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第百三十二話 新プロジェクト



 ヨドギ屋を出た後、私は通りを北へ抜けて前世の我が家へと向かった。

 古都の街並みの中に、静かに看板を掲げる和菓子屋が見えてくる。

 どうやら、今日もちゃんと開店しているようだ。


 店の入り口には、私の顔に似たお饅頭が置かれていた。

 メールで聞いてたけど、こんな可愛らしいのをお父さんが作るとは、意外だ……。


 店内に人がいないのを確認して、私はカウンターに向かった。


「あらあら、リナ? よく来たわね。おかえりなさい」


 母さんは変装中の私を見るなり、慌てて立ち上がる。

 すぐわかったんだろうか。


「うん。ただいま」


 やっぱり、この家に帰って来ると、何だか安心する。

 と、母が厨房の方に顔を向けた。


「あんたー、リナが帰ってきたよ」

「な、何やとっ」


 すると、奥の部屋からドガシャーンと何やらでかい物を落とす音がした。


「ふふ、あの人いきなりで慌ててはるわ」

「あははは」


 笑いながら懐かしい我が家を眺めていると、胸ポケットから小さい光が飛び出してきた。


「何これ! ちっこいリナの顔がいっぱい並んどる!」


 ショーウィンドウに飾られたリナ饅頭に、フェルがきゃっきゃと笑う。


「あら、フェルちゃんやないの。可愛らしいねえ」


 母さんは優しくそう言って、妖精の少女を見下ろした。

 フェルは不思議そうに首をかしげ、私に振り返る。


「リナ、この人だれ? ここどこ?」

「私のもう一人のお母さんだよ。ここは、二つ目の実家なの」

「ふたつめ……。おお、ママ二号!」


 よくわからない事を言いながら、フェルは母さんを指さす。


「あら、ママって呼んでくれるん? 嬉しいねえ」

「おう。ママ、ごはん!」


 妖精の子はお腹がすいたのか、両手を広げて叫んだ。


「はいはい、うんと美味しいの作るね」


 母さんが人差し指で軽くフェルの頭を撫でると、少女は嬉しそうに頬を緩ませた。


 こっちの我が家にも、早くも馴染みつつあるようだ。

 そこがフェルクルの不思議なところだけど。


 靴を脱いで奥の居間へと向かうと、広げられた新聞の上から白髪が覗いていた。


「父さん、ただいま」

「よう、パパ!」


 フェルがなれなれしく手を上げると、父が新聞を畳む。


「……。ああ、よく帰ったな」


 あっさりした返事は、堅物の父らしい。

 でも、だいぶ丸くなったかもしれないね。


「さあ、ちらし用意してるから、みんなで食べようね」


 母さんがお寿司の桶を持って来たので、私たちはみんなでお皿に取り分けた。

 サーモンやマグロ、エビもふんだんに使った、海鮮ちらしだ。


「もぐもぐ、うまぁ〜」


 ほどよく冷えた酢飯。口の中で溶けて行くお刺身。

 そして、母さんの優しい味付け。

 夏の舌には、これが一番合うかもしれない。


「ふおお、うましっ!」


 フェルは、エビが気に入ったのか小皿にかじりついてガブガブと食べていた。


「うふふふ、娘が増えたみたいで嬉しいわ」

「うむ……」


 母さんと父さんは、なんだか嬉しそうに妖精の子を見下ろしていた。



「それで、アーケード全部直してあげたら喜んでたよ」


 今日の事を話すと、母さんはニッコリ微笑んで頷いた。


「そらよかったわ。あかりちゃんも、ユウジの事は辛そうにしてたからなあ」


 久しぶりの一家団欒は、以前よりも少し賑やかだった。


 その日は居間で布団を敷いてもらい、私とフェルはぐっすりと眠った。



 そして、翌朝。


「じゃあ、いってらっしゃい」

「うん、いってきます」


 学校に出かけるような感じで母と声を交わし、私は家を出た。

 お土産にリナまんじゅうをもらってしまったけど、食べづらいよね……。

 まあ、マルデアの母さんにでも渡したら喜ぶだろう。



 その後、私は念のため電車で大阪に出てから警察署に向かった。

 私と奈良の繋がりは、なるべく知られたくない。

 別の県に降りた事にした方が無難だろう。



 さて、プライベートな旅はこれでおしまい。

 ここからはゲームのお仕事だ。


 私は警察の車で、SAGAの本社を訪れた。

 会議室で待っていたのは、日本のアーケード各社の面々だ。


「皆さま、『マルデア・アーケードプロジェクト』会議へ、ようこそお集まり頂きました」


 私が席に着くと、SAGAの営業さんが丁寧に挨拶を始めた。


 一気にアーケードを輸出する企画だけあって、気合が入っている。

 各メーカーから集まった人たちも、神妙な面持ちで頷き合っていた。


「今回は、アーケードの歴史において代表的な作品を幾つかご用意しました」


 営業さんの合図で、台車に積まれた大きな筐体が部屋に運ばれて来た。


 最初のタイトルは、ゲームセンターにおける定番中の定番。

 クレーンゲームだ。


 ボックスの中に入った景品を、クレーンを使って拾い上げ、手前の穴に落としてゲットする。

 誰もが知るこの遊びの形は、100年ほど前から存在したという。


「景品は、マルデアで人気のあるゲームのグッズを取り揃えております」


 自信に満ちた表情で、営業さんがボックスを指す。

 中には、ポツモンやドラクア、マルオなどのヌイグルミがぎっしり詰め込まれていた。

 筐体はカラフルで、非情に華やかな見栄えになっている。


「わあ、おもろそう! やっていい?」


 さっそく、胸ポケットからフェルが嬉しそうに顔を出す。


「ええ、妖精さんも是非プレイしてみて下さい。この二つのボタンでクレーンを縦、横に操作します」


 営業さんが優しく操作方法を説明すると、フェルは早速ボタンの上に飛び降りた。


「むむむ……、ここだっ!」


 ボックスの中を睨みながら、彼女は慎重にクレーンを動かす。


 位置が決まるとアームが下に伸び、景品を掴みかかった。

 彼女が狙ったヤッスィーは、クレーンの力で宙に浮かび上がる。


「おお、とった!」


 大喜びして手を上げるフェル。

 だが、クレーンゲームはここからだ。

 位置が悪かったのか、ヤッスィーはすぐにアームから落ちてしまった。


「ぬあぁぁっ! なんでじゃああ!」


 ガラスの壁に張り付きながらヌイグルミを睨むフェルに、私はつい笑ってしまう。

 

「あははは、へたっぴだねフェル」

「むうっ。じゃあリナ、やってみろ!」


 怒った妖精の挑発に乗り、私もプレイしてみる事に。


 一応前世でそこそこプレイした経験はある。

 私のそこそこプレイを見るがいい。


 手前にある取りやすそうなマルオに狙いを定め、クレーンを止める。


「あっ……」


 ただ、ちょっと奥にズレてしまった。

 結局ヌイグルミは拾いきれず、挑戦は失敗。


「リナ、へたくそー。きゃっきゃ!」


 人のミスを大喜びで笑うフェル。

 少なくとも、あんたよりは惜しかったと思うけどね。


「ははは。一回や二回でゲットできたら採算が取れませんから、それが普通です。

クレーンゲームは、そういう風に出来ているんですよ」


 営業さんはそう言って、優しくフォローを入れてくれた。

 うん。決して私が下手というわけではないのだ。多分……。



 筐体の側面には、マルデア語で『魔法禁止』と大きく書かれている。

 魔法で中のヌイグルミを動かせば、簡単に落とせてしまうからだ。

 ただその辺は、さほど問題にはならないと思っている。


 マルデアにおいて、魔法の不正使用には厳しい罰則がある。

 大抵の店には魔力感知用のセンサーがあり、変な事に魔法を使うとすぐバレる。


 ぬいぐるみを取るために法を犯す人は、そういないだろう。




 その後も、幾つか華やかなアーケード機が運ばれて来た。

『モグラ叩き』や『インベード』のようなクラシックタイトルから、大型の筐体まで。

 正にゲームセンターの必需品を取り揃えた感じだ。


 その詳細については、またマルデアに帰ってから見せていきたい。

 今月も忙しくなりそうだ。


「マルデアでゲームセンターが誕生する瞬間を、楽しみにしております」

「ええ、ばっちり実現してみせます」


 各社の営業さんたちと握手し、会議は終わった。


 それから郊外へと向い、荷物を受け取る事になった。


 クレーンゲームを400台に、クラシックな筐体を各種100台ずつ。

 スウィッツも10万5000台と、過去最高のボリュームだ。


 国連に渡す魔石などは、ついでにここで預けておく事にした。


「搬入完了しました!」 


 倉庫の物を全て運び込むと、さすがに輸送機も容量ギリギリだ。

 そろそろ私の装備もグレードアップしなきゃね。


「では、ありがとうございました。帰るよフェル」

「あいよっ!」


 妖精が掴まったのを確認して、私は地球から姿を消したのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] >ボックスの中に入った景品を、クレーンを使って拾い上げ、手前の穴に落としてゲットする。 >誰もが知るこの遊びは、1960年代には既に存在したという。  年代は覚えてないけど、古~いクレーン…
[気になる点] ブラームス店、大改装な気配がっっっ [一言] エアホッケーさん:「ガタッ!?」
[一言] その片鱗は既に出ていましたが。 漸くマルデアでもハイ〇コアガール的な盛り上がりの時代が到来することになりますか……感慨深い。 SAGAの本領であるアーケード筐体に目を輝かせる子供達が目に浮か…
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