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番外編 懐かしグッズ

リナ視点からです。



 青い海。白い雲。

 いやあ、凄かったね。ジャマイカ。


 あんなに透き通った水があったのかっていうくらい綺麗だった。

 ちょっと浮かれて、現地の人たちと一緒に踊ってしまったくらいだ。

 今思えば恥ずかしい気もするけど、あれが南国のノリなんだろう。


「マルデリタ嬢。随分と日に焼けたようだね」

「ええ、南国ビーチを満喫してしまいました」


 スカールさんとのトークも弾んでしまうというものだ。

 まあ、ここはもう国連本部の会議室なんだけどね。


「ははは、君が羽を伸ばす事が出来たならよかった。

ただ今回の貿易品だが、少しシンプル過ぎる気もするがね。

マルデアで需要があるかどうか……」


 涼しげな頭髪の外交官は、モニターを見下ろして難しい顔をしている。

 今回取引する品に、少し不安があるようだ。


「大丈夫です。キャラの絵がついてて安いから、子どもに流行るんですよ」


 1990年前後。前世の子どもの頃、男の子みんなが持っているモノがあった。

 分厚い紙に、人気キャラの絵が描かれたシンプルな玩具。


 そう、メンコだ。


 当時はキャラグッズとして集めたり、みんなで集まってバシバシ叩いて遊んだものだ。

 マルオやリウのメンコなら、マルデアの子たちも喜ぶだろう。


 日本ではメンコの製造会社にお邪魔して、商品を受け取る予定だ。


「そういえば、妖精くんは今回お休みかね?」

「ええ、気持ちよさそうに寝てたので置いて来ました」


 会議を終え、私は外交官たちと挨拶をして通路に出る。

 今回はフェルもいないし、静かに旅が出来てる気がするよね。


「ぬひゃぁぁぁぁっ!」


 そう、こんな感じでわめく子がいない……。ん?

 いるはずもない子の声がしたけど。気のせいかな。


「り、リナ嬢。あそこにフェルクルが……」


 護衛についたジャックの声に振り返ると、キラキラと光る小さな妖精が浮かんでいた。


「おお、リナだ! わちし、ちゃんと地球にこれた!」

「……」


 ほんとにフェルだった。彼女は私を見て、手を上げて喜んでいる。

 いや、ちょっと待て。


「フェル、どうやってここに来たの?」

「なんか、草場のジーサンがリナの元に送ってやるって言った」


 草場じいさんって、いつか会った老フェルクルだろうか。

 あの人、そんな事できるの?

 星間ワープって凄い技術なんだけどね……。


 三日ぶりに会った少女は、嬉しそうに私の肩にしがみつく。

 相変わらず妖精の力は謎だけど、まあいいか。


「すぐ日本に向かうから、ちゃんとついて来てね」

「おう。うまいメシは?」


 堂々とワガママを言うフェルに、後ろにいたマリアさんが笑った。


「ふふ、大丈夫よ。機内で美味しいものを用意してもらうわ」

「やった!」


 気を利かせて、連絡を入れてくれたようだ。

 いつもながら頼もしい護衛コンビである。


 その後私たちはチャーター機に乗り、空のランチを楽しんだ。

 メンコを作る会社って、どんなのかな……。




-------------side 玩具会社の社長



 

 埼玉の郊外にある、小さな工場。

『神田玩具製作所』という古い看板がついた、社員十人そこらの零細企業だ。

 今年で七十になる父はご隠居の会長で、俺は後継ぎの社長として経営を任されている。


 玩具会社の社長と言えば聞こえはいいが、大したものではない。


 うちの主力商品は、祖父の世代から製造を続ける『めんこ』という紙の玩具だ。

 地面にメンコを叩きつけ、風圧で相手のメンコをひっくり返す。

 古くから子どもに親しまれてきた遊びだ。


「ウチはな、ドラいもんや鉄腕アテムのメンコも作ってきたんだぞ」


 酒の席で、父は良くそう言って飲み仲間に自慢する。


 だが今年で九歳になる俺の娘は、『パパの仕事は地味だ』と言う。


 昔はキャラメンコが飛ぶように売れたが、それも平成初期までの話だ。

 次第にメンコは古いモノと認識されるようになり、需要は落ちて行った。


 今は伝統玩具として風格をつけてみたり、現代風に名前を変えて売り込んでみたり。

 なんとか工夫しながら細々と製造を続けている。


 そんな俺の会社に、ある日とんでもない話が舞い込んできた。

 それは、数カ月前の事だ。


「えっ。は、はい。本当ですか!? ありがとうございます!」


 オフィスで営業社員が突然立ち上がり、受話器の向こうにヘコヘコと頭を下げていた。


「田村君。何があったのかね?」


 会長の父が声をかけると、営業の田村さんは慌てて頷く。


「は、はい。あの、マルデア向けに、ゲームキャラめんこの受注が入ったと……」

「ほう、横文字とは珍しいな。海外から受注か。ん……?

マルデア……? マルデアだと!!!???」


 父は目を丸くして、大声を張り上げていた。


「えっ、うちにマルデア星の仕事が入ったの!?」

「嘘でしょ……。星間貿易って事ですよね」

「でも、レトロ系の娯楽を取引してるんだから、一応あり得るよな……」


 社員たちは半信半疑と言った様子で話し合う。

 親父も信じられないのか、女性社員に詰め寄っていた。


「田村君、本当にマルデアの仕事が入ったのかね? イタズラ電話じゃないだろうね?」

「いえ、付き合いのある大手メーカーの方がおっしゃったので、間違いないかと……。

それからあの……、リナさんが、製造元となるわが社に直接訪問したいと……」

「なっ……」


 それを聞いた会長おやじは、泡を吹いてその場に倒れてしまった。


「か、会長! どうしましょう、会長が……」


 慌てる若手社員に、俺はため息をついて立ち上がる。


「オヤジはソファで休ませておけばいい。それより、製造の準備に入ろう。

どこが相手であれ、良いメンコを作るだけだ。いつも通りやればいい」

「は、はい……」


 そう。受注先がどこであろうと変わらない。

 いつも通りしっかり作って、出来上がった製品をお届けするだけだ。


 とはいえ、俺もちょっと気が気ではなかった。



 家族には、夕食の時にさりげなく伝えてみる事にした。


「その……。うちの会社に、リナ・マルデリタが来る事になってな」

「あなた、食事中に下らない冗談はやめて下さる?」

「パパ、つまんないよそれ」


 なんだか、妻と娘が冷たかった。


 その後、帰ってきた親父が『わが社にマルデア大使が来るぞぉ~』と騒ぎ出した。

 娘たちもそれで薄々と理解し始めたのだろう。


「パパ、ほんとにリナが来るの?」

「あなた、ほんとに!?」


 目の色を変えた娘と妻の迫力は、ちょっと怖いくらいだった。


「あ、ああ。本当に来る予定だぞ」

「わーい! 私握手してもらう!」

「私は、フェルちゃんと写真撮ってもらおうかしら」


 家族はまるでイベント気分だが、そうも言っていられない。

 なにしろマルデアが関わる魔石取引の一環である。


 報酬は国から支払われるため、当然政府ともやり取りする必要がある。

 今まで味わった事のないスケールの商談に目を白黒させながら、俺たちはなんとか製造に入って行った。



 それから数カ月して、今日。

 ついに、大使の訪問日がやってきたのだ。


 社員たちは朝からみんな慣れないスーツを着て、ビシリと髪型を決めていた。

 妻も娘も、ドレス姿でしれっと社内に入り込んでいる。


 しばらく待っていると、何台もの警察車両が工場の前に止まった。

 ついにその時がやってきたようだ。


 小さな印刷工場に、桃色の髪を靡かせた少女が入ってくる。

 その肩には、黄金色の小さな妖精が止まっていた。


「り、リナだ……!」

「ママ、フェルちゃんもいる!」

「ほんとに本物が来たわ……」

 

 社内はミーハーの集まりみたいになっていた。

 生で見る本物のリナ・マルデリタは、淡い神秘の光に包まれているようだった。

 地球人と姿形は似ているが、やはり魔法の国の住人だ。


 父が代表者として挨拶する予定だったが、またも泡を吹いて倒れてしまい、奥に運ばれて行った。

 親父は昔から緊張に弱い。

 こうなると、社長の俺がやるしかない。


「た、大使殿、ようこそ我が製作所へ」

「お招きに与かり光栄です」

 

 恐る恐る手を差し出すと、大使は微笑みながら握手に応じてくれた。


「よー、おっさん!」


 彼女の肩から妖精が声を上げたおかげで、少し場の雰囲気が和らいだ。



 客室で仕上がった製品を見せると、大使は嬉しそうにヤッスィーのメンコを眺めていた。


「渋くてとても素敵な絵ですね」

「ええ。長年メンコのデザインをしている職人が描いておりまして」

「へえ、メンコに特化した絵描きさんがいるんですね」


 リナ嬢の受け答えはとても丁寧で、イメージ通りだった。


「これ、どうやって遊ぶん?」


 フワフワ浮かびながら、めんこを叩くフェルクル。

 ファンタジーの世界からやってきた二人に戸惑いつつも、俺は何とか話し合いを進めて行った。


 倉庫から製品の段ボールを出すと、大使はそれを全て輸送機に詰め込んで行く。

 ニュースで何度も見てはいたが、本当に自分で全部運んでいるらしい。


 取引を終えると、妻と娘がおずおずとやってきた。


「あの、よかったら、一緒に写真を撮ってもらえませんでしょうか……」

「ええ、いいですよ」


 リナ嬢は快く応じてくれて、社員みんなと記念撮影をした。


 娘は、妖精さんと一緒に遊んでもらっているようだ。


「ちょえいっ!」

「あはは、フェルちゃんへたっぴー」


 上手くメンコを投げられないフェルクルに、娘がケタケタと腹を抱える。

 失礼がないかとヒヤヒヤしたが、リナ嬢も一緒に「へたっぴー」と言って笑っていた。

 まあ、いいのだろう。



 そして、別れの時はすぐにやってきた。


「リナお姉ちゃん、フェルちゃん、ばいばい!」

「またなー」

 

 娘は少しだけ仲良くなった妖精に手を振っていた。

 大使は去り、周囲を守っていた大層な警察たちも引き上げて行った。


 その後、カメラを持ったメディアの記者たちがわんさかやってきた。


「リナさんと直接話したご感想は?」

「マルデアとはどの程度の取引になるのでしょうか?」


 矢継ぎ早に質問が来て、パシャパシャと撮影会が始まる。

 まるで記者会見のようだった。

 


 家に帰ると、テレビのニュースで俺の顔が出ていた。


『今日午後、マルデア大使が埼玉にある玩具製造会社を訪れ、『メンコ』の輸出について話し合いました』


 アナウンサーが解説する中、うちの会社や社員たちの様子が映し出される。


「すごーい、父さんがニュース出てる!」

「記念に録画しときましょ」


 娘と妻は、リビングでわいわいと騒いでいた。

 

 今さらメンコの取引がニュースになるなんて、変な話だ。

 テレビの出演者たちがウチの会社について熱心に語っているのが、少し可笑しい。


 大体、国連肝いりの星間貿易でメンコを輸出するって、何だそれは。

 大使はこの貿易を趣味でやっているのだろうか。


 そういえばメンコを手にしたリナ嬢は、なんとなく昔を懐かしむようだった。

 まるで遠い星に思い出を運んでいるような……。

 まあ、俺の勘違いだろうがな。


 大人のようで子どものような、不思議な少女だった。



 現像した写真は、立派な額縁に入れてオフィスの壁に飾る事にした。


「いよいよマルデアに、ウチの製品が届くんですね」

「ああ……」


 俺たちは空を見上げ、はるか遠い星に溢れる笑顔を思い描くのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ロマンだよなぁ…いつも面白さとノスタルジーを同時に感じさせてくれる瞬間
[気になる点] >制作所 製作所 制作:映像や美術品を作ること 製作:物作り メンコは映像でも美術品でもないので製作ですね
[良い点] なんだろう。フィクションって分かってるけど、涙出てきた。
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