。

この生き方がユーリウスには一番合っているように思えた。

そんなユーリウスの考えを打ち砕くように、王がユーリウスに発した言葉は信じられないものだった。


「ユーリウスを他領に出すのですか?」


尋ねたのは意外にもジャファラーンだ。

皇子はそれぞれの宮を持ち、別々に暮らしている。ジャファラーンとユーリウスの間には、ほとんど交流はない。


「そうだ。シュルンベニアに婿入りさせる。あそこの領主一族は女しかおらぬ。年頃も釣り合いが取れて丁度良い」


「それならば私が参ります。ユーリウスをエターリアから出すことには反対です」


「ジャファラーン、なぜ其方が意見するのだ。父上の言う通りで良いではないか」


ジャファラーンの言葉をヴェルスハルトが遮った。彼にしてみれば有能な弟はいなくなった方が良いのだろう。ジャファラーンがグッと押し黙る。


魔力的な強さでいうのなら、皇子達の間でユーリウスは群を抜いている。今まで王が後継ぎを定めなかったのは、ユーリウスに後を継がせたいのだと思われてきた。

ユーリウスも兄達が納得するのならばそれでもいいし、納得いかないならばサポートする役目でも構わないと思っている。

でもまさかエターリアから出されるとは思いもしなかった。

エターリアは今、魔力不足で優秀なユーリウスを他領に出す余裕などないはずだ。

聖結界を維持する役目は、いったい誰が担うというのか。


「では父上、皇太子にはわたくしを任命してください。ユーリウスを外に出すのならば、もう迷う必要はないでしょう」


「ヴェルスハルト、其方が次代を継いで王となるというのか。私の血を引いてもいないくせに、よく言う」


「なっ!父上、何を言いだすのですか!」


第二皇子の取り替え子疑惑をはっきりと肯定する王に対して、側近達がざわめいた。

ヴェルスハルトの目が怒りで真っ赤に染まっていく。


「其方もアレもエターナルリーベは取れぬわ」


アレとはここにはいない第一皇子の事だろう。王は珍しく笑いながら立ち上がり、部屋から出ていく。

ヴェルスハルトが縋るように追いかけるが、魔力の壁に阻まれて弾かれた。

玉座から奥にある北の宮へは結界が張られており、許された者しか入ることができない。

ヴェルスハルトが渋々側近達を連れて退出したので、ジャファラーンと二人、王座の間に取り残された。


「ジャファラーン、何故あんなことを王に対して言ったのだ」


皇子は皆、腹違いだ。言うなれば皆、敵という事になる。ジャファラーンが王に楯突いてまで、どうしてユーリウスの肩を持つのか不思議だった。


「ユーリウスよ。其方はシュルンベニアなどに行き、見知らぬ女と結婚などして、それで良いのか?」


「・・・貴族の結婚など、周囲により政略的に決められるのが普通だ」


ジャファラーンは一瞬悲しげに口元を歪めたが、すぐに表情を変え、皮肉げな笑みを浮かべた。


「まぁ、そのようなことはあやつが許さぬであろう。

運命の輪はすでに回りはじめておる。

其方がどう動こうとも、あるいは動かずとも、其方は巻き込まれる運命だ」


意味のわからない予言めいた言葉を残して、ジャファラーンはその場から立ち去った。


「どういう意味だ?」


マティアスとアデルベルトを振り返ると、何故か険しい表情をしていた。




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