30、カイルの戯れ言
私たち王族御一行班はずらずらと護衛を引き連れながら、山道を歩いていた。本当は走っていって、とっとと終わらせたいのだが、リシュリアが足を引っ張り亀の歩みだ。リシュリアは大変申し訳なさそうにしながらも、必死に付いてきていた。
お陰で素材採集の方はゆっくりとでき、貴重な素材がたくさん手に入ったので、私達の班はスピードではなくポイントを稼いで勝利しようということになった。
ユーリウスと私は珍しい草木を見つけては、せっせと空間魔法のかかった袋に入れていった。
「これがシルフィウム」
ユーリウスが白い小さな花のついた草を取り出す。
「気管支を広げるお薬ですね。風邪薬の調合でよく使います」
「こちらはバグドグサ」
「毒消し効果が有りますが、使い方によっては毒にもなる恐ろしい薬草ですね」
「なかなか詳しいな、君は」
「ユーリウス様こそ、どちらで習ったんですか」
「城の図書館で・・・昔は本を読む時間がたくさんあったんだ」
「殿下は四歳の頃には図解薬草大辞典を枕にして寝るほどご愛読し、常に手に持ち歩いていらっしゃいました。今では王宮図書館の全ての蔵書を読破していらっしゃるのですよ。恐らくエターリア一番の博識でしょう」
「黙れ、カイル」
幼い頃からユーリウスに仕えているカイルが教えてくれた。ユーリウスは口では怒っているが、照れているようだ。
それにしても、ユーリウスの勤勉さは生まれつきだったらしい。
「ポイントがあったぞ。リティ、紙を出せ」
マティアスに促されて、私は慌てて胸元にかけられたカードを服の中から取り出した。
ハンコは切り株に無造作に置かれていたが、何故か防御陣が張られ小さな守護結界に守られていた。
「守護結界?どうしてこんなものに使うのですか」
「いたずら防止だろう。自分が押した後、ハンコをもっとわかりにくい場所に隠したり、捨ててしまったりした者が昔いたらしいからな」
ユーリウスが教えてくれた。カイルが言った通り、薬草だけでなくあらゆる話題に精通している。
ついでにこの守護魔法陣の用途、開発者の名前とその苦労話まで長々と教えてくれた。魔法陣の詳しい使い道は知りたいが、開発秘話まではいらないと思った。
「殿下、そこまで詳しくはよろしいかと・・リティアーナ嬢が困っていらっしゃいますよ」
困ってはいないけどね・・・
チラとカイルを見ると、彼は苦笑いしていた。
午前中に順調にポイントを数カ所回り、昼食となった。
昼食は班ごとに携帯食を食べる。スープだけは温かいものが用意できるので、私は火を起こし、缶詰めを開けて鍋に入れ、それを温めた。
ついでに野鳥を狩って手早く処理し、鍋の横に串に刺して焼いていたら、騎士達から驚きと尊敬の眼差しを向けられた。
冒険者なら当たり前にしていることだが、貴族女性がやるのは初めて見たらしい。
出来上がったスープと焼鳥を皆に配る。
リシュリアが案の定、体力の限界で倒れて木陰で休んでいるので、この役目は私とカイルで担った。
行きたくはないが、ジャファラーンのところにもスープを持って行かなくてはならない。いやいやながらも仕方なく側に寄ると、ジロリと睨まれた。
「何故、私を睨みつけるのだ?」
自分こそ睨んでいるくせに、何を言っているのだろう。
「睨んでなどおりませんよ」
嫌いな気持ちが溢れちゃっただけだもん。
「私だけ焼鳥がないではないか」
「欲しかったのですか?先程の方で売り切れました」
「普通は王族優先であろう。何故ここに最初に持ってこない。大体、其方は高位貴族の身分でありながら、王族への敬意が足りないのではないか」
そんなの最初から、あなたに対しては持ってないし・・・。
なんだかギャアギャアうるさいので、無視してユーリウスのところに向かったら、更に背後から文句を言われた。振り向いてギッと睨みつけると、今度はビクッとして騎士達の後ろに隠れてしまう。
前世も今も、私には全く理解できない人であることは間違いない。
「ユーリウス様、こちらをどうぞ」
ユーリウスの横に屈んでスープを渡すと、彼は少し逡巡したあと「いらない」と言ってそれを返してきた。どうやら毒の混入を心配しているらしい。
「一口飲みましょうか?」
私はユーリウスから戻されたカップを少し口にして、再びユーリウスに渡しニッコリと笑った。
「すまない」
彼は申し訳なさそうに言うと、スープを飲んだ。
常に毒の事を心配しなければいけないユーリウスに、早く安心して生活できる場を与えてあげたいと思う。そのためには何としても王族内の争いを収束させねばならない。
そんな私達の様子を見ていたカイルが、ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべていた。
「何ですか、その気持ち悪い笑みは?」
「いや、仲がよろしくていいなぁと思いまして」
「どこが?」と思わざるを得ない。私はユーリウスから絶賛嫌われ中である。
今日だって朝、挨拶をした時は思いっきりしかめ面だった。
素材採集では少し歩み寄れたけれど、それは単に班を勝利に導くという目的が一致しているだけの話だ。
私が理解できなくて首を傾げると、カイルから「最初に会った時も、殿下がリティアーナ嬢にキスしようとしてましたよね」というとんでもない問題発言が飛び出した。
「キ・・キスなんてしてませんよ!」
思わず立ち上がって叫んでしまったので、周囲から無用な注目を浴びてしまった。
隣でユーリウスが頭を抱えている。
「ちゃんと話を聞いていたか?カイルはしようとしてたと言ったんだ。カイル、あれは首元の怪我を治していただけであって、キスだなんて完全に誤解だ」
「でも調合の時も、殿下がリティアーナ嬢を気にかける姿は微笑ましかったですし、先ほどだって仲良く採集を・・・。いいんじゃないですか?殿下も若いんですから学生の内に恋人くらい作りましょうよ。キスの一回や二回くらいなら戯れで許されますよ」
カイルは恐れ知らずなのか、ユーリウスを揶揄うのをやめない。
ユーリウスがどんどん不機嫌になっていく。それと同時に周辺の温度が下がっているような気がして、私はおろおろと周りを見回した。
「キスなんて、一度も・・・いや一回くらいは・・」
前世の記憶を思い出してしまい、パニックになった。実は前世の彼とは一度だけしたことがある。
私にとっては最高の思い出だけれど、あの時の感触を思い出して、耳まで真っ赤になった。
もうまともにユーリウスの顔を見れない。
「殿下は意外に手が早いんだなぁと噂になってましたよ。ねぇ、マティアス?」
「いいねぇ、噂になるような相手がいるなんて。羨ましいよ」
マティアスまで便乗して、訳知り顔で揶揄ってくる。
「ユーリウス様が手が早いなんてことはありませんから!」
私がムキになって言うと「リティは揶揄うと楽しいなぁ」と二人がゲラゲラ笑った。
どうやら、ただ単に遊ばれていただけみたいだ。
「カイル、私達はそんな関係ではない。リティアーナ、君もいちいち、その二人を相手にするな」
怒られて、私はシュンとなった。悪いのは私を揶揄ったカイルとマティアスの方だと思う。
「さぁ、食事が済んだら、前回ぼけっとして失敗した分まで、とっとと素材を採集してこい」
ユーリウスに、嫌味混じりで命じられた。
前世のユーリウスだったら率先して自分で採りに行ってくれたはずなのに、この対応の違いは納得いかない。
私が「うぬ〜っ」と唸っていると「あ〜、あれが本当のユーリウスだから」とマティアスにポンと頭を軽くはたかれた。
んっ、どういう意味?前世のユーリウスは私のこと騙してたってこと??
前世のいつもにこにこしていた優しいユーリウス様と、今世の仏頂面で小煩いユーリウス様。
どちらが本当の彼なのか。
やはりビーチェの言う通り、恋人どうしにならないとあの優しい方のユーリウス様には会えないのかと私が頭を悩ませていると、どこからか複数の叫び声が聞こえてきた。
「襲撃だ!!王族を守れ!」
クロの魔導師たちが、集団で目の前に転移してきた。
私はすかさず杖を握った。




