表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

167/171

第百四十六話 里へ


「あなたたち、一体何を騒いでいるの?」


 澄んだ高い声が、辺りに響き渡った。

 振り返ると、何やらキラキラと光り輝く存在がそこにいた。

 フワフワとした長い金髪と白い帯に包まれた、一際目立つ妖精の少女だ。

 後ろには、髭を生やしたいぶし銀なフェルクルが控えている。


「あ、王女さまだ!」

「王女ちゃまが来た!」


 そんな彼女を見つけて、妖精たちが騒ぎ出す。 

 どうやら、里の王女様らしい。


「材料集めに出たまま帰ってこないと思ったら、こんな所で遊んでいたのね。まったく……。

そちらの大きな人は、マルデア人かしら?」


 不機嫌に眉を寄せ、鋭い目で睨み上げる王女様。


「あ、はい。リナ・マルデリタと申します」

「王女さま。この人、面白いもの持って来てくれたんだよ!」

「ツインBっていうの!」


 アーケードを紹介する妖精の子たちに、王女の側近が腕組みをする。


「ふむ。マルデアの商人が、娯楽品を売り込みに来たようですな」

「ええ。それにしても、随分と大きいわね……」


 王女様はフワリと優雅に羽を広げ、台の上に乗った。


「このボタンで撃って、こっちの棒で移動するんだ」

「出て来る敵をやっつけるのよ」


 妖精たちに教わり、王女様は恐る恐るボタンを押す。

 すると、ツインBが弾を撃ち始める。


「わあ、撃ったわ……」


 初めて体験する遊びに、プリンセスは目を輝かせていた。

 彼女は台の上に座り、画面を見上げて機体を操作し始める。

 だが……。


「ゴホン。姫、今は公務中ですぞ」


 側近の髭おじさんが咳払いすると、王女様は慌てて立ち上がる。


「そ、そうね。遊んでる場合じゃなかったわ」


 未練があるようだったけど、彼女は慌ててゲームをやめて飛び上がる。

 そして王女のキリっとした顔を取り戻し、こう告げた。


「マルデア人の商人よ。ここに来たという事は、仲間の紹介によるものでしょう。

来訪は歓迎するわ。でも、今は商談どころじゃないの。悪いけど、少し後にしてもらえるかしら」

「え、ええ。構いませんが」


 まあ、勝手にこちらが押し掛けたんだしね。

 用事が終わるまでは待つしかないだろう。


「皆の者も、枝を拾ったら戻って作業に入るぞ! 生誕日はもうすぐじゃ!」


 側近が手を振りかざすと、妖精たちも思い出したように立ち上がる。


「はぁーい」

「いっけね、忘れてた!」


 彼らは自分の荷物を手に取り、森の奥へと飛んでいく。

 妖精も働いたりするのだろうか。


 私は興味を惹かれ、彼らについて行く事にした。


 深い木々を抜けると、そこには小さな木造りの家々が見えた。

 私の膝くらいまでの大きさの可愛らしい建物が、何十、何百と立ち並ぶ。

 町の中には、見た事もない数のフェルクルたちが飛び交っていた。

 どうやらこれが、正しく妖精の里らしい。


「へえ、フェルクルも家を作って暮らすんだね」

「うむ。定住したい者は、そうしておるな」


 草むらじいさんが頷きながら説明してくれた。


 家を建てる者もいれば、木の上で寝たりする者もいるとか。

 さすがは自由奔放なフェルクル、ライフスタイルも多様である。


 空き地では、妖精たちが集まって何やら作業をしていた。


「もっと太い枝を持ってこい!」

「椅子が全然足りんぞー!」


 小さな小さなテーブルが幾つも並べられた、大きな広場。

 妖精たちは魔力で枝の形を変え、器用に椅子を作り上げている。


 奥には、祭壇のようなものも見えた。

 何かの準備をしているのだろうか。


 先ほどの王女様が、空からその様子を眺めていた。


「姫。祭りの用意は何とか整いそうですぞ」

「料理の方も、明日のために沢山の果物を集めました」


 側近たちが、彼女に段取りを報告している。


「ええ、ありがとう。でも……、まだ何かが足りないわ」


 しかし王女様は、不安げに眉を落としていた。


「お祭りをやるんですか?」

「ええ。明日はお母さまがお帰りになる『満月の日』なの」

「お母さま?」

「我々フェルクル族は、みな等しく精霊様の子じゃ。

精霊様は我らに恵みを与えるため、年に一度だけ姿を現す。それが明日の、満月の夜じゃ」


 老フェルクルが空を見上げながら言った。


 この星では、年に一度だけ月がまん丸に輝く。

 その夜は、星に魔力が満ちると言われている。

 フェルクルたちにとっても、大事な日らしい。


「なるほど。大事なイベントなんですね」


 私が神妙な面持ちで頷くと、おじいさんはとぼけた表情で首を横に振った。


「いんや、別にお祭りを開く必要はない。実際、これまでは何もしなかったからのう。

ただ、母なる精霊に会って特別な日の喜びを分かち合うだけじゃった。

じゃが、今年は姫がお祝いをしたいと言い出しての。

我々も乗り気になって、今準備をしておるわけじゃ」

「はあ……」


 フェルクルは自由な種族だ。

 だから、決まり事は一つもないのだろう。


「で、何が足りないんですか?」

「ええ。実は私たち、パーティなんて自分たちで開いた事がないの。

いつもはみんな、好き勝手に飛び回って遊ぶだけだから。キッチリした催しなんて初めてなの。

それなりに用意はしてみたんだけど、何となく物足りないのよ」


 そう言って、彼女は広場を見下ろす。

 確かに、広い会場と豪華な食事は用意できている。


 でも、何かが足りない。

 それが何か、彼女たちにはわからないのかもしれない。


 こんな古代世界みたいな場所だと、文化もあんまりないのだろう。


 太鼓や草笛を使って遊んでいるフェルクルはいるけど、それ以上のものはなさそうだった。

 原始的でシンプルな世界だ。


 里の雰囲気を眺めていると、王女様は思い出したように言った。


「そういえばあなた、商談に来たと言っていたわね」

「は、はい。里の皆さんにゲームという娯楽品をお届けしたいと思いまして」

「そう。確かに、あれは楽しそうだったわね。

なら明日、その『げーむ』を使ってお祭りを盛り上げてもらえないかしら。

仲間たちが喜ぶようなら、あなたの商品を買い取らせてもらうわ」

「ほんとですか?」

「ええ。私たちは自由に遊ぶばかりで、こういう事に疎いの。

あなたなら、楽しい時間を作れるんじゃないかしら?」


 試すように微笑む王女様。

 これは、願ってもないビジネスチャンスだ。


「ええ。わが社は娯楽企業です。楽しい催しの演出なら、お任せください」


 ニッコリ営業スマイルを決めて見せると、王女様は嬉しそうに頷いた。

 だが、側近はあまり快く思っていないようだ。


「姫。いくら仲間が招待した客人とは言え、余所者に祭りの指揮を任せるような真似はどうかと思いますぞ。

我らの祭りは、我々妖精の手でやるべきでしょう」


 渋い顔を見せるおじさん妖精に、王女が振り返る。


「じゃあ、じいやに何かいいアイデアがあるの?」

「う……」


 姫が問い返すと、側近は図星をつかれたように押し黙った。


「私はお母さまや、里のみんなが喜ぶような事をしてみたいの。

明日は、特別な日だから」


 彼女は胸元で静かに手を重ね、こちらに向き直る。


「草場のじいやが、あなたは良いマルデア人だと言っていたわ。

もちろん、この依頼自体の報酬も用意するわ。お祭りが上手く行ったら、上等なドングリを五百個でどうかしら」


 ああ。やっぱり王女様もドングリなんだ。

 ていうか、やっぱりあのじいさんは『草場のじいや』なんだね。

 可愛らしい少女に噴き出しそうになるのを抑えながら、私は頷いてみせる。


「わかりました。明日のお祭り、バッチリ盛り上げてみせましょう!」

「では、お願いしますわ」


 手を差し伸べると、王女様は私の指を両手で握りしめる。

 まあ、これで一応握手という事にしておこう。


 さて、久々に私の腕が試される依頼が舞い込んでしまった。

 でも、ぬかりはない。


 ゲーム以外にも、フェルクルの気を引くためのアイテムは用意してきた。

 私は輸送機の中を確認しながら、明日の準備を進めるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 妖精女王と取引! これまではされてこなかったイベントに当たる リナちゃんはやっぱり神様に愛されているのかも( ꈍᴗꈍ) 妖精の母となるとティターニアみたいな感じなのかな [一言] 妖精た…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ