26、悔いるリシュリア(side リシュリア)
リシュリアは焦っていた。
レイヴァルトがまさかアストリットの側にいて、しかもユーリウスの側近になっているとは思わなかった。
とんでもない誤算である。
「ヴェスパー、どこ?」
昨夜はあの郊外の宿に行ってみたが、ヴェスパーはいなかった。
急いで依頼を取り消さなければならないというのに、どうすれば良いのだろう。
ダライナ公の暗殺までは良かった。あの男は結婚する前からベタベタとリシュリアの体を触ってきて、気持ち悪い男だった。
彼が死ぬことで第一皇子派の力を削ぎ、結果的にアストリットとユーリウスのためになったとしたら僥倖だ。
だがレイヴァルトは違う。
彼はどういう経緯か知らないが、今世は第四皇子派についているようだし、何よりも昨日リシュリアを妹だと言ってくれた。困っていたら来いと、リシュリアを助けるとも言ってくれた。
リシュリアがあの日、殺人依頼を出したのはダライナ公と兄のレイヴァルトだ。
兄があれほど人が良く、話のわかる人間だと知っていたらこんな依頼は出さなかった。
前世でも今世でも余りにも接点のない兄妹であった。
ヴェスパーを探しても埒があかないので、リシュリアはレイヴァルトの跡をつけることにした。
あくる日、リシュリアはレイヴァルトの屋敷の前で隠れて、彼が出てくるのを待った。
この屋敷はレイヴァルトの母が彼に残したもので、今は彼が一人で住んでいる。
しばらく張っていると、中から女性の声がして扉が開いた。
その時、屋敷の向かい側から、黒い影が動いた。
屋敷側からは見えないが、何か手に光るものを持っている。
ナイフだと気付き、慌てて飛び出した。
「ヴェスパー!」
叫ぶと同時に、リシュリアは真っ黒なマントに包まれた。
「リア、どうしてここに」
「ヴェスパー、ごめんなさい。私、依頼を取り消したいの」
「なんだって」
二人で門の前でコソコソ話し合っていると、屋敷の中からレイヴァルトと魔導学校の教師のオフィーリエが出てきた。
向こうもこちらを見て驚いているけれど、リシュリアも取り繕うことを忘れるくらいに驚いた。
こんな朝早くに同じ屋敷から出てくると言うことは、つまり二人はそういう関係だということだ。
「リア、その男は何だ?お前、城の門番だな」
ヴェスパーの昼間の仕事が判明して、リシュリアはギョッとして彼を見た。
ヴェスパーはあちゃーという感じで、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「お兄様、彼が私をここまで連れて来てくれたの」
私は慌てて取り繕って、何か言い訳になりそうなことを探した。
父から虐待されていること。
父の連れてきた客の横に座るように命じられること。
結婚できないならば、第一皇子の愛人になるように言われていること。
話しているうちに全て嘘ではないことに気づいた。
今まで受けた自分の嫌なことを全部さらけ出し、リシュリアはすっきりしたが、レイヴァルトの表情は険しかった。
「それで、どうして門番と?」
「お城に行けばお兄様がいるかと思って行ってみたら、彼がここまで案内してくれたんです」
「そうか、それは変な勘ぐりをして済まなかった。感謝する」
レイヴァルトはヴェスパーに握手を促すと、リシュリアに屋敷に入るように告げた。
扉を閉める際に、振り返りヴェスパーの方を見た。
彼は複雑な表情を浮かべて、リシュリアを見つめていて、そっと唇に人差し指を立てた。
数日後、リシュリアはレイヴァルトの屋敷に引っ越した。どういった手段を使ったのかは知らないが、兄が父を説得して、リシュリアの後見人の座を得たのだ。
前世とは全く違う展開に、リシュリアは戸惑っていた。
ある日の夜、リシュリアの部屋に男がこっそりと忍び込んできた。
深夜なので真っ暗で何も見えない。
明かりを付けようと、伸ばした手を取られ、リシュリアの体はベッドに押し付けられた。
声を出さないようにスカーフで猿ぐつわを噛まされる。
男はリシュリアに馬乗りになり、屈んで耳元で囁いた。
「俺の正体を絶対に喋るな」
声でヴェスパーだとわかった。
リシュリアはコクリと頷く。
「また助けが欲しければ、そのスカーフをベランダの手摺りに掛けろ」
そう言ってヴェスパーは闇の中に消えた。
彼は闇の隠蔽魔法を得意とする魔導士だったのかもしれない。
また、いつか会える。
何故かそう思った。




