15、クリスタの野望
「ここで立場をはっきりとさせましょう、レイヴァルト卿」
クリスタがキリリと眉を釣り上げる。
「彼はレイヴァルトという名前なのですか」
私はレイの方を見つめた。レイは眉間に皺を寄せて、クリスタを睨みつけている。周囲に緊張感が走った。
「アストリット様はご存知なかったのですか。レイヴァルト・ソリド・リジェグランディア。
次期リジェグランディア領主候補ですわ」
「えっ、リシュリアのお兄さんですか?」
リシュリアは前世で私の宰相を務めた才媛だ。
時の眷属リジェグランディア出身で、領地特有の灰色の髪に紫色の瞳だった。
レイの金髪は、どう見ても中央エターリアの色を示している。
「でも兄弟なんていましたか」
「いませんでした。前世で私たちが学校に通っている時点では・・」
「・・・」
私は思わず口をつぐんだ。。
「待て、では俺は・・」
「レイヴァルト卿だけではありません。近い将来、第二皇子派の者は皆、粛清に遭います」
「なんだと!」
レイの顔色が青ざめる。ゲオルグも心なしか震えていた。
「ゲオルグ、レイヴァルト、あなた方は早急に第四皇子派に寝返りなさい」
「ユーリウス殿下にだと・・彼はまだ子供だし、第一彼の母親は・・・」
納得いかないのかレイは渋面だ。
「クリスタ嬢、あんたも前世の記憶持ちなのか?そんな眉唾な話を、俺たちに信じろと言うのか」
「信じる、信じないはあなた方の自由です。
ただ、オルロワはこれから第四皇子ユーリウス様を推していくということ、それに与する者には最大限の便宜を図るということです。
そういえば、レイヴァルト様には廃嫡の危機があるのでしたわね」
「何故それを知ってるんだ?」
クリスタはニヤリと笑った。十二歳の少女がするような顔ではない。すいも甘いも知り尽くした老練な政治家の顔だ。
「第ニ皇子に脅されていると、ある筋からお聞きしました。こちらの、卿のお母様が昔出したお手紙の件で・・」
そう言ってクリスタは手紙の束をバサリと出した。数十通はあるだろうか。焚きしめられた香の種類から恋文だとわかる。
レイが慌ててそれを取り上げて、懐に入れた。
「どうやってこれを手に入れたんだ?」
「オルロワの機動力を舐めてもらっては困りますわ。確かに貴方様はリシュリアとは似ていらっしゃらないですものね。お父上が血統を疑うのも分かります。我々への謝意は、今後行動で示していただきますわ」
言葉は不穏だが、顔は微笑みに溢れている。
黙っていてやるから従えと言っているのだ。
クリスタの胆力は畏れ入ったものだ。
そんなクリスタが、私の方にふいに向き直った。
「さて、アストリット様、先日わたくし中央に行って、ユーリウス殿下にお会いしました」
「ユーリウス様に会えたのですか?お元気でしたか」
同じ時代に生きている事は噂などで聞いたが、実際に会ったという人は初めてだ。
彼に会いたいと私の心が叫ぶ。
「お元気そうでしたが、残念ながら前世の記憶はないようです。
わたくし、ユーリウス様に近づいて、すれちがいざまにワザとジュースをこぼして手袋を脱いでもらったのです。そうしたら、まだあの例の蔓の呪いは見当たりませんでした」
「ではユーリウス様は」
「これから呪いを受けるのでしょうね」
「すぐにユーリウス様にしらせなければ、それに第三皇子のことも・・ユーリウス様を殺したのは第三皇子ジャファラーンですよね!」
立ち上がった私をクリスタが制した。
「アストリット様、ご安心ください。手は打ってあります。
ユーリウス様を今度こそ、王にいたしましょう。呪いを受ける前のユーリウス様ならばエターナルリーベを取得できるはずです」
王家の血を引くユーリウスが正統な王になれば、余分な諍いを招かずに済むとクリスタは言う。
私の時は反発が大きくて大変だったからな。
王の直系ではない私を女王と認めない諸侯は多かった。各地で反乱が勃発し、即位当初はその対応に追われた。国は疲弊し、大量の平民が餓死し、孤児院には親を失った子供が溢れかえった。
私は聖結界の維持だけで手一杯で何も出来なかった。
「アストリット様とユーリウス様、お二人による統治体制が出来上がれば、この国は安泰です」
クリスタが意気揚々と今世での目標を宣言した。