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17、旅立ち

「もう、行くのか」


 部屋で荷支度を整えていると、ロンに声をかけられた。

今日、私は十二年間過ごした、この孤児院から出て行く。


「ロン、孤児院のことよろしくお願いします。お手紙を書くので、また皆のこと知らせてくださいね」


「心配するな。お前こそ、自分をもっと労われ。それと、あまり感情的に突っ走るな。何かことを起こすときは、周りにもちゃんと相談するんだぞ」


心配症のロンにポンと肩を叩かれる。

もうすぐ成人を迎える彼は、来月、孤児院長になることが正式に決まった。

一度犯罪を犯した者が、孤児院とはいえ領地の公的な役職につくのは異例のことだ。

この人事には実は、クリスタの意向が反映されている。


「リティ様のお心を悩ませるなら、あなたなど速攻で切り捨てますから」ってゲオルグ脅されてたもんね。


私が安心して任せられる人、信頼できる人を遠くにいてもしっかりと把握しているのは、さすが私の忠臣である。


「リティが次期領主様に声をかけてくれたから、孤児院長になれたんだ。ありがとな。俺、頑張るから」


薔薇の呪いは、彼がかつて犯罪を犯したことを如実に示している。手の甲にまでびっしりと張られた呪いの蔓を見て、理不尽な差別を受けることもあるだろう。

それはロンが乗り越えなければならない問題だ。


「ビーチェも推してくれたのですよ。ロンなら任せられるって」


三年間ここで身を隠すような生活をしていたビーチェも、先週孤児院を出て領主の館に戻った。

ゲオルグがオルロワの支援を得て次期領主就任が正式に発表され、第二夫人派が退けられたことにより身の危険が去ったのである。

春からは王立魔導学校に一緒に通えるだろう。


「ビーチェが領主様の娘だったなんて、驚きだよな」


「ほんとですね。よく隠し通せましたよね」


「これからはベアトリス様ってお呼びしないとな」


ロンが困ったように笑った。孤児院に入ったばかりの頃のビーチェの世話を、一番していたのが彼だ。


「そろそろ迎えが来るはずなので、行きますね」


私はひとまずオルロワ自治区に移動する。その後は中央にあるグレゴリ邸に引っ越して、そこから魔導学校に通うことになるだろう。


「リティ」


玄関に子供達が勢揃いしていた。皆、私が去ることが辛いのか、神妙な面持ちだ。ベスが何かを手に持ち、私の前に出た。


「リティのおかげで孤児院の生活も良くなったし、私たちも自立できるように色々教えてくれたでしょう。本当に感謝してるのよ」


「私こそ、ベスがいなかったらきっと耐えられなかったと思います。昔のここは本当にひどかったですから」


そう言って過去を思い出し、笑い合った。藁のベッドもカビの生えたパンも、今では懐かしい思い出だ。


「これ、皆で作ったの、良かったら向こうで使ってね」


ハンカチだった。

右下にリティアーナの文字と囲むように蔦の模様が刺繍されている。

不揃いでお世辞にも綺麗とは言えないが、小さな子供たちが一生懸命刺してくれたのだと思うと涙が出た。


「皆、ありがとう」


涙なんて、多分ユーリウス様を失った時以来、流していないだろう。


「早速それを使いなさい。目元を腫らしたまま出発するなんて許さないから」


「勿体無くて使えませんよ」


私がハンカチを丁寧に折り畳んで懐にしまうと、ベスが袖で涙を拭いてくれた。

ここぞとばかりに私はベスにしがみついて、ギューと抱きしめる。


「リティの活躍が聞こえてくるの、楽しみにしているわ」


「活躍ならいいけど、失敗談ばっかりだったりしてな」


しんみりとした別れの雰囲気をロンが台無しにしてくれる。私はジロリとロンを睨みつけた。


「では皆さん、お元気で」


腰に括ったビーザムを取り出す。私が鳥型の乗り物に乗ると、初めて見た子は驚いて卒倒してしまった。ロンが慌てて抱き上げる。


「いつでも帰って来いよ、ここがお前の実家(ウチ)だからな」


ずっと手を振ってくれる皆に、上空から手を振り返して、別れた。

明日からは私の新たな戦いが始まる。

その決意を胸に秘めて。





中央 ー東離宮ー


「夢・・か」


ユーリウスが寝台で上体を起こすと、シーツに水滴が落ちた。

・・涙・・

自分が泣くなんて珍しい。

懐かしい夢を見ていたようだが覚えていない。

窓の外は少し白みがかり、小鳥達の囀りが聞こえ始めた。

衣ずれの音が聞こえたのか、側仕えが天幕越しに様子を窺っている。


「もう起きる。支度を、アデルベルト」


「はっ」


側仕えの少年が急いで衣服を取りに行く。

最近付けられたあの少年はかなり有能で役に立っている。毒の検出方法に長けていて、ユーリウスはもう二度も彼に命を助けられていた。


「だが油断するな、ユーリウス。決して心を開いてはいけない。味方なんて、ここには一人もいないのだから」


ユーリウスは自分に言い聞かせるように呟いた。




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