第百四十九話 ただいま
何という事だろうか。マルデアにおける六つの銀貨の初制覇者は、精霊様になってしまった。
ゲームボイのソフトはミニスケールで、難易度も優しいものが多い。
とはいえ、初めてのゲーム体験であっという間にクリアしてしまうなんて、さすが精霊というべきかな。
「あー、楽しかったわ。こんな遊びがあるなんて知らなかったわねえ。
誰が作ったのかしら」
満足げな笑みを浮かべるお姉さんは、しっかりマルオを満喫したようだ。
「あのおっきい人が持って来たんだよ」
「マルデア人の、リナさんですわ」
王女様がこちらを指さすと、精霊様はフワリと立ち上がる。
「あらあら、お客さんだったのね。マルオを作ったのは、あなたかしら?」
母性たっぷりの笑みを見せる神々しい存在を前に、思わずコクリと頷きそうになる。
ただ、さすがにその地位を騙るのはおこがましい話だ。
私はあくまで、文化を運び届ける立場。
ゲームを生み出したクリエイターたちの名誉を奪うわけにはいかない。
「いえ。それは地球の人たちが作ったゲームボイという娯楽品です。
私は地球からゲームを輸入して、妖精の里に持って来ただけなんです」
私の説明に、精霊様は驚いたように目を丸めた。
「地球……。そう、面白いものを作る星があるのねえ」
「おう! ちきゅうのメシとゲーム、とってもウマい!」
フェルがビシリと親指を立てると、ママさんは楽しげに笑う。
「あら、うちの子も知らない間にお世話になってるのね。
そういえば、あなたの魂にも『ちきゅう』の血が混じってるみたいだけど」
「え……。ほ、本当ですか?」
驚いて問い返すと、彼女はクスクスと小さく笑う。
「うふふ、何となくわかるわ。
そうだわ。楽しいものを持って来てくれたあなたに、少しだけお礼しなきゃいけないわね。
何が良いかしら……」
精霊様は少し悩んだ後、何か思いついたのか指を立てる。
すると、宙に『?』マークのついたボックスが現れた。
「これ、マルオの……?」
「うふふ、何が出るかわからない箱って、楽しいアイデアよね。
これを叩けば、ちょっとだけ素敵な事が起きるわ。地球に行った時に使ってみてね」
「は、はあ。ありがとうございます」
私はありがたく、?ボックスを受け取っておく事にした。
「おかーさま、私もほしい!」
「オレもー!」
すると、妖精たちも母親におねだりし始める。
「はいはい。じゃあ、あなたたちにはこれね」
精霊様は再び指を立て、今度は色の違うボックスを生み出した。
「わーい!」
「ひゃっふー!」
妖精たちは満面の笑みで拳を突き上げ、ボックスの下面を叩く。
コイーン。
すると謎の音がして、箱の上から小さな光が飛び出してきた。
「ふぃぃぃぃ」
可愛らしい声を上げたそれは、よく見ると小さな小さな妖精だった。
コイーン。コイーン、コイーン。
フェルクルがボックスを叩くたびに、妖精の子どもが箱から生まれ、飛び出してくるのだ。
「おお、新しい仲間たちが次々と……」
「誕生の瞬間だわ……」
王女様たちも、感激したようにその様子を眺めていた。
なるほど、母親というのは本当らしい。
精霊様の力によって、フェルクルは生まれる。
その奇跡の瞬間を私は垣間見ているわけだけど。
ボックスから出て来るとなんか、お気楽に見えちゃうよね。
生まれ落ちたフェルクルは、空中を漂いながらキャッキャと笑っている。
そんな赤ちゃんたちを囲み、妖精たちはみんなで仲間の生誕を喜んでいた。
満月の夜の生誕祭。
それは神秘的で、愛に満ち溢れていて。
撮影するのも気が引けるような、美しい一時だった。
その日は、新たに十四人のフェルクルが生まれた。
里は喜びに溢れ、優しい母に見守られて、ゆっくりと眠りについたのだった。
翌朝。
起きてみれば、もう精霊様の姿はなかった。
新たに生まれたフェルクルたちは、みんなに助けられておぼつかない羽を広げ、空をゆっくりと舞う。
「ふぃいい」
楽しそうに声を上げる新生フェルクルは、人族の赤ちゃんとは違って、既にある程度体が出来ているようだ。
生まれて一日も経たないのに、仲間たちに交じって一緒に遊び回っていた。
ゲームボイのボタンを意味もわからずベチベチ叩いている子もいる。
「ここのボタンを押せば、弾を撃つんだよ」
「びー、びー!」
赤ちゃんフェルクルが操るツインBは、軽く弾を撃った後で爆死していた。
「きゃっきゃっ」
だが、彼女はゲームオーバーの画面で大喜び。なかなか素質のある子だよね。
さて。
彼女たちの可愛らしい姿をずっと見ていたい所だけど、私には仕事がある。
「では、そろそろ私はお暇しますね」
「そう。ありがとう、リナさんのおかげでいい生誕祭になったわ」
王女様と挨拶していると、他の妖精たちもやってきた。
「さんきゅー!」
「ばいばーい!」
「またゲームもってきてね!」
フェルクルたちに手を振り、私は里を出た。
「そういえば、どうやって戻るの?」
「昨日の場所に、ゲートが残っているはずじゃ」
草場じいさんの案内で、私は再び草原のゲートに入った。
「ひぁぁぁぁぁ!」
またグワングワンと頭を揺らすワープ。
どうやら、ここを経由するのは必須らしい。
頭を抱えて我慢していると、体がドサリと地面に横たわった。
温かい日差し。そして、懐かしい地元の景色。
ああ、吐きそう……。
「あれ、リナねーちゃんだ」
「何してんの?」
ぼんやりと駄菓子屋キッズたちの声がする。
どうやら、我が家の前に戻ってきたらしい。
「あら、リナ。出張は終わったの?」
店番をしていたお母さんの声に、私はふと我に返る。
里での事は、夢のような体験だった。
ほんとに夢だったのかな。
輸送機の中を確認してみると、そこには報酬のドングリが大量に入っていた。
そして、精霊様にもらったボックスが一つ。
どうやら、あれは現実に起きた事だったようだ。
「うん、上手く行ったと思う」
「そう。お帰りなさい。そろそろお昼にするから、フェルちゃんもいらっしゃい」
「うっしゃー!」
ご飯と聞いて、フェルが元気いっぱい家に飛び込んでいく。
私はベンチに腰掛け、ちょっとだけ酔いを醒ます事にした。
マルデアの空は、今日も変わらず青く広がっていた。