13、オルロワへ
オルロワは東にエターリア、北にアクアーリア、南にビストニアとの国境線を持つ。
自治区という体を取っており、領土は狭いが、実際には他の領地と変わらないくらいの力を持ち、人口も多い小都市だ。霊山、聖テレティアナを中心にしてその裾野に街が広がっており、領主の屋敷もそこにあった。
麓から見上げると山頂には雪が積もり、太陽の光を浴びて神々しく輝いていた。
この霊山テレティアナは聖域と呼ばれ、エターリアの聖結界と繋がっており、各領地の聖結界にエターナルリーベの魔力を流す経由地の役割を果たしている。
故にこの地の重要性は計り知れなく、オルロワは防衛のため自領地の防御壁も持っているし、オルロワ魔導士軍は連合王国一の強さを誇っている。
オルロワを味方に引き入れれば、これほど心強いものはない。
善は急げということで、私とゲオルグとレイは今、オルロワ公のお屋敷に来ている。
レイは、実はかなりの実力者だったようだ。
あっという間にオルロワ公との面会を取り付け、ゲオルグの後ろ盾につくようにと中央の政治に携わる高位貴族の嘆願書まで幾つか用意してきた。
確かサイモンティプス侯爵は中央の事務官トップの重鎮だったはずだ。
彼の後ろ盾を得たことは、ゲオルグにとっては大きいだろう。
と、ここまでは順調だったが、応接室に通され待つこと三時間。いい加減オルロワ公が来てもいい時間である。
レイは昔馴染みがいたからと言ってどこかへ行ってしまった。
ゲオルグとギルドで請け負った依頼の話や、希少鉱物の採集方法など話し合っていたがそれも尽きた。
あまりにも待ちくたびれてお腹が空いたと言ったら、使用人達が軽食を運んでくれた。
「お前って本当に緊張感ないよな」
とゲオルグに呆れられたが、いつも美味しい食事にありつける金持ち貴族の彼と、孤児院に住む私とでは考え方が根本的に違う。食べられる時に食べられるだけ、これが基本だ。
「そういえば、どうしてビーチェは孤児院に預けられたんですか」
「ああ、本館の食事に毒が盛られたんだ。外に出て食事が取れる俺とは違って、女は家から出られないだろ。だからビーチェは留学したことにして孤児院に匿ったんだ」
いつでも美味しい食事にありつける生活と思っていたが、どうやら違ったらしい。彼の人生もなかなかのハードモードである。
「お前と一緒に冒険に出て、狩った獲物を焼いたりして食べるのが一番美味しかったな。安心して食べられるだけでもめっけもんだってね」
ゲオルグも私と同じ十二歳のまだ子供である。家の食事が危険だなんて可哀想すぎるではないか。
私の中で同情心と母性本能がモクモクと湧き上がった。
「ほらここのお菓子は美味しいですよ。レイがいない内に食べちゃいましょう」
「誰がいないって?」
レイが戻って来た。私はすかさずお皿を取ってゲオルグに押し付けた。
「これはゲオルグの分です。お腹が空きすぎて、机がお肉に見えた経験なんてない人にはあげません」
「ハァ?ほんと何言って??ってお前ここのお菓子、全部食べたのか?」
「だって、こんな美味しいお菓子食べるの、前世ぶりで・・」
「前世って・・」
レイが固まる。ゲオルグも苦笑いしていて、まだ半信半疑のようだ。
私は嘘はついてないんだけどね。
「すみません、お土産に持って帰りたいのであとは包んでもらえますか。孤児院に持って帰って、皆に食べさせたいのです」
「バカ、そんな恥ずかしいことはやめてくれ」
レイに泣きながら懇願されたが聞かない。
使用人達は引き攣った笑みを浮かべていて動いてくれそうにないので、私は持っていた空間魔法がかかった袋に遠慮なく残ったお菓子をポイポイと放り込んでいった。
「お代わりありませんか」と近くにいる使用人に尋ねると、その使用人は何故かプルプルと震えている。
「ハイスペックなのにスペックを感じさせない言動、稀に見る美貌を持ちながら、がっかり感しかない振舞い。残念すぎるあなた様は間違いなくわたくしの主、アストリット様ですね」
なんと前世の私の忠臣クリスタが、ガーネット色の瞳をキラキラと輝かせて、そこにいた。