27、調合作業
「ごめんなさい、ユーリウス様。貴重な素材が全て黒焦げになってしまいました」
私はしょんぼりとしながら、ユーリウスに謝った。高位の魔力回復薬を作る過程で、火力調整に失敗して、釜ごと焦がしてしまったのだ。
「気にしなくていい。また一緒に作り直そう。それよりも怪我はなかったか?」
ユーリウスは優しくそう言うと、私の手を取り、火傷していないかを確認する。
そんな前世での懐かしいひとときを、私は思い出していた。
「信じられない・・・貴重な素材を、こんなに無駄にして・・・」
ユーリウスが真っ黒こげになった釜を見つめながら、声を震わせている。
私は小さくなって、どこか隠れる場所はないかと周囲を見回した。
今、私たちは調合の授業を受けている。これはあらかじめテストを受けて習熟度によりクラス分けされるので、ユーリウスと同じクラスになれた。私にとっては彼に近づくための貴重な時間である。
ちなみにクリスタとリシュリアも同じクラスだ。私の前世の側近は調合の分野でも優秀だ。
「しっかり見ていれば、このようにはならないはずだ。一体何を考えていた?」
ユーリウス様を見ていました、なんて恐ろしくて言えない。
今世のユーリウスは、まだとてもかわいらしい。身長も私より少し高い程度であまり変わらないので、視線が同じとなり新鮮な気分だ。声変わり仕立てでうまく出せなくて、必死に頑張っているところが、また乙女心をくすぐる。
できることならずっとずっと見ていたい気分だ。
「聞いているのか?リティアーナ!」
「ううっ、ちょっと外の様子を見ていまして・・」
「調合中に外の様子・・だと?」
ユーリウスの目が吊り上がる。誰か助けてと見回したら、オフィーリエ先生がやってきた。
「殿下、いかがなさいましたか」
オフィーリエは調合の授業の教師をやっている。
実は私はオフィーリエに頼んで、ユーリウスと同じ班になるよう調整してもらった。
私たちの班は私とユーリウス、クリスタ、リシュリアとユーリウスの側近であるカイルの五人である。
因みにカイルは、ゲオルグの次期領主就任を推してくれた、サイモンティプス侯爵の息子だったりする。
リシュリアは優秀なユーリウスと同じ班になって比べられることを嫌がったが、私が無理矢理、班のメンバーに入れた。
ユーリウスとリシュリアは前世でも同級生であり学生時代は友達だったようだ。
そして私も、今世ではユーリウスと、まずはお友達になることから始めようと思っている。
初対面でいきなり嫌厭されてしまっているので、ここで実力を見せつけて評価をあげるつもりだった。
それなのに・・・。
「仕方ありませんね。A班は魔法薬作成は来週にして、先に魔法陣の方を作りましょう」
オフィーリエ先生から憐れむような視線を向けられた。
私の作戦が早々に失敗した事を、同情しているようだ。
魔法薬は効果を高めるために、魔法陣を写した羊皮紙を混ぜることがある。魔導士たちは両方一緒に作るのだが、授業なので一つ一つの効果を教えてもらいながら時間をかけて作成する。
私とクリスタとリシュリアは、前世の記憶があるのでパスしても良いのだが、そういうわけにもいかない。
しかし、ここは名誉挽回する良い機会ともいえる。
私はオフィーリエ先生の説明を聞きながら杖を取り出し、羊皮紙にサラサラっと魔法陣と聖言を綴った。
「私、こちらの方が得意なんです」
えっへんと胸を張るが、ユーリウスはしかめ面だ。
「こことここが聖言が間違ってる。闇に失せし、ではなく闇に消されしだし、我の祈り、ではなく我が祈りだ」
そして聖言を間違いなく唱えることが、魔法を発動する上でどれほど効率的で重要なことなのかを、聖結界と魔導流との関係や歴史まで踏まえて教えられた。
今世のユーリウス様、まじウザい。
「今まで、多少間違っていても、魔力任せに魔法をぶちかまして乗り切ってきたのだろう?」
図星だ。魔法陣に綴る聖言は多少間違っていても、術者の思いと供給する魔力の大きさ次第で発動する。
要は気合と根性でいけてしまうということだ。
「効率良く発動させるためには正確な魔法陣が描けなくてはならない、わかるな」
「はい、ユーリウス様」
「わかったのならば、すぐにやり直せ」
ちょっとの違いくらい魔法が発動できればいいじゃないかと思わなくもないが、私は仕方なく素直に言うとおりにした。
授業後、私達は校舎の裏にある庭園の東屋でお茶をするのが日課となっている。お菓子を持ち寄り、お喋りしながら情報交換するのだ。因みに今日のおやつは、私が孤児院時代から大好きだったビーチェ特製セサミクッキーだったりする。お茶はビストニア名産のハーブティーで、これはオフィーリエがブレンがドしたものだ。
「リシュリアの制服、やっとできたんですね。すごく、かわいいです」
私が褒めるとリシュリアは少し頬を染めた。
「わたくし背が高いので、皆さんと同じデザインだとちょっと浮いてしまうと思い、少し大人っぽくアレンジしてみました」
リシュリアの制服は基本は私達と同じだが、胸元の薄紫色のリボンを細くしていて、フレアスカートも広がりを少なくし、丈も少し長めだった。とてもお姉さんらしいデザインで、リシュリアに似合っている。
「それにしても今日のユーリウス様、ちょっと厳しくないですか」
私の質問にクリスタは首を傾げた。
「そうですか?前世でもわたくしたちにはたいへん厳しい方でしたよ。リティ様だけにはお優しかったですが・・」
なんとクリスタの話では、前世では私だけ特別扱いだったらしい。
いつもにこやかに微笑み、私のわがままを何もかも許してくれて、包み込むように優しい私のユーリウス様像は、脆くも崩れ去った。
「立場が違えば態度だって違って当然でしょう。リティは恋人だったのでしょう?」
ビーチェが当然と言わんばかりに呟いた。彼女は今ではすっかり私たちの裏事情まで把握してしまっている。
「それにしても、ユーリウス様には本当に記憶がないのですね。驚きました。どうしてなのでしょう」
「アデルベルトも一部しか覚えてないようですよ。わたくしも子供時代の記憶はないですもの。逆にアブラムの方が、物心ついた時からの記憶があるって言ってましたね」
不思議そうに尋ねるリシュリアに、クリスタが答えた。
「リシュリアに聞こうと思っていたのです。リシュリアはいつ頃からの記憶がありますか」
「わたくしもそんなには・・・ほとんど覚えてはいないです」
「そうですか。記憶の量はわたくしへの忠誠心に拠ると思ったのですが、違うのですかね?」
そんな私の何気ない疑問を、クリスタがすさまじい勢いで否定した。
「ひどいです、リティ様!わたくしよりアブラムの方が忠誠心が高いなんて事は、絶対にありえませんから!!」




