第九十話 勝負の午後
リナ視点です。
昼休み。
お客さんたちがカレーを楽しむ間に、私たちは次の出し物を準備していた。
それは、音響魔術による音楽タイムだ。
ガレリーナ社員の有志が壇上に並び、得意の音魔術を奏でる。
すると、場内にとあるゲームの音楽が響き始めた。
それは愉快で楽しい、マルオのジャンプなミュージック。
「ははは、ゲームの曲をこんな風に演奏するなんて、洒落てるじゃないか」
「これを聴くと、何だかうきうきしちゃうのよね」
ゲーマーの誰もが知る、象徴的なメロディ。
朗らかで明るいノリが、無意識に体を揺らす。
会場のみんなは嬉しそうに肩を上下させ、音楽に聴き入っていた。
お昼休みが終わると、次はトーナメントの第三回戦だ。
二回戦までとは違い、かなりプレイヤーのレベルが上がっていた。
記念参加のような人たちは既に敗退し、マルデアのガチ勢たちがしのぎを削る。
ぷやぷやの連鎖の応酬で、会場はかなり盛り上がっていた。
その戦いを演出した一人であるニニアちゃんの友達は、どうやら一歩及ばなかったようだ。
「うう、負けちゃったぁ……」
少女は悔しそうにニニアちゃんの胸にすがりついていた。
大会に向けて頑張ってきたんだろう。
敗退して悔し涙を流す選手もいた。
マルデア初の公式ゲーム大会は、予想以上に盛り上がりを見せていた。
それから試合は進み、ついにスタ2の準決勝だ。
対戦台の前に出てきたのは、ここまで着実に勝ち上がってきたゲーマー少女ニニアちゃん。
向かい合うのは、予想外な強さを見せるニャムル人の猫さんだ。
「ニニアちゃん、がんばれー!」
「猫ちゃんもしっかりー!」
猫と少女という異色の戦いに、会場から歓声が上がる。
ニニアちゃんなんてまだ学生なのに、ここまで来た事が凄いよね。
猫さんが何歳かはわからないけど。
「ふふふ、女の子がここまで上がって来るとはにゃあ。
だけど、手加減はしないにゃ!」
ニヤリと笑みを浮かべるニャムル人は、何となく貫禄があるようにも見える。
「……、猫に言われたくないですけど……」
ニニアちゃんは微妙な表情で呟いた。
確かに、猫がここまで上がって来る方が意外だよね。
二人は言葉もそこそこに、拳を合わせて席につく。
そして、キャラクター選択だ。
ニニアちゃんはリウ。
ニャムル人はダルサム。
共に戦ってきた相棒を使っての、本気の一戦。
「それでは、準決勝第一試合。ラウンドワン、ファイッ!」
サニアさんの合図で、格闘家とインド僧侶の戦いが始まる。
ニニアちゃんは距離を取り、飛び道具の波功拳で牽制する。
ニャムル人は軽やかにそれを躱し、リーチのあるパンチで彼女を追い詰めていく。
やはりというか、この猫さん。やり込み具合が半端じゃない。
『ヨグ、ヨグ、ヨグ』
「おーっとぉ、ダルサムの掴み攻撃が決まったぁ!」
大モニターで展開される試合に、サニアさんが声を張り上げる。
ニニアちゃんは防戦一方だったが、ここで格ゲー少女の意地が炸裂する。
『しょーるーけん!』
華麗で力強いアッパーで、何とか白星を取り返す。
ほっと息をつく少女だったが、最後の試合は凄かった。
怒涛の肉球捌きでニャムル人が場を支配し、少女を圧倒していく。
『ヨグファイオッ!』
炎の一発でニニアちゃんのリウは燃え尽き、地に倒れ伏した。
「ここでK.O! 得体のしれないニャムルの戦士が決勝進出ぅー!」
勝利した猫さんは、「にゃほぉーー!」と喜びに飛び上がっていた。
敗退したニニアちゃんは席を立ち、顔を落として会場の隅へと歩いていく。
泣きはしてなかったけど、かなり気を落としているように見えた。
まだ若い彼女にとって、四位入賞は立派な結果だ。
これからもっと成長するだろう。
でも、落ち込んだ時は誰かの支えが必要だ。
私は壇上から降り、少女の元へと向かった。
------- Side ニニア
負けた。
あんなに大見得切って家を出てきたのに。
決勝にも行かずに負けちゃった。
あのニャムル人は凄く強かったけど、やっぱり負けるのは悔しかった。
どんな顔して帰ればいいんだろう。
父さんと母さんは、何て言うだろう。
もしかしたら、ゲームの道を諦めろって言われるかもしれない。
そう考えたら、ここから動きたくない気分になった。
友達のラナは、何も言わずにただ傍にいてくれた。
アーケードの音やゲーマーたちの歓声が、私の心を少しだけ癒してくれる。
私は壁際にしゃがみ込み、スタ2から響く音に浸っていた。
と、その時。
「あの。ちょっといいかな。
ブラームス専門店にいたニニアちゃんだよね」
声をかけてきたのは、桃色の髪をした少女だった。
「リナさん……」
顔を上げると、彼女はニコリと愛らしい笑みを浮かべる。
「久しぶりだね。四位入賞おめでとう」
「……、ありがとうございます」
私はつい、おざなりな感じで礼を言ってしまった。
すると、リナさんは噴き出すように笑う。
「ふふ、全然嬉しそうじゃないね。悔しかった?」
「……。そうですね。こんなんじゃ、プロになんてなれないから……」
「プロ?」
首をかしげるリナさんに、私は恥ずかしくなって顔を落とす。
ガレリーナ社の社員さんですら、ゲームのプロなんてまだ考えてもいないんだ。
私は、先走りすぎたのかもしれない。
そんな私を見て、リナさんは納得したように頷いた。
「そっか。ニニアちゃんはゲームのプロになりたいんだね。
ごめんね。私たち、まだそこまでの市場を作れてないから。
あ、でもね」
と、彼女は指を立てて続ける。
「ニニアちゃんが大人になる頃には、きっとゲームの大会やイベントがいっぱい増えてるよ。
それにゲームの仕事がしたいなら、うちみたいなゲーム会社もあるし。
ゲームに関わりたいなら、きっと選択肢は沢山あると思う」
彼女の言葉は、私の耳に魅力的に響いていた。
でも。
私みたいな落ちこぼれに、就職なんてできるんだろうか。
「あの。私でもゲームに関わる仕事、できますか」
「もちろん。うちなんてまだまだ人手不足だし。
ニニアちゃんみたいなゲームに情熱を持った子なら歓迎だよ。
それにね」
彼女は傍にあったスタ2の台に手をかける。
「ゲームだってまだ、始めたばかりでしょ。
これから、ニニアちゃんはいくらでも上達していけるよ」
ゲームの画面を見下ろすリナさんは、優しい目をしていた。
と、彼女は思い出したように振り返る。
「そうそう。イベントの最後に素敵なサプライズがあるんだ。
ニニアちゃんも喜ぶと思うから、見ていってね」
それだけ言うと、彼女はいそいそと大モニターの方に戻っていった。
サプライズって、何か発表でもあるんだろうか……。
と、後ろで見ていたラナが声をかけてきた。
「リナさん、凄いね。あれで私たちと同世代だよ」
「うん……」
彼女は私に、将来の選択肢を与えてくれた。
私でも頑張れば、ゲームの会社に入れるって。
ゲームの腕だってもっと伸びるって。
そう言ってくれた。
そうだ。
勉強もゲームも、沢山頑張ろう。
将来、なりたい仕事につけるように。
そう考えたら頭の中がスッキリして、少しお腹がすいてきた。
そういえば、お昼にカレーをもらったせいで母さんのお弁当を忘れていた。
私はカバンから弁当箱を取り出し、包みの袋を開ける。
すると、中に一枚の紙が入っていた。
手に取ると、見慣れた達者な文字でメッセージが書かれている。
『ニニアへ。
ちゃんと遅くならないうちに帰ってくるのよ。
大会の結果がどうなっても、ゲームを取り上げたりはしないから』
「……、母さん」
お母さんは、ちゃんと私の事を見てくれていた。
多分、ゲームの事はまだ理解してないだろうけど。
でも、私の気持ちは理解してくれた。
私はこみ上げるものをこらえながら、弁当の箱を開ける。
中には、食べきれない量のサンドイッチがぎっしり詰まっていた。
またこんなに一杯作って……。
「どうしたのニニアちゃん?」
後ろからラナが声をかけてきたので、私は慌てて手紙を隠した。
「ううん、何でもない。
それより、サンドイッチいっぱいあるんだけど。食べる?」
「うん、食べる!」
それから、私たちは二人でお母さんの手作りサンドを食べた。
「ニニアちゃん、これ美味しいね!」
「うん……」
かじったタマゴサンドは、とても優しい味がした。
頬を、温かい雫が伝っていた。




