第二十六話 メープル
テトラス。
四つのブロックの塊でおなじみの、誰もが知る落ちモノパズルゲームだ。
80年代に生まれた本作だが、完成された遊びは今も古びる事がない。
これは外せない第一歩だろう。
ゲーム会社の面々も、特に異論はないようだ。
「テトラスを中心にするなら、ファミコムあたりのタイトルを集めたパッケージがいいだろうね」
開発部の男性の言葉に、私は頷いて答える。
「はい。なるべく言語の少ないタイトルを中心に。出来れば他社からも出してほしいと思っています」
「うむ、そのあたりはソフトメーカーと連絡を取り合おう」
そうして、私たちは今後の発売ソフトについての予定を詰めていった。
話し合いはスムーズに進み、今後のスケジュールが固まった所でお開きとなった。
レトロオールスターの他のタイトルについては、発売前まで伏せておきたい。
会議が終わった私のところに、営業部長が声をかけてきた。
「マルデリタさん。ローカライズ作業の間は日本に滞在することになるのでしょうか」
以前はずっと日本にいて、変換機の製作をしながらローカライズを監修していた。
でも、今回はそうもいかない。
「スウィッツを販売する業務もあるので、マルデアに戻ってあちらで翻訳作業をしたいと思います。
うちの社員たちと協力して、地球と通信しながらローカライズを進める形になります」
「おお、そちらにも仲間がいるのですね」
「はい、まだ少ないですけどね」
部長と話し合いながら、支社のビルから出る。
外は、かなりの野次馬が集まっているようだった。
「リナが出てきたっ」
「こっちむいてーっ」
私が東京支社に来ているという話が広まったのだろう。
すごい人だかりだけど、警察の人たちがしっかりとガードを固めていた。
私と営業部長はすぐに車で移動し、郊外にある倉庫へと向かった。
「あちらの倉庫に、スウィッツが置かれています」
さて、ようやく輸送機の出番だ。
私はまず持ってきた二万個の変換機部品を倉庫に置いていく。
その後で空になった輸送機に六千台のスウィッツと、周辺機器やソフトなどを詰め込んだ。
これで今回の仕事は終了だ。
「それでは、ありがとうございました」
私は腕のデバイスを起動し、地球を後にした。
マルデア星。
私が現れたのは、いつもの研究室だ。
戻る時だけはデバイスからワープルームに飛ぶから、正確なんだよね。
独り言ちながら、私は二人の待つオフィスへと向かったのだった。
「ただいま戻りました」
ビルの二階に戻ると、二人は何やら疲れたような感じだった。
「ああ、リナ。やっと戻ったのね……」
「遅いではないか」
「どうしたんですか、そんなげっそりして」
席について問いかけると、サニアさんはぐったり机に横たわったまま言った。
「どうもこうもないわよ。スウィッツの再入荷はまだか、売る気がないのかって、そんな通話ばっかり……」
「玩具屋からも、客の苦情が多いと文句ばかりでな。さすがに私も嫌になったぞ……」
ああ、そういう事か。
「二人とも通話対応お疲れ様でした。六千台入荷しましたから、先約から出荷していきましょう」
「六千台ね。多分すぐ売り切れると思うけど」
「うむ。店頭で予約を取っているらしいから、それで半分はなくなるだろうな」
どうやら、かなり需要が高いらしい。
これはなるべく早い増産をお願いしておく他ないようだ。
とはいえそれも少し先になるだろう。
今はある分を売るしかない。
私たちは発注リストの早い方から連絡を入れ、ワープ局を通して出荷していく事にした。
販売店の住所を確認しながら、サニアさんがため息をつく。
「はあ。さすがに誰か作業員雇ってよ。全部の作業を三人でやるなんて、無理があるわ」
「うむ。サニア、後で公式ページに社員かバイトの募集でも載せておいてくれ」
「わかったわ」
ガレナさんの言葉に、サニアさんは作業を進めながら頷いていた。
ワープ局への出荷を終えると、私たちはさっそく社員募集のページを作ることにした。
「さっさとだれか来てもらいたいものね」
サニアさんは愚痴りながらも、ちゃんと奇麗なデザインをしてくれていた。
そうして、仕事はようやくひと段落ついた。
今日仕入れたスウィッツの半分は、既に販売店に送られた事だろう。
「二人とも、お疲れ様です。そうだ、スウィッツの新作ソフトが決まったんですよ」
「なに? 本体が売り切れているのに出すつもりなのか?」
ガレナさんが驚いて顔を上げる。
「発売はまだ先の事ですよ。まず、ローカライズをしなきゃいけませんからね。
タイトルはゼルドの伝承と、テトラスを中心としたレトロゲームのセットです」
「あら、良いセンスじゃない。ゼルドは好きよ」
「うむ。テトラスは何となくやり込んでしまうな」
二人とも、既に未翻訳版をプレイしているのだろう。ゲームを称賛し始める。
これはいけそうだ。
ただ今日はもう、サニアさんもガレナさんもぐったりした感じだ。
「翻訳作業は明日からにしましょうか。最後に、お土産でも食べます?」
「お土産? なんだそれは」
顔を上げるガレナさんに、私は頷いて袋を取り出す。
「はい。カナダという国のメープルシロップを使ったクッキーです」
私が袋を開けてテーブルに置くと、サニアさんはヒョイとクッキーをつまんで食べる。
「あら、甘いわね。変わった味だわ」
「うむ、疲れた体に良いな」
二人ともパクパクと食べていく。
割と良いのかもしれない。
「このシロップ、マルデアで売れると思いますか」
「うむ。売る場所さえ確保できればな」
ガレナさんは現実的なことを言う。
地球産の食品をお店に置いてもらえるのか。それが問題だ。まあ、かなり難しいだろう。
ゲームとは違って、腹の中に入れるものだからね。
でも瓶で千本ももらったし、せっかくだからマルデアの人たちに少しでもいいから食べてもらいたいとは思う。
悩んでいると、サニアさんが助け船を出してくれた。
「知り合いでお菓子屋さんをやってる人がいるわ。その人に見せてみる?」
「本当ですか。じゃあ、お願いします」
翌日。サニアさんに紹介されて私は首都圏にある小さなお店に向かった。
コリフォン菓子店と呼ばれる、こじんまりとしたお店だ。砂糖菓子を中心に売っているらしい。
出迎えてくれたのは、白い髪の女性だった。
「店長のキャシー・シェラードです。
といっても、個人でやってるお店だから大したことないんだけどね」
そう言って、軽く笑って見せるシェラードさん。とても良い人そうだ。
「リナ・マルデリタです。うちも社員三人の小さい会社ですが、よろしくお願いします」
「よろしくね。サニアに聞いてるわ。あなたたち、地球の製品を売ってるんでしょ。
私地球の事は全然知らないけど、サニアが美味しいって言ってたから気になったのよ。
何か珍しい甘いものがあるんでしょ?」
「はい。こちらのメープルシロップになります」
私はまずシロップの瓶を取り出し、テーブルに乗せる。
「へえ。液体の甘味料なんて、珍しいわね」
彼女は瓶を開けて、味見を始める。
「甘いわ。シュガーとはだいぶ違う味わいね」
「はい。こちらがそれを使ったお菓子です」
私がクッキーを取り出すと、シェラードさんは目の色を変えた。
「可愛い! 葉っぱのクッキーなのね」
それを口に運ぶと、彼女は言った。
「美味しいわ。これ、うちでも出していいかしら。もちろん、私なりにアレンジはするつもりよ」
「ええ、もちろんです」
シェラードさんは、すぐにメープルシロップの発注を決めてくれた。
ただ個人のお店なので、最初は瓶を十五本ほどだ。
「ふふ、サニアがとっても楽しそうに仕事の話をするから、きっと面白い事をしているんでしょうね。
私もこのシロップをモノにして、うちの商品にしてみせるわ。
できるまで時間がかかると思うけど、お互い頑張りましょう」
「はい!」
彼女と握手をして、私はその店を出た。




