第百三十話 思い出 (挿絵あり)
七月の午後。
ガレリーナ社の一階にあるモント食堂に、新メニューが誕生していた。
「このお蕎麦っていうの、冷たくて美味しいわね」
「ああ、暑い季節にはちょうどいい料理だな」
ガレナさんたちは蕎麦をつゆにつけ、美味しそうにすすっている。
私も懐かしい故郷の味に舌鼓を打っていた。
食堂を営むモント夫妻は、私が持って来た地球のお土産で色んな料理を作ってくれる。
最近では、珍しい味が楽しめるお店として人気があるらしい。
店内は沢山のお客さんたちで賑わっていた。
「ねえ、夏休みどうする?」
「わたし、海行きたい!」
親子連れの客たちが、テーブルで食事しながら休暇の予定を話し合っている。
マルデアでももちろん、学生には夏休みがあるからね。
「ふむ。やはり夏はアウトドアな娯楽の需要が高まりそうだな」
社長は耳を立て、市場のムードを敏感に察知していた。
「近い内にデカい企画もあるし、ガッツリ売り込んでいけそうね」
サニアさんも、いつにも増して楽しそうに笑みを浮かべていた。
我らがガレリーナ社も、娯楽企業としてこのシーズンを逃す事はない。
今月はレジャーにぴったりのアーケード機を、一気に輸入する予定だ。
地球への出張も、翌日に迫っていた。
「そろそろ本格的なゲームセンターの発足も狙いたいですね」
「マルデアにアーケード尽くしの店が出来たら、最高っスね!」
今後の展望を語り合いながら、私たちはプロジェクトの準備を進めて行った。
そして、出張当日。
旅装を整えた私は、朝早くから家を出た。
「ちきゅう、いくどー!」
フェルも地球行きが嬉しいのか、元気に声を張り上げている。
輸送機に詰め込んだ荷物は、マルデアの魔石が十万。
ドワフ魔石が六千。縮小ボックスが千個だ。
オールスター第四弾は、ドワフ国という新しい市場を切り開く事に成功した。
本場の魔石が持つ効果も、今回の旅で確かめたい所だ。
第三研究室に入ると、ガレナさんが準備を整えてくれていた。
「さて、行先は奈良でいいんだな」
「はい。こっちのワープで行くのは初めてですね」
今回はアーケードプロジェクトという事で、目的地もそれに関係する場所を設定した。
前世でお世話になったゲーセンが今どうなっているか、ちょっと見ておきたいよね。
現地で目立たないよう、髪は黒く変装しておいた。
ワープに失敗したら、まあその時はその時だ。
「久しぶりの故郷だ。楽しんでくるといい」
「ええ。よろしくお願いします」
「いってくる!」
ガレナさんがデバイスを作動させると、白い光が私たちを包んだ。
次の瞬間。
私は、広い池の前にいた。
遠くにそびえ立つ五重の塔が、水面に移り込んでいる。
正に古都の景色だ。
「ここ、どこじゃー?」
フェルがポケットからキョロキョロと辺りを見回している。
私には一発でわかった。
「奈良の猿沢池だよ」
「さる? カメしかおらんよ」
妖精の子は、池の中で漂う甲羅の群れを指す。
サルはいないけど、猿沢池なのだ。鹿ならその辺に歩いてるけどね。
昔は、よくこの辺を走り回って遊んでいた。
懐かしい町並みを眺めながら、私は商店の通りを歩く。
少し進むと、賑やかな音を放つ建物が見えてきた。
古めかしい看板には、懐かしい店の名前が。
「うん、ここだ」
前世の私が毎日のように通った、ゲーセンと駄菓子のお店。
ヨドギ屋だ。
ゲンから聞いてはいたけど、ほんとにまだちゃんと営業してるんだ。
もしかして、『アレ』もまだ置いているのだろうか……。
中に入ってみると、懐かしいアーケード機が幾つも並んでいた。
もぐら叩きやスタ2。謎のじゃんけんゲーム。
昔ながらの筐体が、当時のままの姿で置かれている。
店内はガラガラかと思ったら、ちゃんと小さなお客さんもいるようだ。
「やった! 三倍のとこ当たった!」
「三枚賭けたから九枚の儲けやな」
メダルゲームは、今も子どもたちに人気があるらしい。
フェルも興味があるのか、ポケットから顔を出した。
「リナ。わちしもやりたい!」
「ダメ。また今度ね」
今目立つのはちょっと困る。
ぶーたれるワガママ妖精に言い聞かせ、私は店の奥へ向かう。
右手には、懐かしい駄菓子売り場。
その傍に、一台の古いテーブル筐体が置かれていた。
「これ、まだあったんだ……」
画面には、故障中の貼り紙。そして、大きな傷が見えた。
やっぱり、あの時のやつだ。
私がジロジロと眺めていると、駄菓子コーナーから店主が顔を出した。
「ごめんね、それ壊れてるから遊べないんよ」
振り返ると、四十代くらいの女性が顔を出す。
彼女にはどこか、見知った面影があった。
「これ、インベードゲームですよね?」
「あら、若いのによく知ってるねえ」
店主は私を見下ろし、感心したように微笑む。
インベードは、1970年代に大流行したゲームジャンルだ。
上から迫りくる宇宙の侵略者たちを、戦闘機で撃ち落としていく。
そんなシンプルな遊びではあるんだけど。
当時は一世を風靡し、ビデオゲームの存在を世に知らしめた。
まあ、ゲームのご先祖様みたいな存在だ。
「壊れてるのにずっと置いてあるんですか?」
「ちょっとね。この筐体は、私の思い出も残ってるから……」
彼女は画面に手を当て、複雑そうな表情を浮かべた。
やっぱりこの人、当時この店の娘だった"あかりちゃん"だ。
彼女も、覚えていたのだろう。
あの頃、私たちがしたバカな約束を……。
--------------------------------------
それは、1991年の事だった。
スタ2が人気になり出して、学生たちが毎日格闘ゲームに群がっていた頃だ。
私は当時よく、このヨドギ屋に通っていた。
色んなゲームがあるのが楽しくて、特にレトロ系の筐体は一回30円でお得だったんだよね。
私は店の隅っこにある安いゲームを見つけては、クリアまでやり込むのを繰り返していた。
「ユウジ君、今日は何してるん?」
そんな時によく人懐っこい笑顔で話しかけてきたのが、あかりちゃんだった。
彼女は店主の娘さんで、人のプレイを眺めるのが好きだったんだろう。
その日も私がインベードに挑戦するのを、後ろから楽しそうに見ていた。
「すごい、七面行ったね!」
「まだまだ、こっからや。今日は全面クリアしたるからな」
二人で話しながら次のステージに入ろうとした、その時。
格ゲー台にいた男子たちが近づいて来た。
「何やこいつら、古臭いゲームやってんなあ」
「インベードとか、だっせー」
二人の少年はニヤニヤ笑いながら、思い切り私たちをバカにしてきた。
「何よあんたら。別に何遊んだっていいでしょ?」
あかりちゃんが睨み返すと、男子たちはわざとらしく肩をすくめる。
「はっ。今どきそんなん小学生でもやらんわ」
「そうそう。こんなクソゲーやってる奴は、脳みそが幼稚園児ってとこやな」
嘲るように笑い、筐体を蹴りつける少年。
そこで、私はもうブチ切れてしまった。
「クソゲーちゃうわ! インベードはおもろいっ!」
喧嘩なんてしないタイプだったけど、ゲームをバカにされるのは我慢ならなかった。
私とあかりちゃんは、男子たちと思い切りぶつかり合った。
前世で殴り合いのケンカなんてしたのは、あれが最後だったと思う。
ただ、取っ組み合いになった拍子に、筐体に思い切り肘をぶつけてしまった。
画面に見える傷は、その時ついたものだ。
必死の戦いで奴らは撃退したけど、その犠牲は大きかった。
衝撃を受けたせいか、筐体の画面が映らなくなってしまったのだ。
ガチャガチャと操作してみても、何も反応がない。
店のおじさんが中を調べても、どうにも復活しそうになかった。
「インベード、壊れちゃった……」
既にだいぶ古い筐体で、修理に出すのも難しい状態だった。
「これはあかんな。長い事置いてたし、もう寿命やわ」
おじさんはそう言って、奥に引っ込んでしまった。
私たちは、動かなくなった筐体を眺めて呆然としていた。
「なあユウジ君。昔のゲームって、ダサいんかな。
古くなって壊れたら、消えてしまうんかな……」
落ち込むあかりちゃんに、私は思わず言った。
「そんな事ない。面白いもんは、ずっと面白い。時代なんか関係ない。
大丈夫や。いつか俺が直したる」
私は当時、ゲームを作る人に漠然と憧れていた。
ゲームを作れる人は、ゲーム機の修理もできると思い込んでいた。
クリエイターと修理工の違いもわからず、いずれ直せるようになると本気で考えてたんだ。
でもその約束は結局、果たせなかった。
--------------------------------------
それから三十年。
店主になったあかりちゃんは、私に当時の事を聞かせてくれた。
「何となくあの約束が気になって、ずっと置いてあるんよ。
あの子が大きくなって、直しに来てくれるんちゃうかなって……。
アホらしいね。あの子、もうおらへんのに」
彼女は肩をすくめ、苦笑いを浮かべて見せる。
ユウジが死んだ事は、あかりちゃんも知っているらしい。
あの時の俺は無力だった。
困ってる女の子一人助けられない、弱い男子だった。
でも、今なら。
リナ・マルデリタになった今なら、そんなバカみたいな事も実現できる。
だから、私は当時の少女を見上げて言った。
「その男の子の約束、私が果たしましょうか」
sillaさんより、変装リナとフェル