番外編 難関ゲーム
注意:ゲーム内容は元ネタと全く同じというわけではないです。
「むむう……」
家のリビング。
妖精の子が珍しく、神妙な顔でテレビモニターを睨んでいた。
「あれ、なんか似合わないゲームやってるねフェル」
彼女が遊んでいるのは、アホっ子とは対極にある戦略シミュレーション。
ファイオー・エンブラムだ。
プレイヤーは自軍のキャラクターたちを指揮し、マップに表示された敵地を制圧していく。
RPGジャンルの中でも難しく、一度死んだ仲間は二度と生き返らないシビアなゲームだ。
はっきり言って、フェルには向かない。
だが、妖精の子は妙に自信があるようだ。
「わちしの軍はつよい……。いけっ、トゥーガ!」
フェルはまず、重厚な鎧をまとった味方戦士を前線に配置する。
どこで情報を仕入れたのか、ゲームのセオリーとしては正しいやり方だ。
トゥーガは防御力が高く、敵兵の物理攻撃をものともしない。
彼を壁役にして敵を倒していくのは、序盤の王道だ。
「良いぞフェル!」
「進め進めぇ!」
なぜか家に上がり込んだ近所のキッズたちが、妖精のプレイを見ながらはやしたてている。
この子たちが入れ知恵でもしてるんだろうか。
さて、ここからフェルの軍は目の前に広がる城を攻める事になるんだけど。
その前にまず、北から機動力のある敵の竜騎士隊がやってきた。
攻撃も防御も高い、かなりの強敵だ。さあ、どうするフェル。
「空飛ぶ敵には弓で戦うのがいいって、トッポが言ってたわよ」
と、カレンちゃんがアドバイスを出した。
確かにその通り。弓兵はドラゴンやペガサスに対して相性がよく、大ダメージを狙える。
「むむ。ならば弓で行く。カシマ、うてっ!」
どうやらフェルは完全にキッズたちの指示でゲームを進めているようだ。
仲間のハンターを動かし、遠距離から竜騎士を狙撃する。
「おおっ、鉄の弓でダメージ69だ! つえー!」
「カシマ、むてき!」
空の敵を弓兵で撃退したフェルは、自軍の強さにフンスと鼻を鳴らした。
次は、城の内部に攻め込んでいく算段のようだ。
「トゥーガ、レッツゴー!」
セオリー通り、フェルは敵の赤い勇者の前に壁役のトゥーガを移動させる。
だが、私は知っている。その敵は危険だ。
戦闘に入ると、勇者は長太い剣でトゥーガに切り込んでくる。
普通なら鎧の防御力があるから、ダメージなんてせいぜい2か3で終わる所なんだけど……。
どういうわけかその剣は、トーゥガの体を深く切り刻んだ。
「げっ、ダメージ16! なんでだよ!?」
「うわ、アーマーキラー持ってるよこの敵! しかも二連撃!」
アーマーキラー。トゥーガのような重戦士に対して異様な力を発揮する剣だ。
勇者のパワーとスピード、そして特攻武器。
不運が重なり、トゥーガのHPは一瞬でゼロになってしまった。
『アルス様……。ご武運を……』
彼は指揮官に対して悲しい遺言を残し、二度と帰らぬ人となってしまった。
「ぬああああ、トゥーガぁぁぁぁぁ。しんだ……」
この結果に、フェルは大いに頭を抱えていた。
そう。トゥーガは本当に死んだのである。
「なんという不運……」
「運じゃないから。ちゃんと敵のデータを見ないからでしょ」
カレンちゃんの指摘は正しい。
この手の悲劇は、敵のステータスをしっかりチェックしておけば防げる。
アーマーキラーを持った敵にアーマーナイツで挑むのは、はっきり言ってアホなのだ。
結局、フェルは調子に乗って自爆したのである。
トゥーガを生き返すにはもうリセットするしかないんだけど、そこはアホっ子である。
面倒臭いのかこのまま進めるようだ。
「仕方なし。オズマ、行けっ!」
どうやらまだ、第二のプランがあるらしい。
フェルが指名した精悍な傭兵の男は、銀の剣で勇者を見事に切り伏せた。
「ふぉっふぉっふぉ! オズマ、つおい!」
オズマのレベルは第八章にして十八。
どうやら彼女は、このキャラをかなり育ててきたようだ。
ファイオー・エンブラムには、強い戦士一人で無双しまくるという攻略パターンもある。
HPが回復する砦などに強キャラを配置し、寄って来る敵どもを単騎で全滅させる。
超シンプルな戦略だが、運が良ければ上手く行ったりする。
フェルもその攻略法に入ったのか、オズマ一人で残りの敵をせん滅し始めた。
傭兵の戦いは華やかでスピードもあり、会心の一撃も出やすい。
オズマの一閃は敵のソルジャーの体力を根こそぎ奪い取り、次々に殺していく。
「つえー! やっぱオズマ最強だな!」
「キリングソードで会心出しまくりっ」
子どもたちも大喜びで、傭兵の活躍を見守っていた。
だがこの戦略、単純ゆえにリスクも大きい。
いくら強いとは言え、敵の群れに囲まれて休む間もなく次々に攻撃されたらHPが持たない。
この戦法を成功させるには、オズマが何度か敵の攻撃を避ける必要がある。
つまり結局、運任せなのだ。
戦いを見ていると、オズマは敵を倒しながらもどんどんダメージを受け、追い詰められていく。
「ぐぬ……。オズマをかいふくじゃっ!」
フェルはたまらず味方のシスターに指示を出し、遠方から杖で支援する。
しかし回復量は11と微妙で、ちょっと間に合わない感じだ。
「これ、オズマも死ぬわよきっと」
「ふっ、終わったなフェル」
「な、なぜじゃ……。わちしの作戦、カンペキだったはず……」
子どもたちにも見放され、フェルは完全に打ちひしがれてしまった。
完璧ではないし、自業自得だと思うけど……。
「リナねえちゃん、こっから何とかできないの?」
「リナ、オズマを助けて……」
なぜか妖精と子どもたちが嘆願してくる。
仕方ないね。
「まあ、味方のターンだし方法はあるよ。
ヒントは、さっきオズマがゲットしたアイテムだね」
私がほのめかしてやると、フェルはすぐにオズマの持ち物をチェックした。
そこには、先ほどの敵がドロップした『勇者の証』というアイテムが。
「そうか! フェル、それをオズマに使え!」
「お、おうっ」
トビー君の指示で、フェルは迷いなく勇者の証を使う。
すると、オズマの体に稲妻が落ちた。
彼は身軽な傭兵から姿を変え、蒼き鎧と盾を身に纏う。
「か、かっこいい……!」
その勇敢な姿に、フェルたちは見とれていた。
RPGではお馴染みの、クラスチェンジだ。
『勇者』となったオズマは、全てのステータスが一気にアップ。
もはやこのステージでは反則級の強さだね。
「凄い、これで行けるかもしれないわ」
「おう、やってみる!」
フェルは試しに、オズマを傍にいた敵にぶつける。
勇者となった彼は素早く敵の懐に潜り込み、一撃でなぎ倒してしまった。
「つ、つえー!」
「いかしとる……」
反撃させる暇も与えない。それがクラスチェンジの力だ。
彼は次々に襲い掛かる敵をなぎ倒し、周囲を完全に制圧していく。
「うおおお! オズマさいきょう!」
「勇者かっけー!」
フェルはそのままの勢いで城のボスを倒し、章をクリアしてセーブしてしまった。
うーん。
見てる分には面白い。
けど、決して良い攻略法ではない。
ここは一応、忠告しておこう。
「あのねフェル。オズマが強いのはいいけど、他のキャラも育てないとそのうちきつくなるよ」
「大丈夫。次のステージはトゥーガも育てる!」
胸を張るフェルは、やはり基本的な知能が抜け落ちているようだ。
「フェル。トゥーガはもう生き返らないよ」
「そうだぜフェル。あいつは戦死したんだ」
「え……」
子どもたちの指摘に、妖精の目が点になった。
やっぱり、死んだら二度と戻らないという基本ルールを忘れていたようだ。
セーブで記録を上書きしたからには、もう前の章には戻れない。
若き重戦士の早すぎる死に、妖精の子は涙した。
「ううっ、トゥーガよ、さらば……」
その日フェルは裏庭に、小さな戦士の墓を建てた。
悲しくも何ともない、どぅーでもいいお話であった。
その日の模様をyutubeに上げた所、エンブラムファンたちが即座に反応した。
『アホの子にしてはよく頑張ったと思う』
『初心者あるあるだな……』
『仲間の死を悼む優しい子だよ』
『マルデアにトゥーガの墓が立つとは……』
七転八倒する妖精のゲームプレイを、地球人たちが眺めて楽しんでいた。
翌日。フェルは次のマップに挑戦したが、敵の援軍がオズマを殺した瞬間にコントローラーを放り投げたという……。
阿井上夫さんより