第百四十二話 彼の思い出
「僕だけじゃないんだ。あいつらは弱いヤツを見つけては、金品を奪ってるんだよ」
この話がリナに届けば、何かが変わるんじゃないか。
何となくそんな願望もあった。
でも、フェルの言葉は予想とは違うものだった。
「じゃあ、ケイルが取り返せばいい」
「む、無理だよ。僕一人の力じゃとても……」
自分でも情けない気分だったけど、肩をすくめるしかなかった。
すると、フェルは手を広げてこう言った。
「じゃあ、わちしが力を貸してやろう!」
「えっ……」
メキシコの火山で、妖精の少女はリナに大きな力を与えた。
ファンの間では有名な話だ。
そんな英雄の片割れが、僕に……。
そう考えると、信じられない話だった。
「ぼ、僕なんかに……」
僕なんかに、できるのだろうか。
迷う瞳で見上げると、少女は腕組みして言った。
「悪い奴、やっつけなくていいのか?」
その言葉は、ヒーローコミックを読み続けてきた僕を試しているようだった。
そうだ。
目の前にチャンスがあるのに、安全圏でナヨナヨしてるだけじゃ何も変わらない。
なら、やらなきゃ。
僕は立ち上がり、決意を固めた。
「わかったよ。フェル、力を貸してくれないか?」
「おうっ」
妖精の少女はそう言って、僕の胸ポケットに飛び込む。
『光パゥワァァー!』
その叫びと共に、彼女が輝き出す。
すると、僕の体に何か得体の知れない何かが流れ込んできた。
「な、なんだこれ……、すごいっ」
何となくだけど、感覚でわかる。これは、悪者を撃ち倒す力ではない。
もっと別の何かだ。
やっぱり、この子はリナの相棒だ。
暴力だけではこの件を根本的に解決できない事をわかっているらしい。
僕はこの力で、一瞬だけヒーローになる。
「ケイル、行くぞ!」
「う、うん!」
僕たちは臨時のコンビになり、繁華街へ向かった。
今の時間なら、連中はこのあたりでたむろしているはずだ。
と、路地の方から声がした。
「こ、これはダメだよ。こないだ買ってもらったばっかりなんだ」
「いいから、貸してくれっつってんだよ」
案の定、また弱い物から奪おうとしているらしい。
あいつらに物を貸して、帰ってきた事なんて無い。
僕はゲームセンターの脇にある細い道を進み、奴らの溜まり場を覗き込む。
倉庫の前で、不良たちが怯える少年を取り囲んでいた。
彼らもリナの活躍を見て、彼女の優しさを目の当たりにしているはずだ。
人を思いやる事の美しさを、僕と同じように見ているはずだ。
なのに、なぜ平気であんな事が出来るのだろうか。
時に僕は、人間の神経という物が理解できなくなる。
だが、ああいう奴らはどこにでもいる。
それが現実なのだ。
こんな時ヒーローなら、リナならどうするか。
そんなの決まっている。
「お前たち、何をしてるんだっ!」
意を決して、僕はその中に飛び込んで行った。
「ああ?」
「何だお前、ケイルじゃねえか」
不良たちはこちらを振り返ると、再び顔をにやつかせる。
「おいおい、リナのお人形返せ~ってか?」
「ぎゃははは、オタクすぎんだろ」
舐め切った態度で笑う彼らに、僕は胸を張って対峙する。
「僕だけじゃない。そこの彼や、他の弱者たちをいじめるのはもうやめろ。奪ったものは全部返すんだ」
堂々と言って見せると、彼らはポケットから手を出してこちらを睨む。
「いい度胸じゃねえかケイル。ボコボコにされたいらしいな」
「へへへ。ここにゃお前を助けてくれるヒーローなんて、いないんだぜ」
手をゴキゴキ鳴らしながら、にじり寄る男たち。
正直、怖かった。
僕は喧嘩のやり方すら知らない。
本来、こんな場では何もできない人間だ。
でも、僕にはフェルにもらったパワーがある。
それは、物理で敵をねじ伏せる力ではない。
「はぁぁっ、光パゥワーーーーーーーー!」
どうすればいいかは、なぜかわかった。
手を広げて叫ぶと、周囲がまばゆい光に包まれていく。
「くっ、何だこれっ」
「目がっ……」
不良たちは一様に手で目を覆い、苦しそうに呻く。
ただのフラッシュ技、というわけでもない。
多分これでもう、ケンカは終わりだ。
この光には、彼らの良心を増幅させる力がある。
僕にはなんとなく、それがわかった。
しばらく眺めていると、不良の一人が顔を上げた。
「……、待てよ。俺らなんでこんなチンピラみたいな事してるんだ?」
「ああ、何か漫画に出て来る雑魚敵みたいだったな……」
彼らは顔を青ざめさせ、自虐的に語り合う。
「やべえよ、俺カツアゲとかやっちまった……」
「母ちゃんに叱られる……」
なんかもう、同情するくらい反省していた。
これ以上、何も言う事は無いように思えた。
「ケイル、悪い。変な出来心だったんだ」
純真な目に戻った男たちは、すぐに僕のフィギュアを返してくれた。
「これから、出来る限り返せるものは返すよ」
「悪かったなケイル。むかついてるなら、俺を殴って良いぞ」
「あ、あはは。別にいいよ」
頬を突き出してくる元不良に、僕は苦笑いするしかなかった。
何度も謝罪を受け、お金まで返してもらった後、僕は彼らと別れた。
「やったな、ケイル!」
ポケットからガッツポーズを見せるフェルに、僕は頷く。
殴り合いなんてせず、平和にまるっと解決してしまう。
それがリナたちのやり方なんだろう。
僕が憧れるヒーローは、やっぱり最高だった。
「ありがとうフェル。君のおかげで、あいつらもチンピラをやめそうだよ」
繁華街を歩きながら、僕は妖精の子と話をした。
「ふふ、わちしのパゥワー、すごかった」
「はは、そうだね。お礼に何かして欲しい事はあるかい?」
問いかけると、彼女は路上にある屋台を指した。
「あれ、うまそう!」
やっぱり、グルメ妖精らしい。
そこで売っていたのは、ニューヨーク名物『ロブスターロール』だ。
不良たちから取り戻した金で、僕は一人分を購入した。
エビの肉をガッツリ乗せてグリルしたパンは、ホクホクで食欲をそそる。
フェルは思い切りロブスターに飛びついていた。
「もぐもぐ、うまーーーしっ!」
満面の笑みで、口をべとべとにしながらグルメを楽しむ少女。
動画で見たままの姿に、僕も何だか微笑んでしまった。
と、その時。
屋台に置かれたラジオから、緊急を知らせる音が流れ出した。
『速報です。マルデア大使の相棒として知られる妖精のフェルクルが、国連本部から行方不明となりました。
ニューヨーク近郊で迷子になっている可能性があります。
発見した場合、すみやかに警察に報告をお願いします。
繰り返します。妖精のフェルクルが行方不明に……』
僕はもう、呆然とするしかなかった。
「……、フェル。警察行こうか」
「やだ。もうちょっと遊ぶ」
駄々をこねる妖精の少女。
どうも、僕についてきたのは単なる遊びだったらしい。
この子、わかってるんだろうか。
君が好き勝手に動き回ったら、世界中が騒ぎになるよ。
「リナさんも心配してるから、帰った方がいいよ」
「む……。仕方なし」
大使の名前を出すと、少女はしぶしぶと僕に従った。
うん。リナさんも多分、大変だろうな……。
警察にフェルを届けた後。
なぜか僕までパトカーに乗って、市内へ向かう事になった。
国連のビルに着くと、入り口で桃色の髪をした少女が待っていた。
それは他の誰でもない、リナ・マルデリタだった。
「こらフェル、勝手に出て行っちゃダメでしょ」
「すまぬ」
「それで、お出かけして何かあった?」
「ロブスターロール、うまかった」
二人は少し話し合っていたけど、フェルが僕を指さすと、リナさんもこちらを振り返った。
「そっか。君がフェルの面倒を見てくれたんだね。ありがとう」
「い、いえ……」
むしろ、僕が助けられたんです。
そう言いたかったけど、緊張で言葉が出てこなかった。
「フェルが迷惑かけたから、お礼にこれ、受け取ってね」
「えっ」
リナさんは、マルデアの文字が書かれたシャツを僕に手渡してくれた。
「マルデアじゃ安物だけど、夏は割と涼しいから、使ってね」
「ま、まほ、まほっ……」
魔法の服!?
もはや僕は、口をパクパクさせるしかなかった。
リナさんたちは忙しいのか、すぐ車に乗って空港へと向かった。
僕は立ち尽くしたまま、じっと服を見下ろしていた。
「君、その服はどうするかね。我々で買い取ってもいいが……」
と、国連の人が声をかけてきた。
提示された額は、なんというか天文学的だった。
やはりマルデアの魔法服なのだろう。
「い、いえ……。リナさんがくれたものなので、大事にします」
「そうか。ならば盗まれぬよう、秘密にしておくといい」
スーツ姿のおじさんが、優しく微笑む。
今日の事はきっと、僕の一生の思い出になりそうだった。