32、リシュリアの企み(side リシュリア)
リシュリアは馬車の中で目を覚ました。
「痛い・・」
頭を触ると大きなタンコブができていた。
学校を出たところでいきなり眠り薬を嗅がされ、無理矢理、馬車の中に放りこまれたのだ。
恐らく体のあちこちにも痣ができているだろう。
馬車は移動中で、内側からは出られないように細工がしてあった。
この馬車の内装には見覚えがある。
父である現リジェグランディア領主アルフアードの馬車だ。
今更、父が私に何の用があるというのだろう。
しばらくすると中央にあるリジェグランディアの屋敷に着いた。
両脇を従者に抱えられ、父の部屋へと通される。
通学カバンもビーザムも全て取り上げられてしまった。
「久しぶりだな、リシュリア。学校では好き勝手にやっているようではないか」
父は杖を片手に持ち、リシュリアを睨みつけた。
「レイヴァルトの奴め。姑息な手を使いおって・・まぁいい。あの資料とお前の養育権が引き換えならば安いものだ」
兄はリシュリアの後見人の座を手に入れるために、何か非合法な手を使ったらしい。
非道な人間には非道な手を・・。
恐らくオルロワあたりが何か手助けしたのだろうが、兄もなかなかやるではないか。
「なんだ、その顔は。随分と表情豊かになったものだな」
杖から魔力弾が飛んできて、リシュリアのみぞおちにあたった。
油断した。
父が気に入らなければ、すぐに暴力を振るう人間である事を忘れていた。
「ぐっ・・」と呻き声が出るのを飲み込んで、床に突っ伏し、痛みが抜けるのを待つ。
「・・わたくしに・・何のご用があるのですか」
みぞおちを手で抑えながら父に問う。
父は冷たい表情で、杖をリシュリアに向けた。
「第四皇子の二度の暗殺を邪魔した女魔導士が魔導学校にいるらしいが、其方知らぬか」
「さぁ、東方の者という事くらいしか知りません。彼女とはクラスが違うので」
咄嗟に嘘をついた。
父は騙されてくれるだろうか。
「授業で同じになる機会が多いと聞いたぞ」
「たまたまです。わたくしは第四皇子と同じクラスですので、身分的に同じ班に選ばれるだけです。だから、それ以上の交流はございません」
「全く、少しは情報があるかと思えば、相変わらず役に立たない娘だ。もう良い、下がれ。また必要になったら呼ぶ」
再び父の従者がやってきて、リシュリアはかつての自分の部屋に押し込められた。
夜、豪奢な馬車が屋敷の前に停まるのが見えた。
それを見て父が昼間にした質問の意図を、リシュリアははっきりと理解した。
「第二皇子ヴェルスハルト・・」
父は第一皇子派のはずだが、寝返ったのだろうか。いや、あの父のことだ。両方を天秤にかけて揺さぶり、漁夫の利を得るぐらい朝飯前だろう。
どちらにしろ父の動向を探らなければならない。
リシュリアはこっそりと部屋を出て、父の書斎へと向かった。
運の良いことに廊下には誰もいなかった。
どうやら父たちは側近にも聞かれたくない話をするため、人払いしているらしい。
「例の女魔導士だがグレゴリの娘らしい」
扉の前に立つと、ヴェルスハルトの声がした。小声で話しているが、身体強化を使えばギリギリ何を話しているのかは聞き取れた。
「はて、そんな娘がグレゴリにいましたかな」
「養女になって間もない。リティアーナという名だそうだ」
リティの名が出て、ゾッとした。この二人に名前を知られたとなると、悪い想像しか浮かばない。
「グレゴリが養女にするほどの有能な魔導士だ。味方ならば良いが敵だと厄介で仕方がない。第四皇子よりも先にまず、その邪魔な女を消すことにした。もう依頼済みだ」
リティ様!
ヴェルスハルトはリティアーナの殺人依頼をクロの魔導師達に出したようだ。
早くここを抜け出して、皆に知らせなくてはならない。
「あら、リシュリア様。このような場所で何をなさっておいでなのですか」
「ダニエラ様」
父の第三夫人に見つかってしまった。
声を聞きつけた父が、部屋の扉を開けた。
「リシュリア、立ち聞きとはお行儀が悪い。事と次第によっては、子供の頃のように地下でお仕置きが必要だな」
父が背筋も凍るような表情で、ゆっくりと杖を取り出した。魔法で身体を拘束して折檻するつもりなのだろうが、もう二度とそんな目に合うのはごめんだ。
「お父様、わたくし窓から王家の紋章入りの馬車が停まるのを見て、ヴェルスハルト様に会いにきたのです。王族の方にお目にかかる機会など滅多にありませんもの。どうか紹介していただけませんか」
そう言って部屋の中にいたヴェルスハルトに視線を彷徨わせて、流し目を送る。ヴェルスハルトは「ほう」と言って途端に関心を示し、リシュリアの美貌に釘付けとなった。
そんな皇子の様子を見て、父の態度はあからさまに変化した。
「娘のリシュリアです。お気に召したのでしたら、今晩皇子のお側に侍らせましょう」
「ちょうど愛人を探していたのだ。これは仕込みがいがありそうだ」
第二皇子がいやらしい笑みを浮かべる。
父が手で口元を隠し、ニヤリと笑った。
「重い・・」
リシュリアは自分の上に覆い被さったまま、意識を失ったヴェルスハルトの体を必死に横に退けた。
ベッドに引きずり込まれた時は少し焦ったが、うまい具合に酒に混ぜた睡眠薬が作用したらしい。
この分では朝までぐっすりだろう。
「こんな変態が皇子だなんてね」
言いながら、顔を思いっ切り爪で引っ掻いてやった。これで当分愛人探しは断念せざるを得ないだろう。まだ学生のリシュリアを愛人にしようだなんて、まともな男ではない。
「お嬢様、こちらを」
小間使いのロッティがリシュリアの制服とカバン、それにビーザムを持ってきてくれた。
「ありがとう、ロッティ。あいつの方は?」
夜着を脱ぎ、制服に着替えながら尋ねる。
「離れのダニエラ様の所に。今ならば警備が薄いので、簡単に屋敷から抜け出せます」
ロッティの言葉にホッとする。
前世では一年後くらいに第三夫人との間には男子が生まれていたので、信じ難い事だがそれなりに仲は良いようだ。
とりあえず本館にいないのならば、父の張った屋敷の守護結界が薄れるので彼女には助けられたと言うべきか。
父はレイヴァルトと張るくらいの高位魔導士でもあり、ほんの僅かな魔力の揺らぎでも感知できる。
「ロッティ、間もなくお兄様が動くわ。それまでにできるだけ父の不正の証拠を集めておいて欲しいの」
「かしこまりました、お嬢様」
実はロッティは元クロ魔導師の娘でリシュリアが雇った間者である。前世と同じ道を歩みたくないリシュリアが数年前に私費でこの屋敷に雇い入れた。
「あなたには苦労をかけるわね」
「お嬢様のためならば、苦労を苦労だとは思いません」
ロッティと別れ、人気のない場所でビーザムを取り出して、レイヴァルトの屋敷へと戻った。
いつもより帰りの遅いリシュリアに、執事が怪訝な顔をしたが上手く誤魔化した。
運の良いことにレイヴァルトはまだ帰っていなかった。
自室に入ると、リシュリアはあのスカーフをベランダの手すりにさっそく括り付けた。
深夜、ベランダの窓が開き彼がやって来た。
屋敷にかけられた守護結界が反応しないか心配したが、前回同様、反応しないようなのでホッとする。
「呼んだか、お姫様」
「変な呼び方しないで。それより大事な話があるの」
ヴェスパーは警戒しつつ部屋の中へと入ってきた。
リシュリアのいるベッドの脇に来ると、腕を組み見下ろす。
「前も思ったけれど、お兄様の守護結界をくぐり抜けて、よく入って来られたわね」
「ああ、術者の魔力を上回る場合は、隠蔽魔法で結界を通り抜けられるからな」
結界を壊さない限り、気付かれることはないのだとヴェスパーが教えてくれた。ついでにやり方を教えてくれるそうだ。
つまりヴェスパーの魔力量は兄を上回るということだ。
「話とは何だ?」
「あなたの所属している組織のことよ。第二皇子の依頼を受けたのかを知りたいの。リティアーナというグレゴリの娘の暗殺依頼よ」
「依頼内容は教えられない」
当然、彼ならばそう言うだろう。何か取引材料を与えなければいけない。
リシュリアの問いに答えられるほど、価値のある情報を何か。
「第四皇子の暗殺に失敗して部隊が全滅したでしょう。理由はご存知かしら」
「第四皇子に付いている女魔導士にやられたと聞いた。高位の土魔法で押し潰されたと・・」
私が眉間に皺を寄せたのを、ヴェスパーは見逃さなかった。
「違うのか。おかしいとは思ったんだ。第四皇子は生きたまま捕らえて情報を聞き出すのが定番だったから、いきなり全員殺すなんて・・・それに土魔法で押しつぶすなんて魔術は、聞いたことがない・・」
ヴェスパーが知っている情報を全部出すように私に促す。
「彼らを殺したのは第二皇子ヴェルスハルトよ。失敗した時のために、あらかじめ自爆の魔法陣を仕込んでいたの。リティアーナ様は彼らを助けたかったけれど間に合わなかったと、とても悔やんでいらっしゃったわ」
「そうなのか。たしかに死体の状況からすると、その線の方が濃厚だ。あれには闇魔法の形跡が残っていた」
そう言ってヴェスパーは少し考え込んだ。第二皇子からもたらされた情報と余りにも違うことに、戸惑っているようだ。
「その情報が正しいのならば、我々は考え直す必要がありそうだ」
「ヴェスパー」
「俺たちは命をかけてまで、依頼者に忠誠を誓っているわけじゃないし、使い捨ての駒なんかにされるのは我慢ならない」
リシュリアは口の端を吊り上げた。
これで第二皇子はクロ魔導師達の怒りを買うだろう。
これから頼む予定のリシュリアの依頼は通りやすくなるはずだ。
「私の依頼を聞いてくれる?」
ヴェスパーが顔を上げ、真剣な眼差しで、リシュリアを見つめてくる。
リシュリアはヴェスパーの青い瞳を同じく見つめ返した。
「第二皇子の首が欲しいの」




