10、ゲオルグとビーチェの正体
「ビーチェが拐われただって!」
叫んだのはゲオルグだった。
険しい表情で舌打ちをする。
以前から二人には何か繋がりがあるのではと怪しんでいた私だ。
ビーチェは何かとゲオルグの事を気にするし、ゲオルグは孤児院の事をやたら気にかける。
が、これで確信した。
「ベス、犯人の特徴は?」
「真っ黒なローブを着て、訳の分からない呪文を唱えたら、地面が丸く光って、ビーチェが消えたの」
「クロの奴らか。誰かに金で雇われたな」
レイの言葉に私はハッとなった。
クロ、とは暗黒魔導師の集団で通称クロと呼ばれている。暗殺や誘拐などの裏稼業を請け負っているのだが、内部を構成しているのは元中央の魔導士や、各領地の魔導関係の仕事にあぶれた元貴族などの魔力持ち達だ。
共闘する時もあれば個々でも活動する、捉え所のない集団である。
特に思想的にまとまっているでもなく、お金目的や暇つぶし、反社などそれぞれ思惑がバラバラであり、前世でも扱いに苦慮していた。
そして面倒臭くなった前世の私は宰相のリシュリアに対応を丸投げしてしまったのだった。
ちゃんとやっとけよ、私。って今更、言っても遅いけど・・・。ビストニアのクロ魔導師の元締めなんて覚えてないよ~。
「ビーチェの魔力ならわかってます。すぐに魔力の痕跡を追いましょうか」
「できるのか」
「はい、そのかわり、どうして二人が狙われたのか教えてください。ヘカトンケイルもゲオルグを狙っていましたよね」
ゲオルグが仕方がないという風に、コクリと頷いた。
「俺とビーチェ、いやベアトリスはビストニア領主の第一夫人の嫡出子なんだ」
思わぬ事実に私は思わず固まった。
ビストニアの第一夫人と言えばアクアーリア出身で第二皇子派だったはずだ。
今、中央は第一皇子と第二皇子の派閥抗争が激化している。
そしてビストニアも、跡目争いで領主一族が割れているのは庶民の間でも有名な話だ。
アクアーリア出身のどう見ても高位貴族であるオフィーリエが田舎で隠遁生活を送っているのも、怪しい中央貴族のレイが吟遊詩人として潜り込んでいるのも、全てビストニアにおける中央の代理戦争の意味合いが濃いのではないか。
確か前世ではこの後、アストリアの変が起こり、第二皇子派は粛清の嵐に巻き込まれるのである。
私が彼らのことを知らないのは、私が魔導学校に通い始めた時には彼らはもう死んでいたからかもしれない。
そう思い至って、背筋がゾッとした。
これが運命のイタズラなのか、女神の策略なのかは分からないが、わたしは彼らを助けなくてはならない。
女神が言っていたように、この世界に私しかエターナルリーベを取得できる者がいないのなら、第二皇子についていても無駄だ。ほかの皇子にも言えることだが、エターナルリーベを持たない者が王として認められることはない。
だがそんな事実を彼らは知らないだろうし、今は第二皇子がエターナルリーベを取れると信じているから第二皇子派に与しているのだろう。
とにかく、ビーチェの救出が先だ。その後じっくりと対策を考えよう。
私は今朝ビーチェが私に挿してくれた簪を取った。ここには多少なりともビーチェの魔力が残留している。
「与えよ 探りし力 追え かの者の血脈を インベスティゲート」
私は魔力探索の呪文を唱えた。