表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

166/171

第百四十五話 妖精の里


 駄菓子屋前のアーケードには、今日も妖精たちが群がっている。


「そこに青を置いたら四連鎖だよ!」

「いけーっ! ふぁいおー! あいすすたーーーーむ!」


 彼らは知恵を出し合い、連鎖ボイスを一緒になって叫んでいた。

 なんかぷやぷやが好きみたいで、仲間のフェルクルたちも大勢で観戦していた。


 近所の子どもたちが学校に行ってる間は、駄菓子屋は妖精の縄張りみたいになってる。


「スタ2、五回分入れて!」

「はいはい、ちょっと待ってね」


 お母さんも嬉しそうに、小さいお客さんたちから粉付きのドングリを受け取っていた。

 フェルクルが来るようになってから、うちのアーケードはフル回転だ。


 ただフェルはその輪には入ろうとせず、手元の小さな箱でピコピコ遊んでいた。

 それに気づいたのか、仲間の妖精たちがフワフワと飛んできた。


「おいフェル、なに持ってるんだ?」

「ふふん。これはわちしのゲーム機じゃ!」


 フェルが自慢げに手に持ったゲームボイを見せつけると、彼らは目を輝かせた。


「おおーっ、なんだこれ!」

「すごーい! フェルが持ってるの!?」


 自分で所有するゲーム機。

 それは、やっぱり特別なものだ。

 

 スウィッツもアーケードも、フェルクルたちが持つには大きすぎる。

 手ごろな大きさだからこそ、自分のものという感覚が生まれるのだ。


「ちょっとやってみる?」


 私は幾つか用意した試遊機を、ベンチの上に置いてみた。


「へえ、ちょうどいい大きさじゃん」

「これ知ってる、マルオだわ!」


 フェルクルたちは興味津々と言った様子で、ゲームのボタンをベシベシ叩く。


「ジャンプ、ジャンプ! きゃははは」

「これ、ほしいなあ」

「おうちに持って帰りたいわ……」


 小さな妖精たちは、指をくわえてゲームボイを見下ろしていた。

 反応は上々だ。


「ねえ、綺麗なドングリ五個見つけて来るから、これちょうだい!」

「私も、私も!」


 ただ、本格的に妖精たちと商売をするには、個別に売るだけじゃダメだ。


「できれば、妖精の里にこれを売りに行きたいんだけど。

連れて行ってくれるなら、みんなにゲームボイあげてもいいよ」

「ほんとっ!?」

「確か、じいちゃんが行き方知ってたよな」


 みんな乗り気のようだ。

 と、フェルクルたちの中からいつものお爺さんが出てきた。


「ふむ……。お前さんはフェルに好かれる良いマルデア人のようじゃ。里に案内してもいいがの」

「本当ですか?」

「うむ。じゃが、マルデア人があそこに辿り着くのは一つの試練となるじゃろう。

何しろ、だいぶ酔うからのう」

「酔う?」


「うむ。言っておくが、胃の中身の無事は保証できんぞ。

無事に辿り着いても、妖精王に話ができるかどうかはお主次第じゃ。

どうじゃ、覚悟はあるかの?」


 試すようにこちらを見上げる妖精じいさん。

 何が待っているかは知らないけど、車酔いとかは基本的に苦手だ。

 でも、ゲロ一回で行けるならまあいいんじゃないだろうか。


「……あります。ぜひ連れて行ってください!」

「いいじゃろう。では今すぐレッツ……」

「いえ。ちょっと準備します」


 その場のノリで行こうとするフランクなおじいさんに、さすがに私はストップをかけた。


「むう、ノリが悪いのう。ここは突撃する所じゃろうが」

「早く行こうぜー!」


 不満げにするフェルクルたちは、相変わらずフリーダムだ。

 だが、行くからにはガッチリ勝ちを取りたい。


 私は一晩かけて商談の用意をし、明日に備えるのだった。




 そして、出発の日。

 私のお腹は、結構パンパンだった。

 

「くう……。昨日いっぱい食べちゃった」

「うまかった!」


 昨日は私の大好きなケルベラスのから揚げだった。

 お母さんめ、嫌なタイミングで好物を出してくるよ……。

 これはちょっとゲロっちゃうかもしれない。

 

 と、ウチの前に妖精たちがやってきた。


「準備は整ったようじゃの」

「はい。じゃあ、途中まではワープステーションで……」

「その必要はないぞ」


 駅に向かおうとする私を、おじいさんが止めた。


「え、近くにあるんですか?」

「近くはないが、遠くもない。つまり、こういう事じゃ」


 老妖精はフワフワと大きな木に近づき、太い幹に声をかけた。


「古き大木よ。我らの故郷に帰りたいんじゃが、道を出してくれんかのう」

『いいよー!』


 突然、木が異様に明るい声を上げた。

 なんだこれ……。うちの前の木が喋るとか、聞いてないよ。


 大木が口を開くと、その中に空間のひずみが……。

 どうやら、これが里への道らしい。

 この星の神秘は、まだまだマルデア人にもわからない事が多い。


「おおっ、クロナみたい!」


 驚くフェルの例えはもはやゲーマー化している。

 確かにクロナ・トルガーで時空を超える時に出て来るゲートみたいだ。

 ただ妖精用なのか、ちょっと私が入るには小さい気がする。


「さあ、里へ行くぞい。ここに入るんじゃ」


 じいさんは勢いよくゲートに飛び込んでいく。 

 妖精たちは木の幹に吸い込まれ、消えていく。


「リナ、一緒に行く!」

「う、うん」


 私はフェルに促され、恐る恐るゲートに指を触れた。


 すると、私の体が一気に幹の中に吸い込まれていく。


「うわあああああああああああ!」


 中はなんかもう……、完全に歪んだ空間だった。

 体が安定せず、私はグルグルと回転しながら奥へと進む。


「きゃははははははは!」


 フェルは肩につかまりながら、楽しそうに笑っている。

 どうかしてるよこの子……。


「フェル、とめてえええええええ」


 私は叫びながら、空間の彼方へと飛んでいくのだった。


 そして……。


 突然重力を感じ、私はドサリと地面に落ちた。

 ゲートを抜けたのだろうか。

 地面から生える沢山の草が足をくすぐる。


 空は青く、妖精たちがフワフワと飛び交う。

 なんか、彼女たちをキラキラした魔力が覆っている。


「おお、ここ、凄いパゥワーがある!」


 フェルも異変に気付いたらしく、自分を覆う謎の光に嬉しそうだ。 


「ここは……」


 明らかに、普段暮らしている場所とは違う。

 まるでマルデアの伝承に聞く、古代世界のようだ。 


 正にタイムスリップしたような感覚に包まれていると、妖精たちがこちらに気づいたらしい。


「おい、でっかいのがいるぞ!」

「なんだあいつー!」


 なんか私が巨人みたいに見られている。

 私が歩み寄ると、彼らは警戒するようにビュンビュンと草むらの中に隠れる。


「ちかづいてきたぞっ」

「里を襲うつもりかしら……」


 まるでガリバー旅行記のようだ。


「悪者め、くらえーーーっ」


 たまに勇敢な子が突撃してくるけど、私のお腹にポコンと当たっては落ちていく。

 あんまり力はないようだね。


 とりあえず、敵じゃない事を証明しないと。


「私は悪い事なんてしないよ。君たちの仲間に案内されて来たんだ」

「え、ほんと?」


 突進を止めて顔を上げる妖精に、草場じいさんが頷く。


「うむ。わしらが連れてきた娘っ子じゃ」

「リナ、割といいやつ」


 フェルも一緒になって説明してくれた。

 割といいやつってどういう意味だろうね。


「なるほど。あんたが同胞と仲良しなのはわかった。それで、里に何の用だい?」

「リナは、めっちゃおもろいゲームを売りに来た!」


 フェルが両手を広げて胸を張る。


「面白いもの?」

「なにそれーっ」


 と、隠れていた妖精たちが顔を出す。

 やっぱりフェルたちと同じで、楽しい事が好きなのだろうか。


 ともあれ、プレゼンのチャンスだ。

 ただこの子たちは、ゲームのゲの字も知らないはず。


 ゲームボイを売り込む前に、まずはビデオゲームがどういうものか紹介しなければならない。

 もちろん、そのためのアイテムもしっかり用意している。

 最初はやっぱり、派手なものがいいだろう。


 私はポケットから輸送機を取り出し、その場にアーケードを設置した。


「な、なんだこれっ!」

「でっけー!」


 現れた巨大な機械に、妖精たちはギャアギャアと騒ぎながら近づいて来る。

 携帯型の魔力源を電源に繋ぐと、画面に光が付いた。


 映し出されたのは、さわやかな空。

 そして、その中を飛ぶ二つの可愛らしい飛行機だ。


 そう。

 ゲームボイにも収録されている協力型シューティングゲーム、『ツインB』である。

 今回は一緒に、アーケード版も用意したのだ。


「どうやって遊ぶの?」

「ここを押すのかな」


 さっそく、台の上についたボタンを手あたり次第に叩き始める妖精の子たち。

 すると、二機のツインBたちが上に向けて弾を放ち始める。


「あ、なんか撃った!」

「すごーい!」


 それだけで楽しいのか、妖精たちは画面を見上げながらバンバン叩いて撃ちまくる。

 すると、上からやってきた戦闘機が次々に撃ち墜とされていく。


「やった、なんか敵をやっつけたぞ!」

「わたしもやるーっ!」


 二人がわいわい言いながら撃っていると、今度は上から金色のベルが降って来る。

 それを右の少女が取ると、撃つ弾の量が二倍に増えた。


「わあ、強くなったわ!」

「すげー! 俺も金色のやつ取るっ」


 ベルでパワーアップするのは、ツインBのお約束だ。

 さすがは一世を風靡した大人気ゲーム、しょっぱなから妖精たちが盛り上がっている。


 1985年に誕生したこのシリーズの特徴は、とにかく明るい世界観だ。


 どうしても戦争のイメージがつきまとうシューティング・ジャンルに、可愛いキャラと協力システムを導入。

 幅広い層が楽しめる、華やかで楽しいゲーム体験を実現した。


 今回持ち込んだのは、1991年に発売された『出たな!ツインB』という機種だ。

 スーファム時代を感じさせるカラフルなグラフィックは、このタイトルにピッタリである。


 二人が撃ちまくりながらステージを進めていくと、巨大な赤いカニのような敵が現れた。


「なんだこいつ!」

「でっけー!!」


 初めてのボスの登場に、妖精たちは大騒ぎだ。

 カニさんは口から大きな泡を噴き出し、ツインBたちを攻撃する。


「なんか撃って来たぞ!」

「よけろー!」


 妖精たちは協力してレバーを操作し、右に左に敵の攻撃を必死に避ける。


「こっちも攻撃だ!」

「うてーーー!」


 そして、ボタンをバンバン叩いて巨大なカニを撃ちまくる。


 だが、やはり初めてで操作がおぼつかないようだ。

 カニの右手から放たれる弾に当たり、二人とも墜落してしまった。


「ぎゃあああ、やられたぁぁぁ」

「もうダメェ……」


 コンテニューという概念さえ知らないのだろう。

 妖精たちは、一回やられたらおしまいとばかりに台の上に倒れ伏していた。

 この辺のノリはみんな一緒だね。


「大丈夫だよ。何回でもやり直せるからね」


 私がクレジットを追加してあげると、小さな子たちがガバリと起き上がる。


「ほんとかっ」

「よーし。今度はあのカニをぶっ倒すぞ!」


 みんなで再度挑戦と意気込んだ、その時。


「あなたたち、一体何を騒いでいるの?」


 澄んだ高い声が、辺りに響き渡った。

 振り返ると、何やらキラキラと光り輝く存在がそこにいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] リナちゃん頑張って! ヒロインにはガマンせねばならない時があるんや…(ʘᴗʘ✿) 妖精界はやっぱり近くて遠いんですね… ツインBだ!はよくエンジンのを遊んでましたね。 1面ボスはやっぱり…
[一言] わはーい! 出たな! だーー!  ちなみにご存知かもしれませんが、呼称はまんま“メカガニ”とか言う雑なやつ。  ボス戦で画面はじにレールが見える事から、ツインB側の博士が壊した後に修理して…
[良い点] >>「古き大木よ。我らの故郷に帰りたいんじゃが、道を出してくれんかのう」 >>『いいよー!』 爺ちゃん連中(古き大木含む)ノリいいなあ [気になる点] >>綺麗なドングリ五個見つけて来る…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ