第百三十一話 あかりちゃん
奈良のゲームセンター『ヨドギ屋』。
思い出の場所で出会ったのは、店長となった"あかりちゃん"だった。
1991年に壊れてしまったインベードの筐体。
いつか直すと彼女に約束したまま、前世の私は死んでしまった。
でもリナ・マルデリタになった今なら、そんな無茶を叶える事もできる。
「その男の子の約束、私が果たしましょうか」
「え?」
こちらの唐突な提案に、あかりちゃんは目を瞬かせる。
「私、こういうの得意なんです。すぐ直しますよ」
「直すって……、もう三十年前に壊れたものよ?」
困惑する彼女を後目に、私は懐からドワフの魔石を取り出す。
『朽ちた筐体を、元の姿に』
小さく唱えると、強い光がアーケードを包み込んで行く。
すると、数十年の年月でついた無数の傷が、どんどん消えて行く。
「な、何これ……。魔法……?」
驚く店主の前で、インベードはまるで新品のような姿に戻って行った。
さすがは本場の魔石、一つでこの効果は凄いね。
「凄い、ピカピカになっちゃった。
あなた、まさかリナ・マルデリタなの……?」
さすがに気付いたようで、あかりちゃんは目を丸めながら振り返る。
「あはは、お忍びなのでヒミツにして下さいね。
さあ、これで動くと思います。電源つけてみます?」
問いかけると、彼女は頷いて恐る恐る電源を繋ぐ。
筐体の下部にキーを入れて起動すると、画面が光を取り戻した。
「ほんとに映った……!」
「ええ、懐かしいですね」
映ったのは、インベードのタイトル画面だ。
クレジットを入れると、ちゃんと操作して遊ぶ事ができるようだ。
「ありがとう。まさか、ほんとに直るなんて……」
彼女は感激したように、テーブル筐体を優しく撫でていた。
「これで、ようやく約束は果たせましたね」
ほっと一息つくと、あかりちゃんは迷うような目をこちらに向けた。
「……。リナちゃん、って呼んでいいんかな。
どうして、わざわざうちの店に来てくれたの?」
恐る恐る疑問を口にする彼女に、私は店内を見回して言った。
「私、こういうお店が好きなんです。子どもに優しくて、みんなで集まって一緒に遊べる場所。
ユウジもそんなお店を守りたくて、あんな約束をしたんだと思います」
「ユウジ……? リナちゃん、何であの子の名前……」
あかりちゃんは驚いたように目を見開く。
ほんとは、私がユウジだって事は黙っているつもりだった。
約束だけ果たして、説明せずに帰ろうと思っていた。
でもこの人は、ずっとこの店を守っていてくれた。
壊れた筐体を、捨てずに三十年も取っておいてくれた。
そんな彼女には、ちゃんと正直に言わなきゃ申し訳ない気がした。
だから、私はあかりちゃんに笑って見せる。
「ふふ、何でも覚えてますよ。
ヨドギ屋の前でメンコ大会して遊んだ事。
あかりちゃんやゲンと、ボムバーマンでいっぱい対戦した事。
全部、私の大切な思い出です」
「…………」
1991年。
初めて超サイア人が登場して、日本中の少年が金髪の戦士に憧れた年。
ユウジが親にスーファムを買ってもらった年。
サニックが誕生して、SAGAのゲーム機が光り輝いた年。
忘れられない当時の景色を、私はあかりちゃんに沢山語ってみせた。
「……。どうして。どうしてリナちゃんが、ユウジ君の思い出を知ってるの?
あの子はずっと前に交通事故で……」
当時の少女は混乱したように小さく震え、頭を抱える。
「ええ、死にました。でもユウジの魂は生まれ変わって……。
私の中に、ずっと残ってるんです」
私はそう言って、インベードの奥にかけられたカレンダーを外す。
隠れていた壁には、うっすらと文字が残っていた。
『いつか絶対直す!』
それは私が当時刻んだ、誓いの言葉だった。
「リナ・マルデリタになって、ちゃんとこうして帰って来れたから。
ここに書いた約束通り、直しに来たんです」
ユウジとあかりちゃんしか知らない、二人の約束。
その文字を見た瞬間、彼女の目から透明な雫が落ちた。
「……。ユウジくん、なの?」
私の中に、前世の少年を見たのだろう。
あかりちゃんの声は、まるで十三歳の少女のようだった。
「うん。長い事待たせてごめんね。あかりちゃん」
私も、前世の少年の声で少女に語り掛ける。
少しの間立ち尽くした後、あかりちゃんは大きく頷いた。
二十何年ぶりの再会は、やっぱり少ししんみりしてしまった。
前世の友達と少し話した後。
私たちはテーブル筐体の前に腰かけ、インベードを少しプレイした。
「へえ、上手いねリナちゃん」
「まあ、前世でやり込みましたから」
昔のように後ろからプレイを眺めるあかりちゃんに、私は笑って見せる。
すると、彼女はしみじみと頷いて言った。
「そっか。こうして見てたら、本当にユウジ君みたいやね。ふふ、操作の仕方とかそっくり」
「そ、そうですか? あの、みんなには内緒ですよ」
「そやね。リナちゃんの秘密なんて話したら大騒ぎになっちゃうし……。あ、そうだ」
あかりちゃんは思い出したように立ち上がる。
そして、奥の物置からガラガラと音を立て、台車を運んできた。
「何するんですか?」
「その筐体。せっかく直ったんやから、稼働させてあげないとね」
そう言って、ウインクしてみせる店主さん。
どうやらインベードを店に出すつもりらしい。
でも、アーケードは重い。台車に乗せるのも一苦労だ。
「じゃあ、手伝いますよ。飛べ」
私は筐体を魔術で浮かし、台車の上に置いてあげた。
「おおっ、さすがリナちゃん!」
あかりちゃんが声を張り上げたので、私は慌てて口に指を当てる。
「しーっ、あんまり大きな声で名前出さないでください」
「あはは、ごめんごめん。秘密なんだったね」
現時点でバレると、この後実家に帰る事ができなくなってしまう。
あかりちゃんがそそっかしいのは、昔から変わってないようだ。
店先の空いたスペースに筐体を置くと、五十代くらいのおじさんがやってきた。
「おお、インベードゲームじゃないか! 懐かしいな。一回いくら?」
「30円ですよ」
「へえ。今となっちゃ安いな」
男性はコインを入れ、早速遊び始める。
「ははは、そうそう。こうやってチュンチュン撃って行くんだ」
「ああ。あの頃は俺らも若かったなあ……」
二人のおじさんたちが、当時を懐かしむように語り合う。
ゲームは、みんなの思い出を映し出す鏡にもなる。
これを遊んでいたころ、自分が何をしていたか。
古いゲームに触れると、そんな事を思い出す。
それもまた、ビデオゲームの魅力だと思う。
この店は私にとって、思い出の箱だ。
だから、なるべく長く続いてほしい。
そんな思いも込めて、私は店内の壊れた筐体をこっそり直しておいた。
元気になったアーケードたちの姿に、あかりちゃんは大喜びだった。
ただ、ずっと思い出に浸っているわけにもいかない。
用事を終えた後、私はすぐに店を出る事にした。
「色々ありがとうね、リナちゃん。わざわざ来てもらって、私は何もできないけど……」
入口まで見送りに来てくれた店主は、何だか申し訳なさそうだ。
「そんな事ないです。あかりちゃんはずっとこの店を守ってくれていたんですから。
マルデアでも、このお店みたいな優しいゲームセンターがいっぱい出来たらいいなと思ってます」
「そっか。ふふ、やっぱりユウジ君は、ゲーム大好きなんやね」
昔のように笑うあかりちゃんに、私も一緒になって笑った。
「じゃあ、応援してるからね。頑張ってねリナちゃん」
「はい。あかりちゃんもお元気で!」
私は手を振り、昔の友達との別れを済ませたのだった。