番外編 リナとめんこ
マルデア星。
昨夜地球から戻ってきた私は、今日はのんびり実家の駄菓子屋を見ていた。
「ふんふんふ〜ん」
母さんは鼻歌を歌いながら、店の商品を綺麗に陳列していた。
新しい品が入荷すると上機嫌になるのが母の可愛らしい所だ。
神田製作所のボックスを開けると、中には円形や長方形の厚紙が大量に入っていた。
「へえ、可愛いわね。五枚セットで売ればいいのね?」
「うん」
母さんは五百枚入りのボックスを二つガレリーナ社から発注していた。
ワンボックスの仕入れ値は60ベル。六千円くらいだね。
小売価格は五枚セットで一ベルだから、全部売れたら100ベルの売り上げになる。
100から60を引いた差額の40ベルが母さんの利益で、仕入れの60ベルがガレリーナ社に入る事になる。
マルデアに消費税はないから、単純計算だけどね。
つまり、五百枚売ったら母さんは四千円くらい儲かるわけ。
駄菓子屋は基本的に、こういう小さな利益を積み重ねていく商売だ。
ただ、この店の販売規模は結構大きい。
母さんの先月の収支表を見れば、一月の売上は12240ベル。
仕入れ値の9980ベルを引けば、利益が2260ベル。
母さん、家事のついでに店やって二十万円くらいの収入あるんだよね。
これはやはりビデオゲームやグッズ、アーケードなど、ゲーム関連商品が販売を伸ばしているのが大きい。
母もいっぱしの経営者になり、昨日もしっかり利益を計算しながらメンコの入荷数を決めていた。
「あら、これ。リナの絵が入ってるわね」
と、お母さんが余計なものを見つけたらしい。
ボックスの中にはなぜか、私をテーマにしたメンコも一セットだけ入っている。
リナとロンドン。リナとスフィンクス。リナと清水寺。
私がこれまで訪問した各国の背景に合わせて、色んな服を着た私が描かれている。
このリナメンコは、主に地球で売るために作ったらしい。
メンコ文化普及のためって言われたら、断れないよね。
マルデア版にもオマケで入ってる。いらないと思うけどね……。
「可愛いわぁ。これは私が買い取って置こうかしら」
娘のメンコを見て、嬉しそうに棚の上に飾り始める母。
なんか私のグッズがちょっとずつ出てきて、恥ずかしい事だ。
「わちしのメンコもある!」
フェルも、妖精が描かれた絵を見つけて大喜びしていた。
さて。午後三時頃になると、学院帰りの子どもたちがやってくる。
「今日なに買う?」
「グミにしよっかな」
「アーケードやるから、お菓子は我慢するぜ」
いつものように安い駄菓子を漁ったり、ゲームを見たりするキッズたち。
と、トッポ君が新しいボックスに気づいたようだ。
「あれ、なんか四角いのがいっぱい置いてある」
「見た事ねえやつだな。カードか?」
「ロッツマンの絵がついてるわよ」
カレンちゃんがメンコを手に取り、不思議そうに眺めていた。
まあ、見ただけではどんな物かわからないだろう。
「これはメンコって言ってね。こういう風に一つ床に置いて、それをもう一枚で、えいっ!」
バシン、と叩きつけると、床に置かれたメンコが風で裏返る。
「これで、敵のメンコが裏になったら勝ちっていう遊びだよ」
「へえー。五枚で一ベルか」
「色んな絵があるわね。ほら、ピーツ姫がヤッスィーに乗ってる」
バリエーション豊かなイラストに、子どもたちは夢中で語り合っているようだ。
遊びとしてはシンプルだけどね。
私の世代にとっては、これがキャラグッズのはしりみたいなもんだった。
「でも、セットの一枚目以外はどんな絵か見えないわね……」
「買わなきゃわからないって事だろ」
セット売りの魅力は、やはり隠された中身だ。
五枚のうち表に出てる一枚以外は、買ってからのお楽しみという事になる。
なんかトビー君が横から覗き込もうとしてるけど、封してるから見えないものは見えない。
「ねえ、お金出し合って買ってみようよ」
「そうだな。この格好いいスタ2セットにしようぜ!」
「マルオのセットも欲しいわ」
トビー君にカレンちゃん、トッポ君の三人でお金を出し合い、五枚セットを二つ購入していた。
早速メンコの封を開け、中身の確認に入る。
「やった、ゲイル入ってるぜ。しかもサマーサルトしてる絵だ! よし、これ俺のな」
「あんたねえ、じゃんけんに決まってるでしょ」
「ぼく、このお相撲さんのがいいな」
所有権を主張し合う子たちは、話し合いで何とか分配を決めたようだ。
「よし、さっそく遊んでみようぜ」
「じゃあベンチの上でやって、下に落ちたメンコが負けでどう?」
「いいわね、わかりやすいわ」
三人で話し合い、ルールを決めて行く。
メンコ遊びのルールなんて、その場その場で勝手に決めればいいのだ。
ベンチの上にまずダルサムのメンコを置き、その傍にエダモンドを叩きつける。
「えいっ!」
すると、風圧でインド僧侶がクルクルと宙を舞った。
「ダルサムよえー」
「さすがお相撲さん、強いわね」
メンコの強さをキャラの強さみたいに語る子どもたち。
私も前世じゃこんな風に友達と遊んだものだ。
ゲンが住んでるマンションのエレベーター前でやって、大人に怒られたりしてね。
ビー玉とかおはじきとか、シンプルな玩具を使って色んな遊びをした。
勝ったから何だという話ではあるんだけど、あの頃の自分にはそれがとても重要な事だった。
「あー、全部裏返っちゃった」
「はっはっは! オレのパワーを見たか!」
トビー君が腰に手を当て、嬉しそうに勝ち誇る。
こうやって何かに打ち込んだ経験が、少しずつ少年を成長させていくのだと思う。
……。多分ね。
「おいフェル、オレと勝負しろ!」
「むむ。わちしとやる気かっ」
調子に乗った少年の言葉に、なぜか大御所気取りの妖精がゆっくりとベンチに飛んでいく。
「対決が始まるんだわっ」
「ごくり……」
カレンちゃんたちが息を呑む中。
大して上手くもない二人が、頂上決戦のような雰囲気で睨み合う。
フェルは、リナと妖精メンコのセットで戦うらしい。
「とりゃっ!」
「それっ!」
ぺしっ。ぺしっ。
分厚い紙が、ベンチに可愛らしい音を奏でる。
「くそ、リナ姉ちゃんのメンコつええな。がっしりして全然ひっくり返らねえ」
「ふぉっふぉっふぉ。倒してみろし!」
リナメンコの上に立ち、胸を張るフェル。
「わかったぜ。見せてやるよ俺の本気! くらえっ、エアアタック!」
トビー君が謎の技を叫ぶと、叩きつけられたメンコから勢いよく風の渦が巻き起こる。
それはリナのメンコを吹き飛ばし、ベンチから遥か遠くに叩き落としてしまった。
うん、あれ風魔法だよね。
「なんだそれっ、反則じゃーー!」
「は? 魔法使っちゃダメなんて誰も決めてないけど?」
拳を上げて怒りを露にするフェルに、トビー君はとぼけた顔で肩をすくめる。
「そうね。魔法無しルールではないわ」
「うん。メンコを通しての攻撃だったし、良いと思う」
審判のカレンちゃんとトッポ君は、トビー君側についてしまった。
「ぐぬぅっ。なら、わちしもやる! 真空・光アターーック!」
べしっ。
フェルのメンコは弱々しくベンチに叩きつけられ、謎の黄色い光を放った。
だが、光には別に相手のメンコをひっくり返すような力はない。
こうかはいまひとつ…、いや、皆無のようだ。
「ははは、何の意味もねえなその光」
「ぬがああああ!」
結局フェルはボロ負けし、自分もベンチの上に裏返っていた。
面白い光景だったので、記念に撮影してyutubeに上げておいた。
すると、思ったより地球から大きな反響があったようだ。
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『これは、魔法めんこと呼べばいいのか?』
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『メンコ対戦の新時代が到来したらしい』
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『子どもたちみんなかわいい』
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『フェルちゃん……。この子見るたびに敗北してるんだけど』
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『火山のマグマを消し去った光パゥワーが効かない……』
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『別にモノを動かす力はなかったらしい』
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『しかし、メンコなつかしいな』
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『ああ。実家の押し入れにあったはずだけど、まだあるかな』
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『リナのメンコが出るなら絶対買う』
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『フェルのやつほしい!!』
みんな、子どもの頃に遊んだ記憶があるのだろう。
メンコで遊ぶ少年少女の姿を眺めながら、楽しそうに語り合っていた。
ちなみに、その後噂を嗅ぎ付けた大人のゲーマーたちが来店し、一つ目のボックスは初日に粗方売れてしまった。
「凄い、ぷやぷやの絵もあるわ!」
「サニックのやつ、二セット下さい」
やはりコレクターグッズとしての需要もあったようで、大人たちがバンバン買って行くのだ。
ただ、その中に紛れて入ってきたニニアちゃんのお姉さんが目の色を変えて、
「ぜ、全部くれ!」
と要求してきたので、しっかり「二セットまでです」と拒否しておいた。
「なんだとっ……、くそ、苦渋の決断だ……」
彼女はしぶしぶ星にカービアとテトラスの絵柄を選んでいた。
「おお、長い棒だ……。ふふふ」
綺麗に整列したテトラスブロックを眺め、恍惚とした表情を見せるお姉さん。
相変わらず変な人だった。
阿井 上夫さんより、しんだフェル