第百四十話 アルゼンチンの思い出
その後。
とりあえず小さな町の交番に向かい、私の訪問を報告しておいた。
「え、ええ、間違いありませんとも。本物のマルデア大使です!」
田舎町の駐在さんが慌てて本部に連絡する姿は、なかなか微笑ましいものがある。
ただ、その日はもう辺りも暗い。
私は市長の家で、晩御飯をご馳走になる事になった。
メニューはもちろん、お庭でバーベキューだ。
奮発してくれたのか、網の上には豪勢なお肉たちがズラリと並べられた。
「わお、うまそーっ!」
フェルが嬉しそうに、ぶっといソーセージが火に炙られていく姿を眺めている。
「いやあ、マルデア大使殿に畑を助けて頂くとは。これ以上の誉れはありませんぞ」
市長は自ら率先して肉を焼きながら、嬉しそうに話しかけてくれた。
「いえいえ。こちらこそ、歓迎ありがとうございます。
教団の事は、後始末をお願いしてもよろしいですか?」
「もちろんですとも。貴方の名前を使って悪さする輩は、しっかりと処罰しましょう。
お、焼けてきましたぞ」
市長が大きな牛肉をひっくり返すと、こんがりと焼けた肉の香りが夜に広がる。
『アサード』と呼ばれる肉の網焼きは、塩コショウでガッツリお肉を頂くシンプルなもの。
アルゼンチンの国民食とも言われる、パワフルな食事である。
大きな肉に豪快にかぶりつくと、濃厚な牛のパワーが口の中で溢れる。
「ほふほふ、おいひぃー!」
たまには、カロリーを気にせず思いっきり食べたいよね。
一緒に招待された農家の少女も、ガブガブと肉に食らいついていた。
彼女も立派なアルゼンチン人という事だね。
「リナ、これ、これとって!」
フェルが物凄い勢いで、網の上のソーセージを指さす。
「はい。熱いから気を付けてねフェル」
「おうっ」
皿に分けてあげると、妖精の子が肉の塊に突撃していく。
「もぐもぐ、あつっ、あつっ」
思い切り噛みついたせいで舌が火傷したのだろうか。
彼女はソーセージの上で謎の踊りを披露していた。
「あはは、フェルちゃん可愛い!」
そんな妖精を見ながら、農家の子がキャッキャと喜ぶ。
面白かったので、その様子は動画に撮っておく事にした。
「フェル、味はどう?」
「うまーーーーーーーしっ!」
少女はご満悦のようで、勢いよく次の肉に飛びついている。
この模様は『フェルの食レポ:アルゼンチン編』として、yutubeに上げておく事にした。
すると、妖精ファンたちが超迅速に反応する。
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『フェル様の新しい食事だああああああああ』
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『アルゼンチンのBBQだ!美味しそう』
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『熱そうだなあ。フェルが頑張って食べてる』
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『ふーふーしてあげたい』
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『リナの声もする! 撮影側かな』
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『みんな楽しそうに食べてるね』
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『リナとフェル、二人ともアルゼンチンへようこそ!』
すぐに沢山のコメントがつき、地球のネットは大盛り上がりだ。
フェルのグルメ動画はなんか凄い人気なんだよね。
バーベキューを心行くまで堪能した後。
私は近くのホテルに案内され、その日はゆっくりと休んだ。
翌日は、朝から大層な警備に囲まれ、私たちはアルゼンチンの中枢へと向かった。
首都、ブエノスアイレス。
南米のパリとも呼ばれる、お洒落な町だ。
洋風な街並みの中を首相官邸へ向かい、まずはトップの人たちとご挨拶。
縮小ボックスを渡した後は、恒例の観光タイムである。
案内されて向かったのは、カミニートと呼ばれる地区だった。
このあたりの建物は、パッと見ただけで他所とは全く違う特徴がある。
家の壁からドアや窓に至るまで、全てユニークな色が溢れているのだ。
カラフルな建物が並ぶ、アーティスティックな市街。
ここは、アルゼンチンでも有数の名地らしい。
観光客も多いのか、通りは沢山の人でにぎわっていた。
当然私の髪なんかは、やっぱり目立つわけで。
「きゃあ、リナだわ!」
「この町に来ていたんだな」
「握手してー!」
ちょっと騒ぎになりそうだったけど、警備隊の人がしっかり対応してくれた。
他にも、街中で音楽に合わせてタンゴを踊る人達もいた。
なんてロマンチックな町だろうね。
「きゃははは、わちしもやるっ」
フェルも一緒になって踊り出したけど、やっぱりなんかアホっぽい。
なんせ情熱と愛のダンスだからね。
花より団子を地で行くこの子には、ちょっと早すぎると思う。
まあ、私もだけどね……。
ただ、ここはタンゴ発祥の地でもあるらしい。
せっかくなので、私もフェルに合わせてちょっとだけ踊る真似をしてみた。
「ヒューッ」
「いいわよリナー!」
「妖精さんも素敵よー!」
現地の人たちは、私たちのヘタクソなダンスに声援を送ってくれた。
ブエノスアイレスは、やっぱり賑やかで楽しそうな町だった。
観光を終えた後。
私たちは郊外にある空港に向かい、そこからチャーター機に乗り込んだ。
アルゼンチンとも、これでお別れだ。
空に飛び立つ機内でアルゼンチンのテレビをつけると、どこも私の話題で一色だ。
『マルデア大使がブエノスアイレスに訪れ、我が国の情熱文化に触れました』
ニュースでは、私がちょっとタンゴを踊った映像が流れている。
『リナさんのダンスはとても愛らしいですね』
『ええ、アルゼンチンの町をとても気に入ってくれたようです。
サンタローサの郊外では、大使が小麦畑に魔法をかける映像も撮影されています』
案の定、昨日の様子も撮影されていたらしい。
空からキラキラと輝く粉を撒く私の姿が、VTRで映し出されていた。
ネットを見ても、やはり動画がガンガンSNSに出ていた。
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『大使がついに小麦畑を救った』
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『ゲームから農業まで、マルデア大使の公務が幅広すぎる件』
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『また神の領域に近づいたな……』
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『動画解析が進んでいるが。どうも、魔石じゃない粉みたいなものを使ったらしい』
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『粉……。クスリじゃないよね?』
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『バカな事を言うな。リナが使う粉だぞ。きっと魔法パワーがあるんだろう』
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『しかし、作物の不作まで解決してしまうとはな』
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『あと、マルデリタ教団とかいう詐欺グループを潰したらしい』
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『なんだその怪しげな組織は』
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『地球の恥め……』
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『それより、ブエノスアイレスの観光動画が出まくってるぞ』
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『リナの恥じらいダンスかわいい……』
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『フェルのアホっ子ダンスもキレキレだ』
毎度の事だけど、私の訪問をネタにお祭り騒ぎしてるよね。
まあ、明るい話題になるならそれでいいけど。
さて、南米を北へ飛んでやってきたのは、国連本部だ。
会議室に入ると、外交官たちが一斉に頭を下げる。
「火山の事も含め、マルデリタ嬢には随分とお世話になった。
改めて礼を言わせてもらいたい」
「い、いえいえ」
あちらも礼儀として色々あるらしい。
新しく立派な勲章をもらったけど、まあその辺は割愛して。
会議の本題は、新しいアイテムについてだ。
スカール氏も、小麦畑の件については強く興味を示していた。
「ふむ。魔石とは異なる新しい魔法素材か」
「ええ。マルデアの妖精たちからゲームの対価に頂いた物です」
私が余った粉を取り出すと、高官たちは目を輝かせる。
「これが妖精の粉……」
「神秘的な輝きがありますな」
新たな貿易品の登場に、沸き立っているようだ。
「わちしの粉もやろう。つおいぞ」
フェルが得意げに、羽をバシバシと叩いて粉を落とす。
「か、感謝する。ありがたく使わせてもらおう」
お偉いさんたちは、テーブルに落ちた粉を大事そうにかき集めていた。
なんか面白い光景だね。
「妖精の粉は、生命力を増幅させる力があります。
現状では畑を一つ回復するくらいしか出来ませんが……」
「うむ。取引が拡大すれば心強いな」
私たちはしっかり話し合い、今後の予定を練るのだった。