第四十二話 すごい事したっぽい
オーシャンシティに近づいたハリケーンを鎮めた後。
私はしばらく警察署の医務室で休ませてもらった。
「あの、別に大したことないんですけど……」
私の言葉にも、医師の先生は首を横に振る。
「君に何かあっては困るからね。宇宙人の健康状態はわかりかねるが、安静にするに越した事はない」
「はあ……」
なんか色々と気遣ってくれているようだ。
魔力使って疲れただけなのに。マルデアなら帰って寝てろと言われる程度の話だよ。
まあお言葉に甘えて、ゆっくりとベッドに横になってよう。
ぼんやりとテレビを見ていたら、国連の記者会見が始まった。
「今回のハリケーンの鎮静化について、世界中の人々に向けて説明させてもらいたい」
国連トップである事務総長の発言に、メディアのカメラが光る。
「二日前。大型のハリケーンがニューヨークへ進路を向けたと予測がなされ、その危険度が高まった。
我々はすぐ、ウィーンに滞在していたリナ・マルデリタへ災害排除の依頼を出す事に決定した。
国連は既に三万の魔石を有しており、彼女はそれを使用してオーシャンシティにおいてハリケーンを対処した。
我々は地球の歴史上初めて、大規模な災害を人為的に鎮圧する事に成功したのだ」
淡々とした総長の説明に、報道陣から声が上がる。
「失礼ですが、本当に排除がなされたのでしょうか。
我々には実感として得たものがなく、上陸前に排除されたと言われても喜んでいいのかわからない部分があります」
事務総長は怒るでもなく、むしろ嬉しそうに頷いて続ける。
「うむ、当然の疑問だろう。事実は事実であるが、遠く離れたみなさんにはまだ信じる事が難しいかもしれない。
そこで、現地の実行部隊が撮影した災害排除の模様をご覧いただきたい」
その言葉に、メディアがざわつく。
背後のモニターで、映像が流れ始めた。
海岸の映像だった。
海は荒れており、ゴウゴウと風の強い音がしていた。
近くには透明な石が山のように積み上げられている。
『このあたりには既に避難指示が出ています。我々も安全ではない』
『わかりました。もう少しだけ待ちます』
画面の中に部隊長と私が現れ、海を見据えて話し合っていた。
どうやら、あの時の映像らしい。
少しして、風が吹き荒れ始めた時、桃色の髪をした少女が前に出た。
『ewtres oihaot roia akeae』
少女は前に手をかざし、地球の言語ではない言葉をつぶやく。
すると、大量の魔石から溢れる光が空に飛び上がる。
魔石は消えてなくなり、少しすると風が穏やかになった。
『強風が止んだ』
『まさか、本当にハリケーンが消えたのか』
部隊の人たちが声を上げると、少女はその場に座り込んだ。
先ほどまでの強風は消えてなくなり、目の前には穏やかな青空が広がっていた。
そこで、映像が終わった。
「これが災害排除の一部始終である。魔石の力はハリケーンをも打ち消すものだった。
マルデアは宣言通り、地球の厄災を消してみせたのだ。我々は地球人類の代表として、彼らに感謝したい」
胸に手を当てる事務総長を後目に。
報道陣はモニターで繰り返されるその模様を眺めていた。
世界中が、喜びに包まれていた。
それは、SNSの大騒ぎだけを見てもわかる。
xxxxx@xxxxx
「本当に魔石が、災害を打ち消したんだ……」
xxxxx@xxxxx
「リナ・マルデリタが偉大なヒーローに重なって見えたよ。いや、実際そうなんだろう」
xxxxx@xxxxx
「ありがとうリナ! みんな無事でよかったよ」
xxxxx@xxxxx
「まるで映画のワンシーンみたいだったけど、あれはリアルなんだよな」
xxxxx@xxxxx
「どうしよう、鳥肌が止まらない」
xxxxx@xxxxx
「歴史的な瞬間だ。人類は初めて、完全な意味で災害に打ち勝った」
xxxxx@xxxxx
「これでもう怯えなくていいの?」
xxxxx@xxxxx
「ありがとうマルデア! ありがとうリナ!」
テレビでも、スーツを着た大人が笑顔でニュースを読んでいる。
「今回、大型のハリケーンが排除され、国連が災害排除の第一歩を踏み出しました。
今日はまさに人類の歴史が塗り替えられた瞬間です。地球は今、喜びに包まれています」
興奮冷めやらぬ様子のアナウンサーに、隣に腰かけた男性も笑みを抑えきれない様子だ。
「いやあ、これまで半信半疑ではありましたが。本当に実現したんですね」
「ええ、見ましたかリナ・マルデリタの魔法を。あれは正に奇跡でした」
「まるで子どもの頃、映画でヒーローの活躍を手に汗握って見つめていたような気分でしたよ。
マルデアは我々にとんでもないものをもたらしてくれましたね」
「地球の未来が一気に明るく輝いて見えるような気がします。本日六月十三日は、我々人類にとって特別な日になるでしょう。
みなさん、今日はともに喜びましょう!」
オーシャンシティでも、人々がお祭り騒ぎのようだった。
仕事を放り出し、ハイタッチして踊っている人たちが見える。
マルデアにとっては日ごろから当たり前にやっている災害排除が、地球ではこんなに大きな事だったとは。
頭ではわかったつもりでいても、その目で見るとやはり驚かされる。
私はその日一日医務室で休み、翌日にニューヨークへと向かう事になった。
移動中、警察たちの私に対する扱いが二段くらい上がったような気がする。
なんかもう、めっちゃ敬礼してくるんだよ。
「すみません、ちょっとのどが渇いたんですけど」
「イエス、マァム!」
みたいな感じでね。
これまでは政府指定の保護対象という感じで、なんか珍しい動物を見てくるような雰囲気だった。
でも今は。
「何なりとお申し付けを!」
みたいなノリだ。緊張とか敬意みたいなものを感じるようになった。
多分、私が災害排除を実行した張本人になってしまったからだろう。
国連本部に向かうと、大統領が駆けつけてきていた。
私を見ると、彼はひときわ上機嫌に握手を求めてきた。
それから外交官たちと軽く話をして、ホテルを取ってもらった。
魔石は全て使ってしまったので、取引は収縮ボックスを六十個渡して終わりになった。
一夜明けて、私はすぐにジャック・マリアのコンビと再会し、チャーター機で日本へと向かった。
「凄かったわ、私、何度もあのシーン見返しちゃった」
「ああ。胸が熱くなったよ。ありがとう、リナ。地球人として感謝するよ」
二人も私の映像を見ていたようで、興奮したように話しかけてきていた。
しばらくはこんな感じが続くのだろうか。
日本でも、かなり盛り上がっているようだ。
「リナ・マルデリタがハリケーン対処の直後に来日!」
そんな見出しのニュースが流れていた。
羽田空港のターミナルには、大きな垂れ幕が出ていた。
『リナ・マルデリタさん。希望をありがとう!』
永田町に向かう途中、テレビを確認する。
「魔石の力が証明された後にマルデリタさんがまた来日という事で、国民は大いに盛り上がっています。
増田さん、政府とマルデアの関係性についてはいかがでしょう」
司会の質問に、専門家ポジションの男性が頷く。
「今のところ、日本はマルデアと良好な関係を築けていると言えます。
ですが、我が国の国交はゲームの取引に依存しています。
今後強い関係性を結ぶためには、ゲーム貿易の継続的な成功も重要ですが、他の取引も必要ではないでしょうか」
「そうですね。リナ・マルデリタさんは最近では文学や音楽に対して強い関心を抱いているという話もあります。シェイクスピアの劇やウィーンの交響楽を高く称賛したという話です」
「ええ、日本の文化もアピールできるといいかもしれませんね」
文化か。
確かに、日本には豊かな幅広い文化がある。
でも私から見れば、ゲームが日本を代表する文化なんだけどね。
まあいずれは別の物も考えるけど。
今は大事な新作が待ってるからね。




