28、マティアスとジャファラーン
結局、どういう基準で記憶のあるなしが決まるのかはわからなかったが、今のところ私が信頼している者達が記憶持ちであることは確かだ。
クリスタの話では懐かしい物を見たあとに、徐々に思い出したこともあったらしいので、私はなんとかしてユーリウスが前世の記憶を取り戻す方法がないかを考えていたりする。
例えば前世での思い出深い場所とか、一緒に食べた料理とか、チャンスがあれば色々試してみたい。
今日は体育の授業がある。
体育には武道と基礎鍛錬の二つのコースがある。
武道は剣、槍、格闘技などの実技を習い、基礎鍛錬は水泳やフットウォーリアー、オリエンテーリングなどのスポーツで体力をつける時間となっている。
武道の方は主に騎士になりたい者が参加する特別授業で、実力によりハイクラス、ミドルクラス、ロークラスとレベル分けがされる。
AAA+冒険者である私は、一も二もなくハイクラスを受講する権利を獲得した。
今日の基礎鍛錬の授業は、北部のティティオス湖周辺でオリエンテーリングを行うらしい。
リシュリアもこれだけは受けられることとなり、私達は一緒に更衣室で着替えをしていた。
基本的に淑やかさを求められる貴族女性は運動などしないため、体育の授業はほとんど男子で占められる。
前世では生粋のお嬢様だった私と、頭脳派で体力関係はからっきしだったリシュリアも、もちろんこの授業を受けるのは初めてだ。
更衣室にいるのも、大体は騎士の家系の娘ばかりだった。
「皆さん、すごく鍛えていらっしゃるのですね」
リシュリアが女性騎士達の鍛え抜かれた身体を眺めながら、ほぅと息をついた。
「リシュリアはどうして基礎鍛錬の授業を受けることにしたのですか」
「私、家を出たので、今までと違うことをやってみたくなったんです。あんな風に、一目で強く見えるようになれたらいいなぁと思います」
そう言って彼女はにっこりと笑った。
リシュリアは余り笑わない。
笑ったとしても、微かに微笑む程度だ。
リシュリアの家族の話は、本人から一度も聞いたことはないが、何か良い変化があったことは確かなようだ。
「ムキムキのリシュリアというのは余り想像できませんが、わたくしと一緒に頑張りましょう!でも、いきなり頑張り過ぎると後で後悔するので、最初のうちは、ほどほどにしておく方が良いですよ」
オリエンテーリングは基本、山道を駆け巡る競技だ。
今のリシュリアの体力では辛いだろう。
「まずはこれを着て、下はこちらです」
私は、下着姿のリシュリアに皮でできた長めのチュニックと皮パンツを渡した。
「あと腰には、これを巻きますね」
そう言って、腰ベルトを装着させる。
腰のベルトにはタガーと、いくつかの回復薬と小型魔術具を入れる袋が吊り下げられている。
ギルドの依頼で冒険者稼業に行くときは、さらにこの上に胸当や甲手、兜などをつけるが、今日はそこまでの重装備ではない。
そして私はまたもやオフィーリエ先生に頼んで、ユーリウスと同じ班になるよう裏から手を回してもらっていたりする。
ユーリウスに近づく機会は決して逃さない私である。
班のメンバーとの待ち合わせ場所で、ユーリウスが私の顔を見て、あからさまに嫌な顔をした。
なんだか嫌われているらしい。
いつもピリピリしていて、警戒感をあらわにしているユーリウスとは、友達になる以前の問題があるような気がする。
これを解きほぐして懐に入り込むには、一体どうすれば良いのだろう。
私が夢見たユーリウスとのラブラブハッピーウェディング計画は、もはや風前の灯だ。
しかも今回、同じ班には天敵、第三皇子ジャファラーンもいた。
ユーリウス襲撃事件の犯人が捕まっていないので、学年は違うのに警備の都合上同じ班になったと思われる。
少年時代のジャファラーンとユーリウスはよく似ていた。
薄い金髪に濃い青色の瞳は王譲りだが、彼の髪は時々濃い茶色の髪が混じり、全体的にまだらになっている。
前世での彼は常にユーリウスに対抗意識を燃やし、私を手に入れようと画策して、ユーリウス亡き後は、急に王宮から姿を消した。
だから私は前世で、ユーリウスを殺したのはこの男に違いないと思っている。
かと言って、前世のそれを責めるわけにもいかなかった。
今世で罪を犯したわけではないし、第一彼には記憶はないだろう。
私が自然と憎しみを込めた目でジャファラーンを見ていると、彼は慌てて目を逸らしたような気がした。
「お待たせ、遅くなって悪りぃな。朝から職員室に呼ばれちまって・・」
最後に来たのは私の前世での忠臣、マティアスだった。
呑み込まれそうな深い漆黒の瞳に黒髪の長髪を一つに括り、武の地ネメシスニアらしい、しっかりとした装備で彼は現れた。
「マティアス、お久しぶりですね」
「えっ、えっ?誰?」
彼も記憶がないのだろうか。マティアスは狼狽えながらキョロキョロしている。
「リシュリア、てことはお嬢なのか?」
リシュリアを指差し、再び私を見た。やはり記憶はあったらしい。「お嬢」と私のことを呼ぶのは彼しかいない。
「嘘だろ。変わりすぎてわかんねぇよ。こんなに日焼けして真っ黒で、髪もパサパサ。なんだよ、この手。タコだらけじゃねぇか」
マティアスは驚いた顔で私の腕を触り、筋肉量を測っている。
「この上腕二頭筋はすごいな。どうやって鍛えたんだ?」
「わたくしAAA+冒険者で魔導騎士ですから」
自慢げにギルドカードを見せたらマティアスが目を丸くした。
「ホントかよ!路線変更にも程があるぞ」
「其方ら遊んでないでさっさと行くぞ。早く準備せよ」
ジャファラーンが偉そうに指示してくるので、睨みつけたら彼はまたしても、さっと私から目を逸らした。
あれ、ジャファラーンも、もしかして記憶持ちだったりする?
もしもジャファラーンに記憶があるとしたら、私が信頼している人間という括りには全く当てはまらない。
女神が一体どういう基準で記憶持ちとそうでないのを分けているのか、私の頭はますます混乱した。




